19年前。突如、銀河のむこうにブラックホールが出現した。それは宇宙を喰いながら育ち、太陽系に向かって突き進む。到着は250年後だ。時が来れば地上は無に呑まれ、文明と歴史ごと人類は消え失せる。

 いきなり突き付けられた死刑宣告に、科学は何の説明もできなかった。そもそもが、認識可能な氷山の一角から、演繹によって全体に推し拡げた理論や法則なのだ。無明の彼方にある宇宙の全体像など把握できるわけもない。

 ブラックホールが出現した日は〈喪失の日〉と呼ばれる。人類がやる気をくした日だ。

 250年という猶予は、個人的には、問題から目を逸らせるに充分な時間だろう。おそらく子や孫の代までも。だが、生物とは生命いのちを運ぶバケツリレーだ。たとえ個々人が無為な人生を送ろうと、種の生命いのちは着実に未来に向けて運ばれる。未来を信じて繋がってゆく。

 行き止まりの未来は、生物の本能を否定した。〈継続〉の呪いを背負わされた人生というを、人類は奪われたのだ。

 250年という短くない余命。今や人類は、むなしい老後を持て余す定年退職者だった──


「VRDの怖さ、知らないわけじゃないよな」

「知っててやってるわけよ。アンタ経験ないの? アレ知らないって、不幸だよ」

「経験はあるさ。研修でな」

「へえ、それでもヤラないで我慢できてる。エラいんだね。現実主義者realistなんだ」

「単純におっかないだけだ。オマエ、中毒者の最期を見たことないだろ」

「オマエ、ね……ま、いいや」タバコの煙を吹きつけてくる。オマエ呼ばわりの仕返しだ。「脅かしたってダ~メ」

「じゃあ、見せてやろうか」

 実のところ、今度のは小娘の確保が至上命令ではない。保護したところで、どうせまた脱走する。こっそりブーステッド処置を受けたほどのタマだ。

 鷹峰 政虎からの依頼は、〈娘の様子を見てこい〉だった。〈話ができるなら、言い分を聞いてやれ〉とも。

 親というのはありがたいものだ。

 シュウは腕時計型端末リストデバイスから動画プレーヤーを起動した。本人以外にも見えるオープンモード。A4相当のフルスクリーンを空間に展開する。バーチャルキイボードに触れて、あるファイルを開いた。

「エッチ動画?」たたいた軽口は、すぐ重い沈黙に変わった。

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