線の柔和なあどけない顔にオトナのカラダが続く。ボリュームのある胸と尻。それを繋ぐ細いウエスト。美容ナノマシンが創り出した異様なアンバランスだ。ロリコン野郎ならよだれが止まらないだろう。

 凪沙は腕時計型端末リストデバイスに目を落としている。虹彩認証でログインし、A5サイズのスクリーンが空間に展開しているはずだ。プライベートモードだから本人にしか見えない。

「非公式エージェント、景宮かげみや しゅう……三十二歳か。ギリ二十代って思ったけどな」アイドル情報を気軽にチェックする口調だ。

 照会されたシュウのデータが入室前に届いていたのだ。

 ゼロ課のセキュリティをくぐり抜ける──凪沙の後ろに控える裏組織は、それなりの大物だ。

「フツーのサラリーマンみたいだね。エージェントのブーステッドマンって、もっとハデかと思った」

「マントでもなびかせて登場すりゃ良かったか?」

 最も売れている型と色のスーツ。それがエージェントの衣装だ。政府の黒衣くろこはいつも群衆に溶け込む。

 不良娘を前に、シュウは奇妙な感情に捉われていた。懐かしいような、心なごむような…… これが初対面だというのに。

 氷を鳴らして凪沙がボトルを取り上げた。

 シュウは自分の前に置かれたグラスを手で塞ぐ。

 少女は口を尖らす。「おもしろくねえヤツ」ヴーヴ・クリコ のロゼを自分のグラスに注いだ。

「アンタさあ──」細身のグラスを一息で干す。「楽しい?」

 そう訊かれて思わず笑った。

「何がおかしい?」

「一生懸命楽しもうとしてるわけだ、キミは。だから麻薬ヤクをやる。それ、VR麻薬だな」

 仮想現実VRに没入してしまう薬物drug。VRDと略称される。没入する世界の刺激は強烈で、いずれ、どちらが自分の属す世界かわからなくなる。中毒すれば現実リアルに帰るすべを失う。待っているのは廃人だ。

「いいじゃんかよぉ、どうせ、どうでもいいんだから」

 〈どうでもいい〉、〈どうにもならない〉、〈退屈しのぎ〉、こんな言葉が人類の常套句になってしまった。あの〈喪失の日〉から──


 中国と米国がそれぞれ主導する二つの勢力圏チーム。世界の国々はどちらかに属し、様々な分野で拮抗していた。が、ある日を境にそれは途絶えた。拮抗をやめたのではない。続ける気力をくしたのだ。

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