シュウは踏み込んでワンツー。そしてアウェイ。

「何だぁ、そのへなちょこパンチは。蚊に刺されたみたいだぜ」切れた口から血の唾を吐いて、ゴリラは強がる。そしてシュウを追い廻す。だが、豪腕パンチは当たらない。ことごとくかわされる。

 シュウは強化ナノの配分を大きくディフェンスに振っていた。ブーストされたフットワークがヒットアンドアウェイをくり返す。

 ゴリラは肩で息をし始めた。どんな豪腕でも当たらなければ意味はない。逆に、蚊であろうと百回も刺せばハナシは別だ。いかつい顔はパンチの連打で腫れ、ナノの治療が追いつかない。

「テメエ、鼠みたいに逃げ廻りやがって。その頭、握り潰してやる」ボクシングをレスリングに変更して組み付いてくる。強化ナノはすべて腕力にチャージ。上腕筋が破裂するほど膨れあがる。捕まれば、誇張でなく、潰されるか引き裂かれる。

 だが、それはシュウが待っていたタイミングだった。

 強化ナノは技術テクニックさえ記憶する。ゴリラにインストールされているソフトはヘビー級ボクサーのチャンピオンレベルだろうが、ゼロ課エージェント仕様は、打撃、関節技、古武術をミックスした総合格闘術だ。

 掴みにきた丸太の腕に抱き付いてホールド、体操選手のように前転する。独楽こまの軸となった丸太の腕は、肩関節が音をたててねじ切れた。

 野獣の悲鳴があがる。

 ガラ空きになった腰に巻き付く。ブリッジに乗せて後方に投げる高速スープレックス。

 勝負はついた。脳天から落ちたゴリラは起き上がってこない。

 息を整えて顔を巡らせると、逃げたと思った少女がそこに居た。生垣の台に掛けて観戦していた。

 勝者に拍手を送ってくる。

「強いんだね、アンタ。ベンケイが負けるの初めて見た」

「行くぞ」シュウは少女の手を掴んで歩きだした。今度は文句を言わない。

 パトカーのサイレンが聞こえる。怪物モンスター同士のケンカを見た市民が通報したようだ。

「ねえアンタ、一時間だけ付き合いなよ。近くにいい店がある」手を曳かれながら少女は言う。

「キミをお守役に引き渡して、オレの仕事は終りだ」

「アタシの言うこと聞かないとクビが飛ぶよ」

 子供の脅しではない。少女の父親は政財界の黒幕だ。首相の首をすげ替えられると聞く。

「クビを飛ばせるキミの父親が依頼主なんだ。めんどう言うな」

 政府直属のエージェントを非行娘の尻ぬぐいに使っている。

「だから一時間だけって言ってるでしょ、ねえ」

 ケンカに勝ったら手のひら返しだ。強い男が好きらしい。

「聞いてくれないなら、ブーストしてアンタに挑戦する。アタシ、カンフー系だよ」

 シュウはため息をついた。きずでも付けようものなら、クビが飛ぶだけじゃ済まない。一時間のサービス残業を覚悟した。

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