6話 - Ⅲ
我々の世界で例えるなら、それはタブレット型端末と表現するのが最も適切だと思う。
最新型魔機の一つで、名前を【コネクトマテリアル】と呼ぶ。
長くて言いにくいので、利用者たちの多くは『ネクト』という愛称を使っている。
使い方も用途も、タブレットとほとんど同じ、というか違う点を探す方が難しいくらいだ。
ユフィアンヌ王女は城の自室で一人、その画面に映る文章を、神妙な面持ちで読み進めていた。
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〈十一月三十日付け 大陸情報誌 クオラーデポスト〉
『ゴットバーで三件目の爆破テロ 四月革命との関連性は?』
十一月二十五日の夜、ゴットバー・ボァガン地区の飲食街で爆発があり、約140名の死傷者が出た。今回のテロで、少なくとも100人が死亡。34人の重軽傷者が出ている。
ゴットバーでは、九月と十月にも同様の爆破テロが立て続けに発生しており、今回の爆破による被害者も含めると、合計被害者数は約350人にまで及ぶ。
ゴットバー当局によると、一連の爆破の原因は、現時点では不明。引き続き調査をしていくとのことだ。しかし、いずれも複数同時爆破であることから、当局はグループによる犯行だと推定。さらに、これまでに起きた三件の爆破テロは、全て『反ミックスジェンダー派』に関わりのある場所だったことを指摘し、『四月革命』との関連性も視野に入れたうえで、捜査していく方針だと記者会見にて発表した。
ゴットバーでは今年の三月に、自身が『ミックスジェンダー』だと、地元の文学コンクールを通じて世間に打ち明けた当時17歳の女子高校生が、その後、通っていた学校内でのいじめに耐えかね、自殺してしまったというショッキングな事件が起きたばかりである。
その事件を機に、ミックスジェンダーの人権尊重運動、通称『ゴットバーの四月革命』という大規模デモが発生し、一時治安当局との衝突も起きたことで双方に怪我人を出したこともあったが、衝突以降デモは鎮静化の一途をたどり、現在に至っては完全に終息している。
ゴットバーでは同性婚を認める条例などがなく、また性同一性への理解度の低さと偏見も多いと言う。そのため、すでに法整備が成されている【ミレイル王国】へ移民したデモ参加者も少なくないというが、それはお金を持つ一部の富裕層に限った話で、所得の少ない低所得者層は国内に留まるしかないのが現状だ。
この一連の爆破テロが、デモ参加者による犯行かどうかは定かでないものの、いずれにせよ『戦後最大の爆破テロ事件』であるという事実に変わりはない。
〔ルルカ・アーミリア〕
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ユフィアンヌは、渋めの紅茶を一口啜った。
湿った唇の艶々しさとは裏腹に、彼女の表情は暗い。
ネクトの電源を落とし、脱力した体は椅子の背もたれに倒れていった。
ドアにノックの音が響いた。
「黒斗です。入室してもよろしいでしょうか」
姿勢を正し、ユフィアンヌが応じる。
「どうぞ」
「失礼します」
黒斗の後ろにはメディがくっついている。二人はユフィアンヌに促され、そのまま応接デスクの方に案内された。ふかふかのソファに、黒斗とメディが座る。
ユフィアンヌはネクトを片手に持ち、二人の正面で腰を下ろした。
「ユフィアンヌ様、その、新しい任務というのは」
ぎこちないが、王女殿下の御前だからだろう。メディにしては流暢な喋り方だった。
「事前に渡した書類には、すでに目を通しましたね?」
「はい。ノストハックムで、製造された魔力兵器が、ゴットバーに、不正輸出されている疑いあり、という内容でした」
黒斗が付けたす。
「でも、そっちの調査はエルゲドの爺さんたちが現地に入って、すでに内偵を進めているんじゃ?」
「ええ。ですので、あなた達には別の任務にあたってもらいます」
ユフィアンヌは、今一度ネクトを再起動させ、先ほど見ていた記事を表示させると、黒斗とメディに差し出すように、端末を机の上に置いた。
ちなみに、黒斗がエルゲドを『爺さん』と言うことに対しては、もう誰も突っ込まなくなった。
いくら勇者とはいえ、大戦を生き抜いた大魔導師を『ジジイ』呼ばわりするのは如何なものなのかと、当初は周囲も憤りを隠せなかったが、あろうことに
無論、上流階級が列席するパーティーなど、場合によっては、爺さん乃至ジジイ、が禁句になることもあるが、正面にいる勇者が、状況に応じて要求されるモラルのレベルを調節できない馬鹿でないことも、王女殿下の対人用鑑識眼は見逃さなかった。
(なんでもなさそうな少年に見えるけど、意外と抜け目ないのよね、この子ったら)
ルンゲとの決闘で証明してみせた戦闘能力にも舌を巻いたが、それだけではない。
勇者召喚の夜に行われた歓迎会の際、彼は与えられた知識だけで的確に『元の世界への戻り方』を訪ね回っていたのだ。
なるほど、確かに聞いて回るだけなら、誰だってできるだろう。しかし、
相手の気持ちを汲み取り、呼吸を合わせ、且つ自分の知りたいことをナチュラルに聞き出すセンス。会話の運び方だけでなく、音の強弱、抑揚、イントネーション、間合い、仕草、目の使い方……いくら20代を目前にしている少年とはいえ、流石に世間ずれが過ぎている。
つくづくその才能を詐欺に発揮しなくて良かったと思う傍ら、だからこそ今回の任務に最も適していると判断できる彼を焦点に捉えた刹那、ちょうど記事を読み終えたらしく、タイミング良く両者の視線が重なると、自ずと会話を再開する意図が瞳を介して相互に伝達された。
「爆破テロに、デモ活動。任務ってまさか、オレたちに犯人探しでもやらせる気ですか?」
「当たらずと雖も遠からず、ですわ」
「まあ、大体見当はつきます。ゴースト絡みってわけですね」
「さすがクロト。察しが良くて助かります」
王女はネクトの画面を操作し、別の画面に切り替えた。
画面には複数の立方体が現れ、黒斗は直感的に映像データが入ったファイルか何かだと認識した。
その直感は正解で、ユフィアンヌが画面上に現れた三角形のボタンを押すと、動画の再生が始まった。
「かなり荒い画質ですね」
「仕方がありませんわ。防犯用に設置された旧式の映録魔機の映像ですもの」
黒斗は脳内で、映録魔機のことを防犯カメラと訳した。
映像はどこかの喫茶店を映しているらしく、ブラウンカラーで統一された落ち着いた店内は、洒落た空気に満たされている。
映像には日付と時刻が右上に入力されており、八月十八日午後一時二十四分と表示されている。
数十秒後、一人の老人客が現れた。その老人はウェイターの案内に従い、四人用のテーブル席で腰を下ろし、革製らしきカバンを自分の傍らへとやった。
どこか、デジャブのような印象を受ける。黒斗はそう感じた。
見覚えのあるその横顔。特徴的なウェーブがかかった髭。そして黒のシルクハット。
「この人まさか」
ユフィアンヌが頷く。
「モリス・ベルクロードです」
「なんで奴がこんなとこに」
「詳しいことは、まだ何も」
会話はそこで途切れた。
ユフィアンヌは無言のままネクトに触れ、動画の早送りを始めた。約10分後の位置で操作を止め、通常速度が再開される。
ウェイターが映し出されており、受け皿に乗せられたティーカップがモリスの前に置かれる。多分、コーヒーでも注文したのだろう。
やがてウェイターが一礼して、画面からフェードアウトする。
それとほぼ同じタイミングで、今度は女性客らしき人物が現れた。つばが広い帽子が特徴的で、おかげで表情が全く分からない。
女性客だというのも、服装から得た印象でしかないため、女装した男性客である可能性だって、十二分に考えられる。
ややこしくなるので、あくまで女性だと仮定するが、その人物はモリスと対面する形で着席した。
彼女はメニューを見ることなく手を挙げ、やってきたウェイターに何かを注文した。
手の動きからして、『この方と同じ品を』とでも言ったのだろう。
数分後、受け皿の上に乗せられたティーカップが女性客の前にも置かれた。
お互い一口ずつ啜り、それとなく会話が始まったような空気感が出てくる。
口が動いているのは分かるが、音声は出てこない。
すると、ユフィアンヌが落胆の声を漏らした。
「この映録魔機に、録音機能が備わっていれば」
「だけど、あまり穏やかな雰囲気じゃないですね」
深刻そうな硬い表情。とはいえ、モリスの方は時々ビジネススマイルの類を織り交ぜてはいたが、それでもどこか、歪な空気感だった。
会話に一段落が付いたのだろうか、モリスは髭をつまみながら、何やら頷きを繰り返している。
そして彼は、自分の持ってきたカバンの中から〝何か〟を取り出し、それをおもむろに女性客へと差し出した。
箱の形をしているそれは、せいぜい小説の単行本くらいの大きに見える。
女性客はしばしの間それを見続け、どこか躊躇っているような頭の動きを繰り返した。
その間、モリスは何も言わず、ずっと黙っている。――そう思えるような仕草をしていた。
大事な決断を迫られている時の気配が、テーブルに漂っている。
俯いたままの女性客は、次の瞬間、意を決したかのように顔を上げた。
モリスが差し出した品を受け取り、それを自分のカバンの中にしまいこんだ。
モリスは満足そうに頷き、何かを話し始めた。
女性客は顔を伏せつつも、了承したように首を縦に振り続け、モリスに対し軽く会釈をした後、落ち着かない様子でテーブル席から立ち去っていった。
ユフィアンヌが動画を停止させる。
「このあとも録画され続けていますが、我々が見るべき内容は以上です」
黒斗は前屈みになって、両腕を膝の上に乗せた。左右の指を絡ませ、自身の口元に添える。
「現時点で掴んでいる情報は、どれくらいあるのですか?」
「無いに等しいです。あの喫茶店でモリスが何を渡したのか。受取人である女性と思しき人物が一体何者なのか――ですが、全く手掛かりがないというわけでもありませんわ」
そっと笑みを浮かべたユフィアンヌが、再びネクトに触れる。
今度は別の動画ファイルが選択されており、学校の校舎によく似た建物が映し出されている。
「なんです?」
「まあ、見ていてください」
「あれ?そういや日付が同じですね。時間は……え?」
王女の眼が、鋭く光る。
「そう。この映像は謎の女性が喫茶店を出てから、約四時間後の映像です」
時刻は五時半過ぎ。
メディがその時、か細い声で『あ、女の人』と言った。
確かにそこには、あのやたらとつばが広い帽子を被った人がいる。
女性はすたすたと歩き、校門を抜け、建物の方に歩いて行ってしまった。
「少し飛ばします」
映像は一五分後から再開された。
すると画面の端から、頼りなさそうな少年がやってきた。
見るからに優男。だが、イケメンの部類に入る容姿ではある。
彼も同じように校内に入っていく。
「ユフィアンヌ様、この人たち、任務と関係が、あるのですか」
「ええ。今回あなたたちに調べていただく、調査対象です」
「?」
「実はこのあと、二人は別々の時間帯に出てくるのですが、その後の足取りが一切掴めなくなりました。
『ラフティ』の調査報告書によると、少年の方はここの学校に通っている生徒だということが判明してます。名前は【ユウリ・ラスコニール】。学年はⅢですね。詳しいことはあとで、二人の『ネクト』に送信しておきます。
――で、あの女性に関してですが……。実は行方どころか、身元すら分かっていませんの」
両手を挙げ、お手上げ宣言をするユフィアンヌ。
ちなみにラフティとは、ラウフ・アークトの略称である。
「この学校って、その……自殺した、生徒のいた……『
「その通りです。そして最初の爆破テロは、この日付から僅か一ヵ月後に起こりました」
黒斗は絡ませていた指をほどき、
「確かにこれは、調べる価値がありそうですね。って、メディさん?」
メディは何かに気付いてしまったらしい。がたがたと震えている。
ちょっとギャグっぽいところが愛くるしいが。何だか、かわいそう。
「ゆ、ゆふぃあんぬさま。わたし、こんかいのにんむ、お、おります」
「勘が良すぎるのも困りものね。だけどいけなくてよ、メディ? それにクロトがいますわ」
怪訝そうな顔で、黒斗が訪ねる。
「すいません。どういうことです?」
「あら、そういうことには鈍いのね。クロト」
「はい?」
ユフィアンヌはマイ扇子を取り出し、意地悪そうな視線を送った。
「それでは、今回の任務内容をお伝えします――
『イシヅエ・クロト、メディ・レファーナの両名は、【プレクトンエコール】の生徒として学内に潜入。行方不明になった男子生徒、及び謎の女性に関する情報を調べ、モリスとの関係性を調査すること』
――というわけで来週から、二人には高校生になってもらいます。がんばってね!」
ユフィアンヌの愛情満点ウィンクを快く受け止めた者は、一人もいなかった。
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