4話 - Ⅲ
エルゲドとメイドの連携解説のおかげで、黒斗は大体のことを把握することができた。
ユフィアンヌ王女の祖父にあたる人物。
第六代ユスティティア国王。ペーネル・シド・アーウィン・ユスティティア。
彼の残した功績は偉大である。
マキアルガの大戦末期、険悪だった両勢力の仲を取り持ち、最終的にはユスティティア国内に終戦協定の場を設けた彼は、戦争を話し合いで終わらせた伝説的存在として今でも後世に語り継がれており、国内で彼を知らない民はいないという。
戦後もそのカリスマ性を発揮した彼は、魔操者たちの〝力〟と科学者たちの〝知恵〟を、どうにか平和に活かすことができないかと考えており、その思想の基に設立されたのが【ペーネル・レヴォ】だった。
初代所長の名前を冠したその組織は、〝魔力と機械の融合理論〟を平和利用するために作られた研究機関であり、後に魔力を動力に利用した【魔力源動機器】という機械の開発に成功。
通称『魔機』と呼ばれ、最初期に完成した〝三つ〟の魔機は、現代では生活と切り離せない物に昇華しており、これがまた面白い。
その三つというのが――
・冷石庫(冷蔵庫のようなもの)
・魔晶映石機器(テレビとよく似ている)
・清浄用魔力発生機器(水を不要とする洗濯機)
――まるで〝異世界版三種の神器〟である。
日本の『それ』と違う点があるとすれば、例えるなら『三大魔器』と言ったような、大層な名称が付かなかったことぐらいだ。
初代所長は10年ほど前に死去してしまったが、組織はそのまま存続し、その技術力の高さは大陸随一と言われるまでに成長を遂げている。
一方【ラウフ・アークト】とは、ペーネル・レヴォの設立から三年後に立ち上げられた組織のことで、現在のトップはユフィアンヌ・ゴド・メクトゥール・ユスティティア。つまり、王女殿下である。
そしてその活動内容は、ある意味『黒斗好み』なものだった。
現在、魔力兵器の製造が許可されている国家、及び兵器の生産数は、戦後に定められた『国際法』によって制限されており、〝一応〟どの国も遵守している体裁を取り繕っている。が、実態は違う。
単刀直入に言おう。
〝魔力兵器は金になる〟
法を駆使して、どれだけ縛りつけたところで、味をしめた
ラウフ・アークトは、そういった国家の腐敗を是正することを主な仕事としており、今回ノストハックムに魔術士を送り込み、内偵を進めさせた経緯も同じだった。
会議はすでに終わっており、黒斗は自室に戻っていた。
椅子に座り、考え事をしている。
『――ペーネル・レヴォから届いた見解によると……』
先ほどの王女の言葉が、不気味なほど鼓膜にこびり付いている。
『ノストハックムは、おそらく【埋め込み型】の研究を行っている。その可能性が極めて高い。という意見でした』
『うむ。しかし妙ですな。あの国にそんなものを開発できる技術力はなかったはずじゃ』
エルゲドが、いつにも増してトーンダウンした声を発していた。
『私も同じことを思っていました。ですが、こちらをご覧下さい』
一枚の写真が投影された。
メガネを掛けた初老の男性。
黒いスーツを纏い、シルクハットを被っている。
特徴的なのはヒゲで、緩やかなウェーブを描いている。
『モリス・ベルクロード。現在判明している【ゴースト】の幹部の一人です』
ゴーストというのは、〝死の商人〟の別名だ。
幽霊のように実体を持たず、現象だけを残していくことから、いつしかそう呼ばれるようになったという。
『ノストハックムは、ここ数年の財政状態が芳しくありません。おそらくモリスはそこを狙い、技術提供の話を持ちかけたのでしょう。ゴーストの技術力があれば、他国との生産競争なんて、一歩も二歩も有利になりますから』
『じゃが、ゴーストがそんな親切心で援助活動するはずはない。あの男が関与しているということは……』
エルゲドは視線を落とし、口を閉ざす。
王女は扇子を机に置き、両手の指を絡ませ、問題の核を突いた。
『ええ。この案件には間違いなく、〝魔王〟が絡んでいます』
魔王の名を冠する魔力兵器。正式名称【魔殲兵器】。
果たしてその数がいくつあるのか、未だ全容は把握できていないらしい。
だがラウフ・アークトの調査によって、いくつかの魔殲兵器の詳細は掴めたらしく、その中の一つに、体内に取り付けるタイプがあるという。
『埋め込み型を使用するには〝相性〟や〝適正〟といった要素が必要になってきます。これは憶測でしかありませんが、ゴーストは魔王を起動できる素質を持った人間を探しているか、もしくは人為的に作ろうとしているに違いありません』
黒斗の脳裏に、無残な死体が浮かび上がる。
あの女性、実は派遣された魔術士の一人だったそうだ。
中から肉が張り裂けたように死んでいたが、あれは、体内の魔力兵器が暴走した時に、よく見られる光景だという。
早い話、何らかの理由でスパイ活動がバレた彼女は、そのまま埋め込み型の被験体に利用され、人としてまともに死ぬことさえ叶わぬまま、ミンチ肉となって、その生涯を終わらされたのだ。
……でも、なんでだろう。本当に不思議だ。
「怒りは、湧いてこない」
石杖黒斗の中には、確かに悲しみはあった。しかし、怒りや激情など、欠片も見当たらない。
彼は今、葛藤の渦中で揉まれている。
科学者だけが悪いのか?魔操者側にも非があるのでは?
そう自問自答すれば、即座に肯定できる自信があった。
「世話になってる人たちのことを、あまり悪く言いたくないけど」
魔操者が実権を握り、集団の頂点に立っていた時代。
彼らはきっと、〝一般人〟に酷い仕打ちをしていたのだろう。
ひょっとしたら、奴隷のように扱っていたのかもしれない。
だからこそ、科学者なんて存在が出現したのだと思える。
「魔操者だって、別の視点から見れば〝悪〟なんだ……」
加えて、世界規模の大戦争を繰り広げたのだ。
魔操者にしろ科学者にしろ、そう簡単に、人間の怨恨が鎮まるはずないだろう。
椅子から立ち上がり、一枚の紙を手に取る。
それを見つめながら、黒斗はポツリと呟く。
「けどよ」
異世界とはいえ、ここも人類が築いた世界の一つ。
悲しいお知らせでしかないが、俗物根性が蔓延しているようだ。
権力に溺れた人々。
それを利用して、魔操者に復讐を成し遂げようとする人々。
後者はともかくとして、前者に関しては言語道断。
魔力兵器などという〝金のなる木〟を、その恩恵を独占出来た連中は、現体制を維持したいに決まっているし、尚且つ、争い事を途絶えさせない魂胆なのだろう。
「〝オレの世界〟にもいたよ。自分のことしか考えねえ野郎は」
黒斗の手に握られた、一枚の紙。
上半分は文字だけ。下半分には円が描かれている。
彼はその内容を、注意深く読み込んでいた。
全てに目を通し終えた彼は、一旦目を逸らし、紙は適当な机の上に置いた。
外はすでに夕暮れ時。
この世界でもカラスのような鳴き声があるらしく、変な気分に陥る。
「残念。カラスが鳴いても、帰れないんだよね」
一呼吸入れ、黒斗は意を決するように、魔力を右手に集中させた。
禍々しい黒と、夕日が放つオレンジのコントラスト。
本人の意図とは無関係に作られたその絵は、本当に美しい。
紙に描かれている円の部分。
彼は静かに、手を乗せた。
黒色の魔力が、どんどん紙に吸い込まれていく。
数秒後、円の近くに青白い文字が浮かび上がってきたのを見取ると、黒斗は手を離した。
浮かび上がった文字を日本語に訳すのであれば――【本人確認用魔力保存済】というニュアンスでいいと思う。
机に置き去りにした紙を見つめ、黒斗は自身に言い聞かせるように囁いた。
「C'est la vie」
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