4話 - Ⅱ

 緊張感漂う部屋に、メイドの一人がワゴンを押して入ってきた。

 ワゴンの上に置かれているのは、直径30センチはくだらない丸々とした岩石である。

 特徴的な形をしており、例えるなら、中国発祥の伝統芸術品『象牙多層球』のようだった。

 象牙作品は白っぽい上品な色を帯びているが、こちらは全体的に暗いグレー調である。


 メイドは石を固定させる台座を食卓中央に設置すると、その岩石を慎重に持ち上げ、台座の上にゆっくりと下ろした。

 台座には水晶のような光沢を放つ板が埋まっており、その右側にはボタンのような装置がいくつか並んでいた。水晶パネルの上には五角形のくぼみがあり、メイドはその凹んでいる箇所に、ピッタリ当てはまる記憶石を置いた。


 ボタン群の中に一つだけ、『ぼっち』になっているボタンがあり、彼女はそれを押した。

 おそらく電源ボタンであろうそれが押されると、ぼんやりとした明かりが岩に灯る。

 何やら操作を繰り返していると、『立体映像』という、この手の世界に似つかわしくないものが、虚空に表示されていった。どことなく、世界地図のような印象を受ける。

 細々とした手書きのメモのような文章が、地図の一部に付随するように書かれている。書き手が記した注意書きなのだろう。

 地図から少し離れた位置には、棒グラフならぬ、円筒グラフが展開されている。

 これはおそらく、どの角度から見ても同じ見え方にするための配慮だと思われる。


 黒斗はその光景を見て、唖然とする。


(これじゃまるで)


 そうだ。この場にいる人間の服装、部屋を彩る装飾品などの要素さえ省けば、ここはSFチックな作戦会議室にしか見えない。

 ブリーフィングルーム。そんな不釣合いな単語が、一番似合う部屋となってしまった。


「まず皆さんに、見ていただきたいものがあります」


 口火を切ったのは王女。

 メイドに目配せをして、『例のもの』を投影してもらう。

 ボタンの一つを押すと、それはすぐに形を成して現れた。


「なんなんです!これは!」


 憤りを押し殺すことなく声を放ったのは、若き魔導士エリーユ・ファウラーであった。

 あまりの酷さにメディは目を伏せてしまい、そしてザンという人間だけは、これを見た直後に口笛を吹いた。


 表示されたのは、二枚の写真。

 両方とも、死体が写っている。

 片方は動物。犬か狼のような獣が、無残な姿で地面に横たわっている。

 もう片方は人間の死体で、こちらの方が生々しい。

 顔は潰れており、人間としての面影に乏しい。

 性別が全く分からないと思われたが、メモには『女性』と記されていた。

 左足は膝下がなく、ちぎられたような荒々しさを感じさせる。

 右腕の関節は、人としての常識を曲げる方向に折れており、左手の指は、とこどころ喪失していた。


 血の海に溺れている、かつて人間だったらしい〝物体〟を見て、しかし黒斗は動じなかった。

 死体を見慣れているわけではないし、まして殺人経験があるはずでもない。

 ただ彼は〝無力化対象者〟の中で、体の一部、もしくは四肢を断裂させた人間が数多くいるので、グロテスクへの耐性がすでに構築されていただけのこと。


 王女が詳細を語りだす。


「実は5日前、【ノストハックム】で諜報活動をしている【ラウフ・アークト】の魔術士から、【本部】宛に、【暗号魔力】が送られてきました。中身を解析した結果、数枚の写真と、ノストハックムでの諜報活動をまとめた文章が表示されたと伺っております。写真はすぐさま【ペーネル・レヴォ】の方に精査しただき、その報告が昨晩王宮に届いたのですけど……正直、私はもう頭がどうにかなりそうで……。だからまず、気分を落ち着かせるために葡萄酒を一杯頂いたの。それからね――――」


 王女様のお家芸。話の脱線が止まらない。が始まってしまった。

 ここぞとばかりに、黒斗が挙手をする。


「あの、ちょっといいですか?」


 あまりにも聞き慣れぬ単語が登場しすぎているので、黒斗はここで確認しておかないと、置いてけぼりをくらうと確信したのだ。


「あら? なにかしら?」


 自分の世界に入る寸前で、王女は我を取り戻した。

 黒斗は手を降ろし、さらに質問を重ねた。


「さっきから知らない単語が多すぎて。その、話についていけないのですが」


 しまった。と言わんばかりに口を開放する王女。

 そんな王族らしからぬ素振りをする彼女に対し、メイドが咳払いをして注意を促すと、王女は慌てて扇子で口を隠した。

 優雅を気取っているが、ボロが出たせいか、どうにも決まらない。

 そんな王女を気遣ってか、エルゲドがフォローに回り、解説役を買って出た。


「ほっほっほ。ちょっとすまんが、地図だけを映すことはできるかの?」


 メイドは頷くと、無駄な情報を取り除き、地図だけを拡大してくれた。


「ありがたい。勇者殿、これが我々の住んでいる世界じゃ」

「ほうほう」

「次に、我々が現在いる大陸について説明しよう」


 気の利いたメイドは、何も聞かずともエルゲドの意図を理解しているようで、ボタンの隣にあるクリスタルパネルに手を触れた。

 いわばそれは『タッチパネル』に等しいもので、彼女はそれと並行してボタンも巧みに操り、青色に輝く世界地図の一部を赤く染色してみせた。


「さすが王宮に仕える使用人。言葉の向こう側を察してくれるわい」


 微笑むエルゲドに、一礼を返すメイド。


 黒斗は地図を見た。一つだけ赤い大陸がある。

 中々の大きさを誇る。この世界地図の中じゃ、二番目くらいの大きさじゃないだろうか。

 地図の中央にある横線は、地球で言う赤道に相当するものと思われる。

 赤い大陸があるのは、その赤道ラインよりも上だ。


「これが我々の住む大陸。【クオゾ大陸】じゃ」


 そのクオゾ大陸とやらだけがピックアップされ、ズームインされる。

 赤色は解かれ、通常通りの色に戻されていた。

 そして、まるでカジノのディーラーのような手さばきで、メイドがタッチパネルを黒斗目掛けてフリックする。


「すごいな(俺のいた世界より発達してるんじゃ……)」


 彼の正面に、クオゾ大陸のみを切り抜いた画像がやって来た。

 オーストラリア大陸にも、似ている気はしなくもない。

 しかし微妙に形が異なっており、簡単な図形を用いて表現すると――


 オーストラリア大陸の中心部に正三角形の最も高い位置にある頂点を当て、三角形の置かれた部分だけ綺麗にくり抜かれたかのような――ざっくばらんに言えば『▽▽』のような形をしていた。


 ユスティティア王国の場所が分かるよう、ご丁寧に白点線が引かれており、ちょうどその位置は、左右の三角形の頂点が隣り合っている部分と重なっていた。


「ユスティティア王国は、この大陸の中央付近に位置し、東西を隔てる境目としての役割も持っておる」


 説明を補佐するかのように、クオゾ大陸の色が二分された。

 ユスティティアを中央線としたそれは、西が緑、東が黄色となっている。


「この緑色の地域は――つまり西部地方は、『魔操者と機械の共存』を実践している国家が多く、最西端の沿岸地域には魔操者たちの村も残っておる。とりあえず、〝西には穏健派が多い〟という知識さえあれば、今のところ十分じゃ」


「西は穏健?じゃあ東は過激なのか?」


 黒斗の指摘に対し、エルゲドは唸っている。


「うーむ。まあ、一応、のう。簡単に言ってしまえば、東地区には〝反魔操者派アンチソーサラー〟がウヨウヨおるのじゃ。特に最東部にもなれば〝純機械系国家〟の大国が二つあってじゃな――」


 東を意味する黄色エリアに、二つの異なる色が現れた。

 黒色でやたらと目立つポイントが二箇所。


 一つはユスティティア王国から、東に向かって一直線に存在する東沿岸部の国。

【デヴォーシス連合国家】と記載されているその国は、ユスティティアの誇る国土を余裕で上回っている。


 デヴォーシスの真下には、小国がいくつか存在しており、それをさらに南下していくと、二つ目の黒く塗られた国が君臨している。

 こちらの国名は【ノストハックム】と表記されており、先ほど王女殿下が口にしていた単語を、黒斗は思い出した。


 つまり先ほど話題に上った魔術士とやらは、その危険極まりない〝純機械系国家〟の只中で、スパイ活動をしているということだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る