第4話「決断」
4話 - Ⅰ
ルンゲとの決闘から一晩明け、朝はやってきた。
チュンチュン。どこかで鳥たちがコーラスを吹いている。
カーテン越しに差し込む朝日は、人間の瞼にとっては快眠を蝕む侵略者でしかない。
庶民が眠るには、いささか勇気を要する高級ベッドの上で、石杖黒斗の意識は覚醒した。
「もう朝か。ああ眠――いっ!!」
昨日の今日である。初めての魔術戦を繰り広げた黒斗の体は、すでに筋肉痛とフレンド登録済みだ。
遮二無二だったので、無理もない。
「見慣れない天井って、なんだかな」
この世界に来て二回目の朝。
用意された部屋は、一人で使うには広すぎて、どうにも落ち着くことができない。
二度寝することを諦めた黒斗は、しぶしぶ起き上がった。
と、その時だ。
――ピピピピピピッ
中世ヨーロッパの装い溢れる部屋に、明らかに不釣合いな電子音が鳴り響く。
聞き慣れた『着信音』と『バイブレーション』が連動して、『アラーム』を告げている。
「そうか。スマホは制服に入れたまんまだったな」
こちらの世界に連れてこられてから、すっかりその存在を忘れていた。
制服のポケットに入れたままのスマホを、誰かが気遣って取り出しておいてくれたのだろう。
音の発信源は、小物入れの中だった。黒斗は取っ手に手をかけ、手前に引く。
スマホ時刻は文字化けした数値になっていた。おそらく、機械が誤作動を起こしてアラームが鳴ってしまったんだろう。
「今日は学校じゃないんだぜ」
黒斗は苦笑しながら、タッチパネルを親指でスライドさせ、音を止めた。
充電は残り67%。非常に中途半端な残量。そして、当然のことながら圏外。
「〝りんご〟の技術力でも、流石にそれは無理難題すぎるだろ。あ、でも電撃系の魔術覚えりゃ、電池の方はどうにかなるかもな」
などと言いつつ、彼はいつものクセで、ホームボタンに指を乗せていた。
パスワード入力はせず、指紋認証を用いてホーム画面を開く。
ほとんど習慣的作業なので、特に目的はなかった。
彼は少し考えてから、写真アプリをタッチして、ある一枚の写真を展開させた。
写っているのは、二人の少年の笑顔。
片方は紛れもなく石杖黒斗。
隣にいる少年は、ハーフっぽい顔立ちをしている。
それを見つめる黒斗の視線は、とてつもなく虚しい〝闇〟を抱えていた。
孤独感を内包するようなその瞳は、深海のように黒く、暗く――そして冷たかった。
「なあ、〝お前ら〟……元気か?オレはなんだかさ、訳の分からない世界に連れてこられちまったよ。メルヘンチックなくせに、機械があるんだってさ。笑っちまうだろ――ホント……」
「クロトさん。起きて、ますか?」
冷水が氷になりかけていた所を、間の抜けた声によって、ぬるい水に変えられた。
この歯切れの悪い発声の仕方は、間違いなくメディ・レファーナ。
適当な返事を返すと、淡いピンクヘアの少女がドアを少し開けた。全開せずに、扉の隙間から顔を覗かせている。
人のことを言えた立場ではないが、彼女は相当な人見知りなのだと、黒斗は改めて思い知った。
「そろそろ、朝食の、時間ですので、あの……」
「わざわざありがとうございます。着替えたら行きますので」
まるで、模範解答のような他人行儀の応酬。
了承したメディは、一切目線を合わせず頷き、無言のまま扉を閉じた。
彼女の足音が遠ざかっていくのを聞き取ると、黒斗は嘆息しながら言い捨てた。
「なんであんな人見知りの子を、毎朝お知らせ係に使うんだろ?」
――まあ、いいか。
頭を切り替え、着替えを手に取る。昨日と同じ服の組み合わせだった。
別段、彼はファッションに興味があるわけでもないため、気に留めることはしなかった。
黒いパンツを履き、ブイネックのホワイトシャツを纏う。
スマホを後ろポケットにしまい、彼は部屋をあとにした。
◇
城で用意される朝食は、とにかく豪華絢爛の一言。
いつもは納豆、味噌汁、冷凍白米をレンジでチン――という献立の黒斗にとって、食卓に並べられた食材たちは、雲の上の存在にしか見えなかった。
お皿という玉座の上に盛られた、数々のタンパク源とビタミンたち。
肉に魚に、見るからに新鮮な野菜。
(朝からこんなものを食べてたら、家計が暴発するぞ)
いらん心配だと分かりつつも、やはりそこは一般市民、石杖黒斗。
セレブの思考ロジックには、到底理解が追いつきそうになかった。
この場には、6人の魔道士と王女殿下が座っている。
どうやって作ったのか不思議なくらい長い机。
テレビなどではよく見かける代物だが、実物を拝む機会など滅多にないだろう。
(継ぎ目がねえってことは、これ一枚の木を掘って作ったのか?)
思わず瞠目する黒斗。
その彼の視界を遮るように、メイドの腕がすらっと伸びてきた。
「さて皆さん、スープも運ばれたことですし、朝食にいたしましょう!」
ユフィアンヌ王女の声からは、分かりやすいぐらい『ルンルンエネルギー』が出ていた。
雰囲気から察するに、この世界にも〝いただきます〟に類する掛け声が存在するらしい。
「さんはい!」
(ははは。さんはい、だなんて。最近聞かなくなったなあ)
両手を合わせ、いただきます。を言おうとした黒斗だったが――
「ミィンデューメェサュルラィッサ!」
(なんだそりゃ!?)
王女の後に続いて、他の魔導士たちも呪文を口にする。
手の使い方も独特であり、右手の人差し指と中指だけを立て、それを左手の甲に、コツン、と当てるという、とても不思議な動作であった。
そんな異世界の習慣を目の当たりにした黒斗は、とても刺激の強いカルチャーショックを受けていた。
自分の常識を行うのが、妙に恥ずかしくなってしまい、黒斗は細々と自国のマナーを守った。
両手を合わせて、ものすごーい小声で呟く。
「い、いただきます……」
◇
朝食後、食器はすでに片付けられ、クロスも取り替えられた食卓に、淹れたての紅茶が置かれていく。
丁寧な所作を、楽々と、坦々にこなしていくメイドたち。
さすが王宮に仕える者である。彼女たちの一挙手一投足は、最早芸術品と呼べる域に達している。
全てのティーカップが朱色に染まると、場の空気は一転し、会議モードへと移行した。
指でカップをつまみ、立ち込める蒸気の匂いを味わいつつ、エルゲドは一口すすった。
「うむ。相変わらず美味い。ここの茶の味は、老化を知らんようじゃな」
「そのように言ってくだされると、本当に嬉しいですわ」
ジジイのモーニングジョークと、それに相槌をかます異世界版マリーアントワネット。
しかし、そんな華やかしい空気から一転。王女の目つきが、鋭いものへと変容した。
そして、いつ、どこから取り出したのか皆目検討がつかないが、いつの間にか彼女は扇子を披露している。
徹底的に〝派手の美学〟を追求したかのような、エレガントすぎる扇子。
基調とする色はグロスがかった深紅。
親骨と呼ばれる扇子の両端部分に埋め込まれているのは、まるで金の延べ棒を細くしたかのような、黄金に輝く宝石。
柄の先端部分に付けられた白銀に輝く羽は、どう見直しても鳥類のものには思えない。
とにかく、見ているだけで目が痛くなりそうだった。
「さて――」
気品溢れる動きで扇子を展開させ、そっと口元に重ねる。
「そろそろ、本題に参りましょうか」
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