4話 - Ⅳ
――翌日早朝。
「勇者様。念のため伺いますが、よろしいのですね」
王女の問いに対し、黒斗は迷いなく頷いてみせた。
ここは謁見の間。
王女殿下が目の前の玉座に座っていて、黒斗はそれを見上げるようなポジションに立っている。
左右には星に選ばれた魔導士たちや、王宮に仕える騎士がおり、王女の傍らにはメイドが数名佇んでいる。
「分かりました。我々としても、勇者様が〝組織〟に加わることを拒む道理はありません」
実は昨日の会議が終わる直前、エルゲドは黒斗のラウフ・アークトへの参加を進言していた。
『クロト殿には今後、単独で動いてもらわねば困る局面も出てくるかもしれん。勇者という身分を証明するものはないが、彼が組織専属の魔操者として登録を済ませれば、その問題は解決するじゃろ?』
つまり、エルゲドが指摘した問題とは――
黒斗が勇者だと名乗りを上げたところで、それを立証するものがない以上、ただのホラ吹き野郎にしか他人の目には写らない。
勇者としての証を作ってもいいのだが、そうすると『勇者の証』が偽物かどうかを調べるために、毎回不要な手間が生じてしまう。
しかしだ、黒斗がラウフ・アークトに加われば、彼の身分情報を組織内で共有できることになる。
〝勇者証〟なんか作成するよりも、簡単かつ確実に、プロフィール情報への信頼を獲得できるのだ。
黒斗が組織の一員になれば、仮に地方に一人で行くことがあったとしても、現地での対応に遅れが出る心配もなくなる、というわけだ。
別にそれが理由ではなかったが、黒斗は組織に加わることを決断した。
『――組織には入る。でも、この世界を救いたいからじゃない』
黒斗ははっきりとした口調で、老師に言った。
『ほう。では何故?』
それに対し、黒斗は不敵な笑みを浮かべ、鼻で笑った。
『オレはそこまで俗物に優しくできない。それだけだよ――』
今日この場には、ラウフ・アークトの本部からの使者も来ており、黒斗を正式なメンバーとして迎えるための手続きを済ますのだという。
見慣れない格好をしているので、一目ですぐに分かった。
メガネをかけたインテリ風の女性の使者が、黒斗に近づいてくる。
そんな彼女は、分厚い辞書のような本を、重たそうに両手で抱えている。
やがて彼の目の前で立ち止まり、おもむろに口を開く。
「それでは、二等級魔術士イシヅエ・クロト。今一度、この〝記憶石〟の表紙に手を乗せて、魔力を流し込んでください」
「それ〝本〟じゃなくて〝石〟だったんですか?」
「ええ。加工したので」
あまりにサラッと返答されたので、それがこの世界の常識なんだろうと思い知る。
「あの、重たいので……」
「あ、すいません」
困ったような目を見ると、結構な重量なんだと察することができる。
すかさず魔力捻出を行い、右手に黒い光が収束されていく。
実は魔力というのは、DNAや指紋と同じように個人による違いがあるらしく、この世界では魔操者を特定する最も確実な手段として、【固有魔力測定】――略して【魔測】という手法を取るのが一般的だった。
表紙に掌を押し当て、早速魔力を流し込む。
数秒後、本に描かれた模様がエメラルドグリーンに発光し、黒斗は魔力を出す元栓を締め、手を下ろした。
すると、本の周囲に魔力の膜が現れ、次の瞬間、使者に抱えられていた本は勝手に宙に浮き始めた。
バサバサバサバサッ!!
一人でにページがめくられていくその様は、ちょっとホラーじみている。
どこかのページで、ピタっと止まり、開いたままの状態で使者の手元に収まった。
メガネをクイッと上げる仕草をして、レンズが少し光る。
「本人確認が取れました。問題ありません。正式登録は完了です。以降は組織員としての自覚を持って行動してください。以上です」
踵を返し、クールなやり取りで使者は壁際に行ってしまった。
今まで勇者として扱われてきたおかげで、妙によそよそしかったり、変に敬語を使われることがあった黒斗にとって、案外ああいった対応の方が清々しかった。
「それでは、よろしいでしょうか?」
ユフィアンヌ様の声が聞こえたので、視線のピン止めを使者から外し、真正面に戻す。
「早速ですが、勇者様には本日中に【ルーゲン】へ向かっていただこうと思っています」
「あの、できれば勇者様じゃなくて、普通に呼んでもらったほうが……」
「あら。そういうことでしたら」
そう言うと王女様は扇子を広げた。
その雰囲気からは、心なしか堅苦しさが抜けたように感じる。
「ではクロト――」
(修正早っ!)
「前もって話は聞いていると思いますが、グリフォンの準備が出来次第、あなたには現地へ飛んでいただきます」
理由なんて知る由もないが、魔殲兵器の唯一無二の対抗策が、石杖黒斗だけだという。
クォンティリアム曰く、そのためにはまずルーゲンという国に行く必要があるのだそうだ。
「それと、もう一つ」
王女殿下がメイドに視線を投げると、それに反応したメイドが王女に何かを手渡した。
それを受け取ると、王女は椅子から離れ、一歩ずつ階段を降りてきた。
優雅な足取りは、やはり彼女が王族なのだと思わせてくれる。
黒斗のすぐそばまで足を運ぶと、彼女は持っていた物を黒斗に差し出した。
布のようなそれは、折りたたまれており、かなりのボリュームを感じさせる。
「あの、それは?」
黒斗が怪訝そうに言う。
それを見た王女は、にこやかに微笑み、布を広げてみせた。
黒斗は正直、ファッションにはてんで興味がない。
しかし、この〝服〟が持つ芸術的美しさ、言葉では表現しきれない魅力は、何となく彼の感性に共鳴した。
王女を覆い隠さんとするのは、漆黒に染められたローブ。
布であるはずなのに、どこか吸い込まれるような光沢さえ放っている。
「どうか、お受け取り下さい」
黒斗は一言礼を述べ、軽く頭を下げる。
そして、他の色と混ざることを拒む、圧倒的な黒さを誇るローブを受け取った。
何やら熱い視線を感じる。
見ればそこには、懇願する王女の眼差しが。
意図を察し、根負けした黒斗は、その場で着用した姿を披露することにした。
襟の部分を片手で持ち、ぐるっと回して袖を通す。
膝下を超える長い着丈。後ろにはフードが付いている。
黒いパンツに白いシャツ、それに漆黒のローブを重ねた黒斗は、シンプルイズベストなファッションでありながら、しかし異様なほど着こなしていた。
「思ったとおり!すごくお似合いですわ!」
他のところからも、どよめきが聞こえてくる。
黒斗にしてみれば、予想を裏切る大反響だった。
と、その時だ。
謁見の間の扉が開く音が、後ろの方から聞こえてきた。
見ればそこには、リーリンがいた。
赤い髪を相変わらずサラサラ揺らしながら、彼女は王女と黒斗の方へ歩いてきた。
一瞬黒斗と目が合い、彼の出で立ちに目を移す。
良い意味で、彼女は驚いていた。
「ずいぶん印象が変わりましたね」
「あなたもそう思いますか!やはり、私の目に狂いはありませんでしたわ!」
このとき黒斗は、また王女殿下が一人でベラベラ喋りだすのではないかと疑っていたのだが、そんなことはなかった。
彼女は仕事モードの集中力を切らす気配すらなく、キリっとした眼差しのまま、リーリンへと視線を変えた。
「それで、準備の方はいかがかしら?」
「問題ありません。今すぐにでも王都を発つことができますが」
王女は頷くと、ゆったりと扇ぐ動作を止めた。
そして扇子を閉じ、口を開いた。
「分かりました。ではクロト、急かすようで申し訳ないのですが……」
「いえ。そろそろ外出したい気分だったので、ちょうどいいです」
黒斗が軽い冗談を飛ばすと、王女は『老師よりお上手ですね』と、笑いながら言ってくれた。
◇
リーリンと黒斗はそのまま謁見の間から出ていき、この城を初めて訪れた際に利用した、グリフォンポートに直行した。
歩きながら、リーリンが今回の任務内容の概要を話しだす。
「今回の任務はそれほど危険じゃありませんが、私は一応、クロトさんの護衛役として同行することになっています。勇者とはいえ、まだ〝二等級魔術士〟ですから」
要するに、最弱ランクの魔術士というわけだ。
ラウフ・アークトは個々の魔力量と、習得魔技の種類や質に応じて、階級制度を設けている。
黒斗は素質があるとはいえ、全てにおいてまだまだ未熟。
今の階級は妥当な判断と言えるだろう。
必要事項を確認し合ったあとは、雑談などを交え、二人は歩いていた。
「そういえば、頼まれていた武器ですが」
言って彼女は、懐から鞘付きのナイフを出した。
「本当にこれで良かったんですか?探せばきっと、もっといい武器があると思うのですが――」
まだ何か言い足りない様子の彼女に、黒斗が言葉を重ね、彼女の言葉を遮った。
「これでいいんです。オレは、〝これ〟がいい」
「まあ、そういうことでしたら」
黒斗は武器を受け取り、腰に携える。
大した大きさではないので、ローブで隠してしまえば、全くと言っていいほど分からない。
「そのナイフは刃先に魔力を集めることで、切れ味を増すことができる仕様になっています。ですが、あまり使いすぎると刀身が耐え切れず、最悪折れてしまう場合もあるので、注意してくださいね」
「なるほど。諸刃の剣ってわけか」
「モロハ? 何かの植物ですか?」
黒斗、思わず絶句する。
この世界で彼はあと何回、このようなシュチュエーションに出会うのだろうか。
「……えっと、聞かなかったことにしてください」
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