3話 - Ⅳ

「よいな。いくら決闘とはいえ、クロト殿は魔術に関しては素人同然。故にハンデを付けさせてもらう。お主が使用してよい魔術は、下位魔術『ブーストゲイル』のみとする。もちろん、殺すもの認めん」


「承知しました。心配はご無用。無益な殺生をするつもりはございません」


 老師の忠告に対して、武士のような口調で喋るブロンドヘアカラーの騎士は言い切った。


 黒斗の目測が正しければ、彼の身長は190をゆうに超えており、その背丈に匹敵するほどの大剣を背中に携えている。両刃の大剣。『バスタードソード』というやつだろう。


(そんな馬鹿でかい武器で、不殺生を貫くだって?)


 黒斗はつくづく思った。冗談は見た目と口調のギャップだけにしてほしいもんだ――と。


 ちなみに黒斗の武器は、肥後守のような構造をしており、折りたたまれた刃を展開すれば、小太刀程度の長さになる。


 時刻は正午。岩だらけの決闘場には、石杖黒斗とルンゲ・ボルコフ、そして立会人の老師エルゲドがいる。


 黒斗の心中は穏やかではない。


 なにせ、ろくに魔術の鍛錬もしていないのに、いきなりこの場に立たせられているのだから。


 ついさっきまでエルゲドに教わっていたことを、高速でイメージトレーニングするという苦行を、彼はずっとしている。


 扱い方が全くからない状態で放り込むのは、流石に……ではなく当然マズイので、エルゲドの指導のもと、修得魔術の性質理解、および発動訓練を、彼は開始時間ギリギリまで行っていた。


(オレが覚えさせられた魔術は二つ。だけど、そんな下位ランクの術が、こいつに通用するのか……?)


 ルンゲという男からは、やや猪突猛進な印象を受けるものの、曲がりなりにも彼は魔導士。


 それも、勇者を召喚するために、わざわざ『星』に選ばれた魔導士である。


 おまけに黒斗が身につけた技は、〝攻撃系魔術〟ではない。これが最も彼を悩ませている要因であった。


「それでは、ワシは高台の方に移動して、決闘の行方を見守らせてもらうぞ」


 持っていた杖をトンッ、と地面に叩いて、エルゲドは宙に浮いた。そのまま飛んでいき、高台へと着地する。


 その間、決闘を迎える両者は、各々配置に着く。

 双方の距離は、およそ10メートル。

 しかし、周囲を遮る岩のせいで、お互いの姿を確認することはできない。

 強く手を握ると、物凄い量の汗が出ていたことに、黒斗はようやく気付けた。


 殺されることはない。そんな前置きなど、ルンゲが放つ闘気によって、一蹴されてしまう。


『まあ、無理もない。そもそも〝闇属性〟という存在自体が、あまり好かれる類ではないのじゃ』


 先ほどまで行っていた稽古の合間に、老師はそんなことを言っていた。


(まったく。好き好んで闇を選んだわけでも、勇者になったわけでもねえのによ)


 エルゲドの放つ決闘開始の合図が、空に飛散する。

 瞬間、黒斗は膨大な魔力量の気配を感じ取った。

 眼前は岩だらけだが、間違いない――


(正面から来る!)


「どっらあああ!!!」


 巨大な岩を粉砕して現れたのは、大剣を突き出したルンゲ。


 その彼が得意とする系統は『風属性』であり、ブーストゲイルという術は、一点に集約した大気を同一方向に解放することで、爆発的な加速力を得る風魔術だった。


 そして、その特性を最大限に活かした突進攻撃が、勇者を串刺しにせんと言わんばかりの勢いで、黒斗の目前に迫ろうとしていた。


「ちくしょう! やるっきゃねえだろ!」


 彼の声に呼応するかのように、爆発的に体外放出された魔力。


「シレオ・エッセ・バニッシュ!!」


 魔術を発動するためには、必要量の魔力捻出と、発動要素を孕んだ文字、及び文章の詠唱が絶対条件である。


 こと戦闘となった場合、この詠唱速度の差が、命の明暗を左右することもしばしば。


 その点に関して言えば、素人の黒斗が叩き出した詠唱速度は、賞賛に値するものであった。


「沈黙・存在・消える。なるほど、その単語を含んだ魔術となれば、おそらく〝気配遮断〟か」


 既の所で突撃を躱した黒斗は、岩陰に隠れて息を殺していた。


(やっぱり、初見で看破されたか) 


 ルンゲの推測は見事的中である。

 黒斗が修得した一つ目の魔術は、自身の気配を絶つ魔術だった。


 明らかに隠密作戦や、情報収集専門の密偵用の魔術であり、正面切った戦闘には不向きと言わざるえない。


「その程度の魔術、ぬるいわ!」


(なにっ!?)


 初撃を回避したあと、岩陰に隠れながら、常に彼の死角を取っていた黒斗の動きを、まるで最初から全て把握していたかのように、ルンゲは大剣を振り下ろしてきた。


 気配遮断は、あくまで遮断するだけであって、光学迷彩のようなステルス機能は持っていない。


 故に、姿がバレた瞬間に、その魔術の効果は意味を消失してしまう。


 ギリギリのところで回避し続けながら、黒斗は後退を余儀なくされた。


「どうした勇者殿! 逃げてばかりでは、私には勝てんぞ!」


 大剣から繰り出された袈裟斬り。その一太刀で、岩石は真っ二つに引き裂かれる。 

 同時に、黒斗の背中に岩肌の感触が激突した。


「これでもう逃げられんぞ。勝負あったな!」

「まだだ! ファル・ファントム!」


 漆黒のオーラが分散し、たちまち黒斗そっくりの『分身』が形を成して表れた。


「ちいっ! どれが本物だ!」


 とはいえ所詮、魔力で生成しただけの分身程度では、ルンゲに太刀打ちできるはずもなく、瞬く間に偽物たちが霧散していく。


 その隙に、黒斗は気配遮断を用いて、その場から退散した。


 なるべく距離を置いたら、適当な岩陰に身を隠し、膝を付いて呼吸を整える。

 圧倒的劣勢だというのに、しかし彼は冷静沈着だった。

 ゆっくり息を吸い、同じようにゆっくりと吐き出す。


(オーケー。奴の〝パターン〟はだいたい調べさせてもらった)


 脳内にこれまで得た情報を展開させる。


 この状況を打開し、逆転の一手を繰り出すための作戦を、超スピードで組み立てる。


 ふと、頭の回転速度が、【あれ】と似ていることに彼は気づき、口元をニヤリと歪ませた。


(まさか『こんなところ』で役に立つとは思わなかったな)


 立ち上がり、衣服についた砂をはらう。

 そして、彼は言う。


「――ルンゲ。アンタを〝無力化〟する」

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