第3話「勇者たる所以」

3話 - Ⅰ

 ユスティティア城に隣接されてある、魔導士たちの訓練場。

 その中にある決闘場に、石杖黒斗の姿があった。

 決闘場と言っても、地形はかなりワイルドだ。

 ゴツゴツした岩が、いくつも地面に突き刺さっていて、視界が悪く動きにくい。


 観客席なんてものはないが、戦闘の邪魔にならない距離に高台があるので、ギャラリー達は全員そこに集まり、高みの見物を決め込んでいる。


 勇者を召喚した魔導士や、ユフィアンヌ王女殿下。あとはメイドやボディガード用の騎士などなど。


 とにかく、手の空いている城の者なら、誰もがここを訪れていた。


「これより、イシヅエ・クロト対ルンゲ・ボルコフの決闘を開始する」


 審判役のエルゲドが、高台から合図を送る。彼の手から炎が放たれ、花火のように空で咲き乱れる。


 石杖黒斗は遠目でそれを確認すると、苦虫を噛み潰したような表情を取った。


「あのジジイ……!」


 嘆息を挟む余裕もないらしい。敵はもう目前まで迫っていた。


「――ちくしょう!やるっきゃねえだろ!」


 なぜ決闘をしているのかというと、遡ること数時間前――



     ◇



 クォンティリアムとの接触を終えた石杖黒斗は、その時に得た情報を魔導士たちに伝え、その場をあとにした。


 その夜に勇者歓迎の催しが行われ、豪華な食事などが出された。


 その後、彼は用意された客室に案内されると、一日の疲れが睡魔となって現れ、あっという間に夢の中へ。


 現在早朝。時計がないので正確な時刻は分からない。

 寝起き早々、制服姿のまま眠っていたことに彼は気付く。


 窓側の壁のすぐそばに、小物を入れておくような収納棚があり、その一番上には着替えが置かれている。あらかじめ、用意されていたのだろう。


 無碍にするのも申しわけないと彼は感じ、着替えるために、高級そうなベッドから這い出る。 


 ズボンは制服と大差ない黒色のパンツ。なのだが、この生地の肌触りからいって、こちらの方が上物だろうと黒斗は思った。


 ベルトループがついていたので、制服に使っていたベルトをそのまま流用する。

 彼の服装に合わせてくれたのだろうか。上は単に白い長袖のシャツだった。


 床に投げ捨てた制服を拾い上げる。それとなく丁寧にたたんで、彼は小物入れの上に置いた。


 ワイシャツに染み付いた汗が、元いた世界の名残を感じさせる。


「本当に、違う世界なんだな」


 気分転換をしたくなった彼は、窓ガラスを開け放った。


 外から入る空気が、とても爽やかで、自然の味が豊富に感じられるし、山々と草原がおりなす緑の美しさは、これまた素晴らしいの一言に尽きる。


 ぼやけた頭を朝日で焦がしながら、黒斗は遠くを見つめていた。


「これから、オレはどうなるっていうのさ」


 昨夜の食事会の際、『元の世界に帰る方法』を魔導士たちに訪ねてみたものの、返ってきた答えは、どれも期待に沿うようなものではなかった。


 エルゲドによると、召喚することができたのだから、送り返すことも理論上は可能らしい。


『異なる世界を繋げる〝道〟さえあれば、帰る望みは十二分にあるわい』と、古老の魔導士は異世界の勇者に説明したが、黒斗を召喚した時は、クォンティリアムが道を用意したおかげで、召喚に成功したとのこと。


 なら人工的に道を作るのはできるのか。と質問したところ――


『うーむ。今のところ無理じゃな~』


(あのクソじじい……!!)


 握った拳をプルプル震わせていると、ノックの音が小気味よく響いた。


「あ、どうぞ」


 怒りを鎮め、彼は扉が開くのを見守る。


「おはようございます。クロトさん」

「どうも。えっと、メディさん、でしたっけ?」


 彼女は小さく頷き、黒斗はその反応を肯定と受け取った。


 メディ・レファーナ。ずいぶん幼い顔立ちだが、黒斗と同い年だそうで、勇者召喚に参加していた魔導士の一人でもある。


 160にも満たないであろう背丈に、黒いワンピースと白いカーディガンという出で立ち。


 今日がハロウィンなら、ウケが良さそうなファッション。なんて風に黒斗は思った。


 そして、人間離れした淡いピンクの髪色は、なぜか異様にマッチしている。


(これもファンタジー世界が成せる異常現象の一つ、なのかな?)


 何度見ても不思議である。

 驚嘆の声は漏らさず、至って平静を装う。


「着替え、ありがとうございました」

「いえ、どうぞ、お構いなく」


 よそよそしい会話。

 お互い同じ年齢だと知っているのに、タメ口を利こうとは一切しない。

 メディに関しては人見知りが激しく、黒斗に関しては他人への警戒心が強い。

 要するに、似た者同士なのだ。


「なんじゃメディ? 部屋の外でもじもじしおって、先に入って待っとれと言ったじゃろう?」


(この声は……)


 メディの背後からひょっこり現れたのは――


「ほっほっほ。クロト殿、昨日はよく寝れたかの?」

「アンタが昨日『あんなこと』言わなかったら、少しはマシだったかもな」


 エルゲドとメディが、彼の部屋へと入ってくる。

 適当な椅子に老師が座ると、メディはその横に立った。


「まあまあ、そう言うでない。ワシらとて、お主には悪いと思っておるんじゃ。それに可能性がゼロというわけでもない。帰る方法は何とかしてやるから、安心せい」


 そんな風に下手に出られると、黒斗は苛立ちを堪るしかない。

 エルゲドと対面するように、彼も椅子に座る。


「で、朝から何の用だよ?」

「おお、そうじゃった、そうじゃった。メディ、彼に【あれ】を」


 メディは頷き、黒斗に何かを差し出した。

 彼はそれを受け取り、まじまじと見つめる。


「なんだこれ、飴玉?何味ですか?」

「あ、はい。そうです。……えっと、りんご味、です」

「食べていいんですか?」


 こくん、とメディが頷き、黒斗は飴玉を放り込む。


「ん?」

(なんだこの飴。味どころか、『触覚』すら感じないぞ)


 まるで、飴玉の部分だけが〝無〟に変化しているような、不思議な感覚。


「おい爺さん。一体何食わせたんだ」

「クロト殿。味はどうかな?」

「味もなにも、飴玉の存在すら感じないぞ。どうなってんだ?」


 ごくり。何も感じないのなら、いっそのこと飲み込んでしまおうと考えた結果。


「ごふっ!?み、みずぅ」


 メディに目配せをして、慌てて水を用意してもらった。


「た、助かった。ありがとう」


 荒い呼吸を整えながら、黒斗は混乱した頭を落ち着かせる。


 飲み込んだ瞬間、虚空から物質が突如として出現したように飴玉が現れて、おかげで息が詰まった。


 エルゲドに文句の一つでも言おうとした黒斗だったが、その言葉は喉元を超えずに急停止する。

 老師の顔が、妙に真剣な顔つきになっていたからだ。


「ふむ。何も感じなかったということは、クロト殿の属性は『闇』ということか」

「へ?何一人で納得してるんだ?」


 困惑している黒斗のために、メディが補足を入れる。


「今、食べてもらった飴は、【エレクミー】と呼ばれるもので、どの属性に長けているのかを、味の違いによって、判別できるものなんです」


「なるほど」


「火が得意な人は、飴を暖かく感じますし、才能によっては、その温度も異なったりします」


「ちなみに闇属性は、どんな風になるんです?」


 メディは一瞬、言い淀んだ。が、言葉を続ける。


「闇属性の、適正を持つ人の大半は、味が薄くなる程度です。味どころか、触覚すら失うというのは、聞いたことがありません」


(なるほど。そこら辺はまあ、【選ばれし者】ってことか)


「クロト殿」

「ん?」


 目線を合わした時、老師の眼力に圧倒された黒斗は、本能的にシリアスモードに切り替えた。


「朝食が済んだら、少し付き合ってもらえんか?」

「いいけど、何をするんだ?」


 緊張を和らげるような笑みを浮かべ、老師は言う。


「なに、そなたに【魔術】を教えるだけじゃて」



     ◇



 勇者の部屋をあとにした魔導士二人は、別々に別れ、エルゲドは一人廊下を歩いていた。


(まさか『勇者』が『闇』とはのう)


 窓から差し込む光が、廊下の影と戦っている。

 何とも言えない憂いが、その光景から漂う。


(勇者とは古来より、世界の希望の象徴として現れる)


〝この世界を『希望』へと導くのは『闇』なのか?〟


 もちろんあれは、単なる属性であって、その人の内面特性を現すものではない。

 エルゲドも重々それは承知している。


 ただ、闇属性の勇者なんて聞いたことがなかった。文献にもそんな史実は載っていない。


〝正しさだけでは、何も救えない〟


 その象徴として、石杖黒斗は招かれたのだろうか。


 戦争経験者のエルゲドは、戦前からの『闇』と、現代で生まれた『負』の両方を知る、数少ない生き証人のうちの一人だ。


〝毒を持って毒を制すことこそ、この世界が求める希望〟


 仮にそれが真実だとしても、否定するだけの材料もなければ、あながち間違いでもないと彼は感じている。 


(つくづく、世知辛い世の中になったもんじゃ)


 エルゲドはそこで立ち止まった。

 日光は途切れ、あとに続くのは暗い廊下のみ。


「まるで、世界の縮図じゃな」


 誰にも聞こえぬ本音で、老師は一人、嘆いた。

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