2話 - Ⅲ

 映像はそこで途切れた。


 再び水の中にいるような空間になり、クォンティリアムが眩しく輝いている。


〝長い。本当に長い戦争でした。世界規模で起きたこの戦争は、戦後【マキアルガの大戦】と名付けられ、41年前に魔操者同盟と機械連合が平和条約を交わしたことで、ようやく終結したのです〟


 酷い戦争だったのは、直に見せつけられたオレにも分かる。

 しかし、いまいちピンと来ない。

 戦争を止めるための勇者ならまだしも、なぜ終戦後にオレが必要になったのだ。


(まさか、戦後処理のためにオレを呼んだとか言わないだろうな……)


〝戦争とは、よほど儲かるのでしょうね。あなたの世界ではどうでしたか。石杖黒斗?〟


「え?それって一体、どういう意味だよ。まあ、儲かるやつは儲かるだろうな」


 そうでなければ、軍需産業の意味がないだろうに。

 危険な奴がいれば、自衛のための武器は必要になって、需要が生まれる。

 需要があれば、そのニーズに応じるのが供給側の役目。

 相手を殺す意思がなくても、恐怖心さえあれば、兵器を作る動機は完成する。

 それが、人の住む世界の理。


〝魔操者に対抗できる唯一の武器として、魔力兵器は世界中で使用されました。ですが、それは表向きの話。真実は違うのです。あの戦争は、魔力兵器を更なる高みへと昇華させるために用意された、狂った科学者たちの実験場でしかなかったのです〟


 オレは今、一瞬自分の耳を疑った。

 あの『お星様』は、オレになんて言いやがった。


「は?……戦争なんだぞ……沢山人が死んだんだぞ!?それが、魔力兵器を改良するためだけ?――そんな理由で、あの戦争は起きたっていうのか!?」


〝魔力兵器の誕生は、魔操者根絶を目論む【ある組織】にとって、ある意味、天からの恵みに等しい存在でした。その組織は、より強力な魔力兵器を開発するために、有能な科学者を集めて知識と技術を独占します。


 やがて兵器開発も本格化していき、その研究過程で生まれた試作品は、実戦での試験運用も兼ねて、主に紛争地域で売買されました。そして武器売買で得た莫大な利益を、新兵器の設計・開発の研究資金として投入し、魔力兵器のさらなる強化、発展に邁進していきます。


 その組織、仮に【死の商人】と名付けましょう。彼らの欲望、いえ、魔操者に対する恨みは深く、とうとう最悪の事態を『演出』しました〟


 クォンティリアムとの会話は、ある意味楽だ。

 向こうの言いたい気持ちが、ストレートに伝わってくれるから。

 だけど、その『真実』は、あまり聞きたくなかったかもしれない。


「……【死の商人】が、あの国王を毒で殺したんだな」


〝ええ、あなたが想像した通りです。【死の商人】は研究を進めるために、より大きな戦争を欲し国王暗殺を企てた。やがて世界大戦が始まると、彼らの研究はますます順調になり、とうとう魔を滅ぼす兵器は、完成を向かえてしまった〟


「え!?……いや、だったら、魔操者たちはすでに潰されてるんじゃ」


〝いえ、その兵器は大量の魔力を要する代物だったようです〟


〝完成直後に【死の商人】たちによって隠され、今は静かにエネルギーを蓄えているだけです。しかし――〟


 刹那、クォンティリアムが揺らぐ。

 さっきまで放っていた迫力が、弱まっているような気がする。


〝時は満ちようとしている。【魔王の名を冠した魔力兵器】は、いずれその眠りから覚めるでしょう〟


 気のせいかと思っていたが、やはり先ほどから、クォンティリアムの光がぼやけている。


 周囲の空間が微妙に淀んできているし、暗がりも増えてきた。


〝星の間であなたと接触できる時間も、残り僅かなようですね〟


 クォンティリアムが明滅している。

 聞きたいことなど山ほどあるのに、勝手にタイムリミットを知らせるとは。

 いささか対応に困るが、仕方がない。


〝石杖黒斗。あなたには、その兵器を破壊する『力』が宿っている。あなたが勇者に選ばれ、この世界に召喚されたのはそのためです〟


「あ、おい!」


 思わず手を伸ばす。しかし、虚無を掴むだけで、何も得られない。

 時間切れ、ということか。

 眼前の光は遠くに去っていき、それに伴い燐光も薄くになる。

 繋がっていた星との意思疎通も、プラグの線を抜くように、だんだん外れていく。

 とりあえず、自分が呼び出された理由は聞き出せた。

 それだけでも、よしとするべきなのだろうか。


〝とはいえ、今のあなたにその『力』はありません。まずは、かつて【ルーゲン】という名で呼ばれていた地に赴くのです。全ては、そこから――〟



     ◇



 動いているような、そうでないような。曖昧すぎる体の感覚。

 その朧げな肉体と思考が、次第に鮮明になっていく。

 ゆっくりと両目を開ける。


 そこには、見覚えがある手の平サイズの魔法陣と、無駄にでかい門のような扉が。


 星との謁見が、無事終了したらしい。


 入室前は発光していた扉の紋様は、すっかり沈黙している。多分、もう一度入るのは無理なんだろう。


 その時、オレは自分が犯した失態に、はたと気付いた。


 額に手を当て、深いため息をつく。


 ミスをやらかした時に起こる独特の喪失感が、自嘲を含んだ後悔と共に、猛烈に押し寄せてきた。


「ははは……はあ。元の世界に帰る方法、聞き忘れた」

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