2話 - Ⅱ

 身体が、淡い青に満たされた海の中を漂っているような、或いは雲の壁を越えた空の上を浮遊しているような、そんな感覚に包まれていた。


(ここが、【星の間】なのか?)


 すると、海中に差し込む陽の光の如く、頭上に白い輝きが現れた。


 大いなる力。そんな抽象的な印象を、しかし実在のものとしてありありと放つ存在が、オレの目の前に突如として顕現したのだ。それは、どんなものよりも神々しく、美しく、まさしく〝星〟と呼ぶに相応しい、命の力を存分に放っていた。


「これが、クォンティリアム……」


 すると、えも言えぬような感覚が、オレの中に入ってきた。


 星は言葉など発しない。しかし、こうやって感覚を伝えることで、オレは単なる光でしかない存在と、意思の疎通が可能となった。



〝わたしは、この星の意志。クォンティリアム〟



 心に響くその感覚を、オレは言語化していった。



〝石杖黒斗。あなたには、自分がなぜ勇者になったのか。そして、なぜ勇者が必要になってしまったのか、その全てを知ってもらいたい〟



 星の意志が、新しい感覚をオレに飛ばす。


 水中のような空間から一変。


 切り替わった景色の先にあったのは、この星の誕生から現在に至るまでの、途方もないくらい長く、気が遠くなるような時の変転を、目まぐるしく映していくものだった。


 膨大という言葉ですら矮小に思えてならないほどの情報量が、一個人の脳内に雪崩のように流れ込んできているにもかかわらず、それでもオレが正常でいられたのは、おそらくクォンティリアムという、超常的存在のもたらす理解力の恩恵にあやかれていたからだろう。


(光が、魂を、駆け巡っていく……?)


 なんでこんなことを呟いているのだろう。自分でも不思議だった。けれど本当に、そういう表現が自然と口を突いて出てきても、ちっともおかしくない体感なのは間違いなかった。


 自分自身が、何か巨大な監視者にでもなったかのような、奇妙な感覚。


 気付けばオレは、いや、オレという存在は、宇宙という広大な空間そのものと意識の接続を果たしていた――



     ◇



 ――遥か昔、地球が誕生したのと同じように、この世界の宇宙にも、人の住める惑星が誕生した。


 星の名は、クォンティリアム。


 長い年月をかけ、命が生まれ、やがて人に繋がる生物に進化し、そして地球と同じように、この星にも人類と呼ぶべき生命が誕生した。


 地球と違う点があるとすれば、この星には【魔力】というエネルギーが存在していることくらいだ。


 人類の中には、魔力を操ることのできる人間が現れ、その力を利用して火を起こしたり、電気を起こしたり、水を引いたり、大地を動かして田畑を整えたりと――魔力は、人々の暮らしを支えるエネルギーになり、そのエネルギーを扱える者もまた、アニミズム的な信仰心の対象となっていった。


 魔力を操れる者は【魔操者まそうしゃ】と呼称され、彼らが扱う技は【魔技まぎ】と言われた。


 彼ら魔操者たちは、大衆に崇められ、そして蔑まれた。


 考えてみれば、それは必然とも取れる。


 魔力を扱えるということは、地球人で言うところの、拳銃を常に所持されているようなものだからだ。


『銃を持っているけど、絶対に撃たないから安心してください!』


 そんなことを言われても、銃を持っていない人間はきっと安心できない。


 撃つ、撃たないの問題ではない。『銃』という脅威を保有していること、それ自体が、相手を脅かす最大の要因なのだ。


 とどのつまり、対抗できる力を持たない人間は、特異な才能を祭り上げるか、異常な力に恐怖するか。そのどちらかしかなかった。


 魔力に選ばれなかった人間たちは、やがて自分たちの知識を頼りはじめ、彼らは自らを『科学者』と称し【機械】と呼ばれるものを創造した。


 魔力に頼らずとも、生活に必要なエネルギーを生産するために生み出された機械は、歴史を重ねるごとに改良が加えられていき、いつしか科学者たちは、魔操者よりも地位が高くなっていた。


 それも必然。


 特別な人間にしか操れない魔力と、誰にでも扱える機械。


 大衆がどちらを支持するかなんて、質問するだけ野暮だ。


 時代は移り変わり、やがて国家という枠組みが出来上がる頃。


 生活を支えるものは【魔力】ではなく、【機械】にシフトしていた。


 魔力は廃れていき、魔操者たちの中には自らの素性を隠し、一般人として生きていくことを選ぶ者も出てきた。


 しかし、それでも魔力と共に生きていくことを選ぶ者もおり、そういった少数派の人々は、独自のコミュニティを作り上げ、世界から隠れるように静かに暮らしていた。


 元々、羨望と畏怖が混同していただけに、魔操者たちは肩身の狭い生活を余儀なくされていたが、それでもこの世界は、ほどよい緊張状態の上、平穏を保ち続けていた。



 ――だが、ある一人の天才魔操者が、全てを塗り替えてしまった。



 とある山奥にある、魔操者たちが細々と暮らす小さい村。


 そこで生まれた一人の男の子。


 生まれつき魔力に対する素養があった彼は、その才能とは裏腹に、自らの資質にちっとも興味がなかった。


 周囲の人たちと比べると、彼の感性は少し変わっていた。


 いわゆる天才肌だったのだろう。


 ある日、少年は母に買い物を頼まれ、村の外にある城下町に行くことになった。


 生まれて初めて触れた外の世界。


 見るもの全て村と異なる空間は、少年の心を絶えず弾ませた。


 そして彼は、自分の心を突き動かす存在と、初めて邂逅した。


 それは、地球の歴史上に存在するもので例えたら、蒸気機関車が最も相応しい例えだと思う。


 その当時の最先端技術の結晶とも言える機械の塊。


 少年は初めて、感動という感情を覚えた。


 それからというもの、彼は村を出るのが待ち遠しくなり、買い物ついでに町を探検するにつれ、機械が大好きになっていった。


 特に理由はなかったのだと思う。直感的に、見た目がカッコイイとか、雰囲気とか。そもそも、人間が何かに興味を抱く理由なんて、突き詰めたら個人の感情論でしかない。


 やがて少年は青年に育ち、村の反対を押し切り、狭い世界を飛び出し、広い世界を求めた。


 魔操者という立場が、世間では忌み嫌われることを知っていた彼は、それを悟られないよう、上手に世渡りをして生きていた。


 彼は大人に成長し、念願叶って科学者に。


 そして、とんでもない理論を作ってしまった。



 〝魔力と機械の融合〟



 天才の宿命とでも言えばいいのか、はたまた呪いか。


 もちろん彼は、少年時代に抱いた好奇心旺盛な無邪気さのまま、世界に幸せが溢れてほしくて、この理論を完成させたのだ。


 人を不幸にさせるつもりなんて、彼には全くなかった。


 だが結論から言えば、この理論のおかげで、多くの血が流れる羽目になった。


 この発想に目をつけた別の科学者が、これを兵器に応用。


 トリガーを引けば魔弾が飛んでしまう銃。


 ボタン一つでプログラミング通りに実行される魔技発動装置。


 常人でも魔操者と同等以上の身体能力が発揮できるようになる強化外骨格。


 既存の兵器を遥かに上回る威力を持ったそれらは、魔力の素養がなくとも、誰でも簡単に扱うことができてしまい、その力に心奪われた人々は、やがて狂気に染まっていく。


 魔力兵器を用いた戦争に、お歴々は夢中になる一方。


 国同士で行われる戦争の規模は拡大の一途を辿り、難民が間欠泉のように続出。


 中立の立場を保ちつつ、人道を尊重する国の国王が、これ以上の戦火の拡大は望めない、という趣旨の平和宣言を発表した矢先、何者かが国王を毒殺。


 その毒物を作るためには、魔操者たちが住む地域でしか採れない薬草が必要で、世間の非難は一気に魔操者に集約されてしまう。


 魔操者の多くは、濡れ衣を着せられたのだと声を上げたが、時すでに遅し。


 世界の流行は、魔操者を殲滅することになってしまった。


 魔力と機械のハイブリット兵器のせいで、魔操者に対する恐怖も薄れてしまい、魔を操れぬ人々は、次々に魔操者たちの村を襲い、殺戮の限りを尽くした。 


 この事態に対応するため、魔操者たちはバラバラだったコミュニティと協力しあうように呼びかけ、同盟を結成。


 機械が生活を支えるようになってからというもの、差別される対象でしかなかった彼らは、積もりに積もった憎しみを一気に爆発させ、全世界に対して宣戦布告。


 それに対抗するため、各国家は協力関係を結び、機械連合となって応戦を開始。


 かくして、魔力と機械による、世界規模の大戦が勃発してしまったのだった。

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