第2話「クォンティリアム」

2話 - Ⅰ

 勇者として扱われてしまっているオレは、連中(自称魔導士)に言われるがまま、王都と呼ばれる場所に行く羽目になった。


 道中、自己紹介を受けたり、ぼんやりと現状の説明を受けた結果、非常に受け入れがたい話ではあるが、どうやらここは、オレがいた世界とは違う、全く異なる世界だという結論に至った。


 そういう捉え方をしないと、辻褄が合わないことが多すぎなのだ――


 まず、神殿と呼ばれる場所から外に出る際、連中が手にしていたランタンには火がついてなく、ライターやマッチといった火を起こす道具もなかった。にもかかわらず、彼らは呪文のような言葉を唱えただけで、火を付けやがった。


 オレは正直、無力化のストレスのせいで頭がおかしくなったのだと、思いたくなってしまった。


 ちなみに連中は、それを【魔術】だとか言っていた。


 驚きはそれだけじゃない。


 洞窟から外に出たオレを待ち受けていたのは、周囲が岸壁によって囲まれた落とし穴のような場所だった。


 どうやって王都に行くのか疑問だったのだが、そんなものはすぐに払拭されてしまった。


 老師エルゲドと呼ばれる仙人じじいが指笛を吹くと、物々しい音と共に、頭上から巨大生物が飛来してきたのだ。


 あのときのインパクトを、オレは生涯忘れることはないだろう。


 連中はその生物を【グリフォン】と呼んでいて、確かに、オレが知っている架空上のグリフォンという存在と、姿形がそっくりすぎて、開いた口がしばらく閉じなかった。


 そして現在、オレはそのグリフォンに跨り、星の意志とやらに謁見するため、王都『ユスティティア』に向かっていた。



   ◇



 グリフォンの背中から、王都を一望した黒斗は、中世のヨーロッパの美しい町並みと、スチームパンクのような世界観が、上手く融合したような印象を受けた。


 ユスティティア城。


 そこが、彼らが目指す目的地であり、王都の象徴ともいえる城塞である。


 ヘリポートならぬ、グリフォンポートのような、広い敷地を確保した場所が城に設けられていて、グリフォンたちはそこを目がけ、次々に着陸していった。


「はあ、やっと着いた」


「勇者殿、長旅お疲れのところ申し訳ないが、このまま〝クォンティリアム〟に会っていただく。よろしいかな」


「よろしいもなにも、オレに拒否権はないんだろ」

「ほっほっほ。ずいぶん刺々しい勇者じゃ」


 憎まれ口を投げやり気味に叩き、エルゲドに案内されるがまま、黒斗は城の中へと入っていく。


 床一面に伸びているレッドカーペット。


 そして、すでに彼らが戻ることを知っていたのだろうか、メイド服を着た女性や、執事のような人たち、あとは城の警備を担当していると思われる、物騒な剣を腰に据えている騎士の方々が、驚くほど美しいお辞儀で出迎えてくれた。


 レッドカーペットの向こうに、誰かがいた。


 通路の中央で品良く佇むその人影を見とめた黒斗は、その女性の「位」が高位に位置することを、なんとなく察した。



「おお、ユフィアンヌ王女。わざわざ出迎えてくださるとは」



 王女という名詞を耳にした直後、黒斗は『やっぱりな』と内心頷いた。


 彼はエルゲドの背後から様子を伺い、現実世界であれば一生関わることがないであろう『王族』の姿をその目に刻んだ。


 目が痛くなるような煌びやかさは、ルネサンス時代のフランス貴族かとツッコミたくなるような出で立ちだったが、そこは流石『王族』と言ったところか。体から放出される気品は、すでにその人物の血肉になっているらしく、身につけた装飾品の派手さも、所詮自らを引き立てる『脇役』でしかないのだ、と言わんばかりの『自信』が、その人物の雰囲気と共に滲み出ていた。


 持って生まれた権力を隠すつもりもなさそうだが、かといって、それをひけらかす嫌味も感じられない。


 見た目こそ美しいが、目に宿る芯の強さは本物としか言いようがなく、『権力』というものに対して斜に構えていた黒斗は、正直、良い意味で裏切られた格好となった。


「エルゲド、そして他の皆さんも、無事で何よりです。あなたたちの大義、深く感謝いたします。それで、召喚された勇者様というのは?」


 にこやかに笑みを浮かべる王女様の視線は、やがて黒斗と交錯する。


「まさか、あの方が?」

「ユフィアンヌ様、そのでございます」


 王女様は、ずんずんと勢いよく黒斗に詰め寄り、いきなり彼の両手を握ってきた。

 エルゲドと言葉を交わしている際は、やや堅い印象を受けたが、意外とフレンドリーな人らしい。


「話はすでに聞いております。あなたが、此度の星の意思の命によって異世界より選定された、勇者様なのですね」


「え、ええ。そうらしいです」


「色々と混乱されているかと思いますが、それでも我々は、あなたの力を必要としています――」


 お姫様の開いた口は塞がる気配がなく、黒斗は困惑気味になってしまった。

 そんな彼を気遣ってくれたのだろう。エルゲドが二人の間に割って入り、会話を遮ってくれた。


「ユフィアンヌ様。我々はひとまず【星の間】に行き、彼に状況を把握させたいのですが……」


「あ、まあ、私ったら、ついうっかり。ごめんなさいね」


 王女様の強引な握手から解放され、黒斗はそれとなく取り繕った。


「いえいえ。気にしないで下さい」


 エルゲドが王女様に、また後ほど、と言って、黒斗たちはそのまま奥へと進んでいった。やがて行き止まりになるも、そこには階段の入り口が。


 長い螺旋階段だ。下を覗いても、ちっとも果てが見えない。

 ずっとぐるぐる回っていると、どうも気分が悪くなりそうで、黒斗は時々大きく息を吸ったり吐いたりしていた。


 しばらくすると、重々しい空気が肌にまとわりつくようになり、彼がそれを理解すると同時に、螺旋階段は終わりを告げた。


 黒斗たちの眼前には、高さ5メートルはくだらないだろう巨大な扉が、神聖な場所に相応しい静謐さと、それでいて、どこか他を寄せ付けない圧排あつはい的な重厚感を漂わせていた。


 暗めの灰色ベースの石扉には、何やら紋様のようなものが描かれており、その部分は、青く光っている。


「さて、勇者殿。実を言うと、ここから先は一人で行ってもらうことになる」

「え?」

「――私たちでは、入りたくても入れないんです」


 黒斗は戸惑いの表情を浮かべたが、割って入って来た別の声に呼び掛けられて、すぐに半身を翻した。


 黒斗の視線の先には、赤髪橙眼の魔導士がいた。

 彼女の名は、リーリン・ストレイ・エンドニア。


 先ほど王都に戻る際、黒斗はリーリンの駆るグリフォンに同乗することになったのだが、その際、彼女からこの世界についての簡単な説明を受けた。彼が『自分の住んでいた世界』とは違うのだと何となく肯定できたのは、彼女の説明によるところが大きい。


「どういうことです?」

「我々は基本的に、クォンティリアムが提示したことしか、見ることができません。そして見るだけなら、わざわざ星の間に行く必要はないんです」


 リーリンは赤い髪を揺らし、扉と螺旋階段の間にある、台座を指差した。その台座の上には水晶玉が置かれていて、遠くからでも透き通った様子が分かる。


 このシュチュエーションから推測される展開が、あからさますぎたので、黒斗は一目で納得した。


「なるほどね。星の命令とやらを確認するには、その水晶さえあれば充分ってことか」

「はい。そしてこの扉の向こうには、星に選ばれた者しか入ることができません」


 ――なんだか、本当にファンタジーの世界みたいだな。


 夢なら、早く醒めてくれればいいのに。

 そう思いつつも、彼は扉を開けることを決心する。


「ワシらはここで待っておるよ」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「信じろという方が、難しいのかもしれんが。おそらく、行けば全て分かるはずじゃ」


 黒斗は黙って頷き、くるりと右回りをして、扉へと歩いていく。

 近づけば近づくほど、増していく威圧感。

 目と鼻の先までいくと、息が詰まりそうになった。


 ドアノブも何もないが、ロールプレイングゲーム脳を活用して、【星の間】に入るための方法を導き出す。


(どうせ、この部分に手を当てるんだろ)


 手の平サイズの魔法陣。といったところか。

 案の定、黒斗がそこに手を当てた瞬間、青く発光していた部分は赤色に変色した。

 扉は開かなかった。しかし、赤い光が球体のように形を変え、彼の体を包み込んでいくと、まばゆい光が辺り一面を一気に照らし出した。


 はじけ飛ぶような閃光はすぐに収まり、魔導士たちが各々、細めていた目を静かに開いていったときにはもう、扉は通常通りの青色に戻っていて、そして扉の正面にいたはずの勇者の姿は、すでにここではない別の何処かに消え去っていた。

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