第1話「世界は光に頼れない」
1話 - Ⅰ
その動画を見る少年の目つきは、やけに鋭く、異質で、確固たる意思を持っていた。
映し出されている場所は、市内の某所にある、高級マンションの一室。
喜ばしくないセレブリティを放つ4人の女性が、机を囲み、雑談に花を咲かせている。
彼女たちは、ひと目ですぐに[ママ友]だと分かるような雰囲気を発していた。
そして、その会話の内容は、気味が悪いほど鮮明に、一切漏らさず少年の耳まで届いていた。
――まるで、最初から盗撮するのが目的だったかのように……
『でさー、この間の自殺の件でね』
『向こうの奥さん、まだ何か言ってるの?』
『そうなのよ。本当もう、いい加減にしてほしいわ。
あなたの娘のいじめが原因で自殺したんだーって、うるさく仕方が無かったのよ。ああもう、思い出しただけで嫌になりそう』
『まあ、仕方がないんじゃない?実際、あったんでしょ?』
嫌らしく、そしていたずらな響きが混じった声により、場が一瞬静まり返る。
『え、ええ。まあ、ね』
『――でも私の知ったこっちゃないわよ!あの子が〝勝手〟に〝自分の意思〟でやったことなんだから!』
『大体そういうのってね、絶対いじめられる方にも、非があるものなのよ?』
『そうよ。どうせ空気が読めない娘さんだったんでしょ。合わせられない方が、い・け・な・い・のー!』
聞くに耐え難い。実に醜い。
これが、この人間たちの本性。
いや、ひょっとしたら人間の本質とは、こういった薄汚さを内包していて、当然なのかもしれない。
自分たちのコミュニティにそぐわない人間を、排他的に扱うことで、そのコミュニティを守る。
人の持つ負の側面が、形を成して現実に出れば、こんな絵面になっても不思議ではない。
しかし、この動画において重要視すべき点は、そこではない。
『まぁまぁ、みんな落ち着いてよ。どうせさ、ここにいる我らが市長の孫娘様のおかげで、校長を言いくるめることできたんだから』
『そうねえ。おじいちゃんが、あの学校の理事を務めていたこともあったおかげで、スムーズに話が進んでくれたわ。まあ、学校側も問題が表沙汰にならなくて、良かったって思っているみたいだし、家の子も退学にならなくて済みそう』
『――本っ当、迷惑かけるのだけは上手なのよね、あの子』
市内を流れる大きな河川を一望できる橋の上。
石杖黒斗は、スマホの画面を見るのをやめた。
映像は、そのまま絶えず録画され続けているが、これ以上見続ける必要はない。
大事な発言さえ記録に残せれば、あとはどうだっていいのだ。
電源ボタンが押される。液晶画面はすぐに明るさを失った。
ある意味それは、彼女たちや、その家族の将来の光だったのかもしれない。
だけど、あんな連中の悪事が暴露されるのなら、自分の行った行為は蔑まれるものではなく、むしろ、喜ばしいものであるべきだ。
知ったら誰もが嫌悪する情報なわけだし、何より、こんな危ない会話をしている人たちが、同じ街に住んでいると想像して、果たして安心できるか?
そうだ。きっとできるわけがない。
(オレの行動が悪だとしても、オレの動機は悪じゃない)
下劣を嫌う人たちなら、きっと共感してくれる。
間違った方法で、正しい結果を求めて、一体何が悪いって言うんだ。
本来加害者である人間を、被害者にすり替えて話を進める人間もいるが、はっきり言って理解に苦しむ。
やはり、道徳愛護主義者の論法には、疑問しか生まれない。
「こんな事実が矢面に出ないのは、社会的によろしくないんだよ。……まあ、とりあえず連中を無力化することはできただろ」
とはいえ、撮影に使った機材の回収作業が残っている。
正義のお片づけが完了するまで、本当の意味で無力化は終わらない。
早速、行動を開始しようと思った。が、不意に視界の隅に呼び止められた。
「きれいだな」
理由もなく、眼下を流れる川を眺めたくなった。
いや、そもそも理由なんて、この手の感傷には必要ない。
水のゆらめきに視線が溶けて、センチメンタルが少しづつ流れていく。そんな気がした。
(どれだけ無力化を繰り返しても、全然平和に進んでいる気がしない。再犯を繰り返すやつもいる。どれだけこらしめても)
〝何も変わらない!〟
(なんで、なんで人はそんなにも、こんなに下らない、いたちごっこが大好きなんだよ!)
〝暴力好きの異常者どもが!〟
現状に対する、無変化への苛立ち。
何も報われている気がしない。
生産性すら感じない。
毎日繰り返されると言っても過言ではない、ハテナの連続。
暴力は歓迎できないくせに、力ある人間の圧力は良しとする、謎の風潮。
そんなものを良しとする世界を、許せるはずがない。
混沌とした巨大な憤怒が、どこからともなく込み上がってきた。
自身の動機を後押しするために、黒斗は今一度、撮影中の映像を凝視した。
ありがたいことに、耳を塞ぎたくなる会話は、まだ続けられていた。
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