序~招く者たち~

 



 聞こえてくるのは、複数の誰かが岩と砂利を踏む足音だけだった。


 太陽光が一切届かないはずの洞窟の中は、しかしなぜか、岩壁に埋まっていたり、道端に転がっている、ただの石ころにしか見えない物体のおかげで、全体的に仄かな明るみに包まれていた。


 ひたすらに長く、果ての見えない道のりを、ランタンを片手に持ちながら、六つの人影が、黙々と先を急いでいる。その者たちは、まるで魔法使いのような白いローブを羽織っており、全員、目深にフードを被っているため、その人相をはっきりと伺うことはできなかった。


 かれこれ一時間近く歩き続けると、彼らの正面に何やら紋様の描かれた両開きの門が現れた。全てが岩だらけの空間において、異物のように出現した眼前の人工物は、自ずと彼らに目的地への到着を暗示させ、安堵の息が洞窟内に木霊した。


 早速、先頭の人物が静かにそこに手を当てがい、呪文のような言葉を唱えた。すると、轟々しい音を響かせながら扉が動き始め、完全に開いたことを確認した後、全員しずしずと中へ入っていった。



 扉の先に広がっていた空間は、真っ暗で何も見えなかった――が、次の瞬間、いきなりロウソクのような明かりが、そこら中に灯り始め、あたり一面を一気に照らした。


 そこに現れたのは、恐ろしいほど巨大な神殿。


 厳かな雰囲気と、神々しさを兼ね備えた聖域を見た六名は、一瞬その光景に心奪われてしまったが、すぐに本来の目的を思い出し、神殿の中央へと進んでいった。




 明るくなったことにより、彼らの人相がはっきり見て取れるようになった。女性二人に男性四人。歳はバラバラといった感じだ。


 最後尾を歩いていた少女が、そろそろ沈黙に耐えられなくなったのだろうか、おもむろに口を開いた。



「あの、今回召喚される予定の勇者さんって、異世界の人なんですよね?……本当に大丈夫なんでしょうか?それに……」


「大丈夫よ。メディは心配性なんだから。それにこれは、世界に平和をもたらす人を呼ぶ儀式なんだから、危ない人だったらマズイでしょ?」



 メディと呼ばれた少女の目の前を歩いていた、もう一人の女性が、少女を説得する。彼女の方が、少しばかり歳が上のようで、面倒見が良さそうなお姉さんだった。



「確かに、メディが心配するのも分からんではない。今回の召喚は異例中の異例、というか前代未聞じゃ。異世界の人間を選定するなど、星の意志である【クォンティリアム】が下した決断とはいえ、用心するに越したことはないわい。……と、そうこうしているうちに、着いてしまったようじゃな」



 そう言ったのは、先頭を歩いていた、いかにも仙人のようなヒゲを生やした老人だった。


 彼らは一旦歩みを止め、そして、ここに来た目的を果たすために、各々所定の場所に散らばった。神殿の中心部には、直径10メートルはくだらない、大きい魔法陣が描かれており、彼らはそれを囲むような形を取った。


 全員、懐にあらかじめ入れておいた、分厚い書物を取り出し、最初のページを開く。そこには、儀式に必要な詠唱文が、びっしりと書き記されており、あとは儀式開始の合図を待つだけとなった。



「みんな、準備はええかのう?長い詠唱になるじゃろうが、なに、練習通りにすれば何の心配もない」



 老人が他のメンバーに対して目配せをし、それに対して各々頷き返した。


 それぞれが、手にした書物の文面に視線を落としたまま制止している。


 緊張感のある静けさが、この広大すぎる神殿に染み入っていくのを肌で感じ取った老人は、一息入れてから、固い口調でこう切り出した。




「では、これより勇者召喚の儀を執り行う」






 彼らが口にする言葉は呪文となり、それらは詠唱という力を得る。


 魔法陣に力が注がれていき、やがて陣に光が宿ると、今まで視認できなかった模様が浮かび、それが放つ光は徐々に強まっていく。




 神々しさと威厳を放つ、圧倒的な輝き。


 あまりの眩しさに、本の内容が見えなくなりそうだった。


 それに負けまいと、必死になって目を凝らし、各々、紡ぐべき文章を正しいタイミングで唱え続ける。






 〝fac, quod rectum est, dic, quod verum est.〟


 ――正しい事を為せ、真の事を言え。




 〝Dominus tecum.〟


 ――主は、汝と共に。




 〝deus videt te non sentientem.〟


 ――汝が感じなくても、神は汝を見ている。




 〝superanda omnis fortuna ferendo est.〟


 ――すべての運命は耐えることで克服されなければいけない。




 〝sit difficile; experiar tamen.〟


 ――それが困難であるとしよう、それでも私は試みよう。




 〝Vitia erunt donec homines.〟


 ――人間がいる限り、過ちはあるだろう。






 大地は震えだし、勇者を招く光は、とうとうこの世界から飛び出した。


 本来、交わるはずがない、隔たれた世界の向こう側。


 光は勇者に触れるため、その壁を突き破った。

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