第6話 相棒 《sideダイス》
「ダイスさん」
暗い
「ダイスさん」
そんな映像が流れているが、不思議と内容は頭が理解してくれない。どこかで見たような光景がくり返しくり返し流れている。まるで出来の悪い映画を何回も見ているような気分の中、光の粒がなにやら話しかけてきて、それが弾けると、やがて光の水面から意識が飛び出した。
「ダイスさん?」
反射的にビクッと身体を震わせたダイスの顔から、捜査資料ファイルがバラバラと床に散らばった。証拠写真である血塗れの写真や忘れ去られた証拠品たちの写真がするすると地面を滑っていく。滑り落ちそうになっていた椅子から、未解決ファイル保管室に座って寝ていたんだと思い出す。
「ダイスさんって」
すぐ側でロブ・ハーディングが、そばかす顔で覗き込んでいた。
「な、なんだ!?」
ロブは失礼にも面食らった顔をし、続いて先週末の殺害現場での失態を思い出してか、気恥しそうにダイスに笑顔を向けた。
「ダイスさん、そろそろ捜査に行きましょう」
「……行く、と言っても一体全体どこに行くってんだ? 手がかりもないのに」
「あの現場にあったのは“花”なんですよね? それも“彼岸花”と呼ばれる珍しい種の」
「――おまっ! なぜ知って……」
言いかけてジョンのやつだな、と理解した。思い浮かぶジョンのニヤついた笑みに舌を打つ。“お節介焼きめ”。
「……ああ、そうだ」
ダイスは唇をとんがらせて認める。
「“血染め花のマリー”は、文字通り“花”に固執しているのかもしれませんよ。花屋を当たるべきではないでしょうか?」
「このジャクソン・ヴィル中の花屋を調べてまわるってのか?」
「ええ」
「おいおい、冗談だろ? 何件あると思ってるんだ?」
田舎で、自然が豊富なこのジャクソン・ヴィルにも花屋は数多く存在する。それこそ星の数ほど。
ロブは視線を空中に泳がせ、なにかを数えるように人差し指で上を指す。肩を竦めてみせる。
「……分かりません」
「ダメだダメだ。そんなもの調べてたら身体がいくつあっても足りやしない」
ロブは聞き分けのない犬っころのようにムスッと顔を
「それでは、どうするんです? 局長があなたと一緒に僕のかわいい尻をつつこうとするんですよ?」
まるで、キャンキャン飛び跳ねて、ところ構わず吠える子犬にまとわりつかれているみたいだ。
ダイスは椅子の背もたれに身体を預け、頭を投げ出し、呆れたように目をぐるりと回す。再び手近な捜査資料を顔にくっつけた。勘弁してくれと大きな唸り声を上げた。
***
ダイスは愛車の、黒いクラウン・ヴィクトリアに乗り込んでハンドルを握った。助手席側に回ったロブが断りもなしに乗り込んで来ると、じっと見つめた。
「……なんです? なにか顔についてますか?」
「おまえ、なんだって俺の相棒に志願したんだ?」
「そりゃあ、あなたが生ける“伝説”だからですよ」
ダイスは予想通りだと顔を覆い、垂れた髪を撫で付けながらハンドルに額をつける。
「そいつは俺の相棒“だった”男だ。俺じゃない」
「え? ですが――」
「局長のやつに騙されたんだよ、おまえさんは。俺はダイス・“カルホーン”。奴は……ウェイド・“カルホーン”だ。よく兄弟なのかと間違えられていたが、本当に偶然一緒なんだ。こんな物珍しいファミリーネームが同じなんて天文学的な数字だろう? それに、ウェイドの奴はもう一年も前に死んじまったんだ。もう、次々に事件を解決するような“伝説”はいない。そのまま本当に“伝説”になっちまったんだよ」
煙草の力が必要だと信じ、上着の中に手を入れた。一本取りだして口に咥え、あからさまに嫌そうな顔をして、一本取れるようにロブに差し出した。
ロブが手のひらを見せて“いらない”と意思表示してみせるのを見届けると、安心して自分の煙草に火をつけた。吸い込むと、赤くなってちりちり煙草の先が焼けていく。
たっぷり煙を肺に取り込んで、日々の抑圧から解放されたがるようにため息混じりの息を吐いた。
「ふーっ……なあ、今からでも遅くはないんだぞ。相棒を変えてもらえるように局長に話してみるんだ」
ロブはじっとグローブボックスを見つめている。そこは開けるなよと注意しようかとも思ったが、様子を見る。プライバシーも守れないやつなら、それを理由に局長の前でごねてやる。もし開けたら絶交だ。相棒も解消してやる。
「……いえ、さあ、仕事に行きましょう。ダイスさん」
ロブは白い歯を見せてニヤリと笑って見せた。ダイスはその笑顔にどこか空虚な“違和感”を感じていた。それは刑事の第六感というよりも、どこか本能的に感じる“危険”な信号だった。
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