ワニのひとりごと-2-(268話あたりのお話)
私はもう駄目だと思う。
今日、死んでもおかしくない。
それくらい私のお腹はペコペコのペコリンだ。
ペコペコのペコリンになっている理由は明白で語るまでもないけれど、あえて言うなら“お腹のティッシュ箱がないから”ということになる。
私は、あれがないとヘロヘロのヘッポコワニにしかなれない。それは、志緒理ちゃんファンクラブの会員第一号であり、ワニのティッシュカバーである私の“この寿命が尽きるまで、志緒理ちゃんを見守る役目”を果たせないということでもある。
煮えくり返るはらわた、いや、ティッシュもないから力も出ない。
本当に納得がいかない。
どれもこれも、すべて、まるっと、なにもかも仙台さんのせいだと思う。彼女が志緒理ちゃんに『ペンちゃんの代わり貸して』なんて言ったらしく、私は平和そうな顔をしたペンギンのぬいぐるみとトレードされることになった。
仙台さんは私にペンギンと交換する相手は指定しなかったらしいから、黒猫が選ばれても良かったと思うけれど、何故か私が選ばれた。
まったくもって納得がいかない。
仙台さんのベッドの上、私は大きな口で大きなため息をつく。
志緒理ちゃんのことは大好きだけれど、今回のことは酷いと思う。
黒猫はまだ子どもだし、私のようなしっかり者ではないから、私が選ばれたことは理解できる。でも、仙台さんの部屋へは来たくなかった。
仙台さんは、私の志緒理ちゃんをたぶらかす悪党だ。
しかも、志緒理ちゃんだけではなく、私もたぶらかそうとしている。その証拠に、「ろろちゃんじゃないんだ」なんて言いながら私を受け取った仙台さんにこの部屋で何度もキスをされている。
むかつく、むかつく、むかつく。
過去にもキスをされたことがあるけれど、許したくない。
私のラブリーな口は志緒理ちゃんだけのものなのに。
私のふわふわな口にキスしていいのは志緒理ちゃんだけなのに。
どうして仙台さんが何度も、何度もキスしてくるのだろう。
その上、彼女は私を「志緒理」なんて呼んだりする。
私は志緒理ちゃんじゃなくてワニだ。
名前だって――。
あれ、名前は、まだない。
志緒理ちゃんに名前をつけてもらっていない。
仙台さんよりも長く志緒理ちゃんと一緒にいるのに、私には呼んでもらう名前がない。
こんなのは全部そこで勉強をしている仙台さんのせいだ。
私はベッドの上から、仙台さんの背中をじっと見る。
この部屋にきてわかったことだが、彼女は志緒理ちゃんよりも長い時間勉強している。
私の志緒理ちゃんをたぶらかす悪い人間なのに真面目だと思う。
ベッドの上では、私を優しく撫でてくれる。
私の志緒理ちゃんを惑わす悪い人間なのに親切だと思う。
「そうだ」
突然、仙台さんが振り向き、私の頭を撫でる。そして、「名前なかったよね」とつぶやき、「ワーちゃんなんてどう?」と続けた。
――断固拒否です。
仙台さんは真面目で親切な人間だと思ったけれど、違った。
志緒理ちゃんに断りもなく私に名前を付けようとするし、その名前にセンスがない。
私にワーちゃんなんて名前を付けようとする彼女は、人をたぶらかして惑わす人間だ。
私に何度キスをしたって、志緒理ちゃんに近づくことを認めたりはしない。志緒理ちゃんの部屋に何度来たって、志緒理ちゃんとキスを何度したって、志緒理ちゃんからキスを何度もするようなことがあたって認めない。
お腹が空いている私にティッシュ箱を持ってくることもできないような気が利かない仙台さんに、志緒理ちゃんを任せるなんてできっこないのだ。
私の目の黒いうちは、志緒理ちゃんに変なことをしないように仙台さんを見張り続けるしかない。
だから。
志緒理ちゃん、一刻も早く私を迎えにきてください。
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