第4話 兄妹剣「フルート/アニマ」2/2

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 私の足元にはいつも死体があった。

 昨日まで世間話に花を咲かせていたパン屋のおばさんも

 いつも気難しい顔をしているけど、根は優しい鍛冶屋のおじさんも

 日が暮れるまで遊んでいた幼馴染の男の子も

 口うるさいけど私のことを大切にしてくれるお母さんも

 そんな私とお母さんのやりとりをニコニコしながら見守っていたお父さんも

 みんな……みんな死んでしまった。

 なんでこうなってしまったのか理由はわからない。けれど、突如として現れたその光と、軍服に身を包んだ見知らぬ人たちが私たちの村を蹂躙し、結局生き残ったのは私1人となった。

 その後私は通りがかりの軍人に拾われることになる。結局、その軍人とも途中で別れ、とある家に向かうように言われた。

 軍人さんにもらった手書きの見にくい地図に苦戦しながらも、私はなんとかその家に辿り着く。

 どうやらここに私を助けてくれる人がいるらしい。

 あの軍人さんは見知らぬ私にも優しくしてくれた。その人が紹介してくれる人ならば、きっと悪い人ではないのだろう。だけど私は緊張して、その時は微かに手が震えていた。

 怖い人だったらどうしよう。

 ……また私の前からいなくなってしまったらどうしよう。

 家の煙突からは煙が薄く昇る。

 扉に近づくと、何だか香ばしい匂いがして少しお腹が鳴った。

 耳を澄ますとぐつぐつと湯が煮える音とこつん、こつん、とどこかぎこちなさを感じる包丁の音……そして誰かの鼻歌らしき声が聞こえた。

 声はまだ高く、ところどころ音程が外れている下手な歌。

 気づけば私の口元には笑みが浮かび、手の震えが止まっていた。

 恐る恐る、けれどきっと大丈夫だと自分を奮い立たせて

 私はそのドアノブに手をかけた。



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 目の前の敵をひたすら屠る。

 前方からの敵の斬撃を左手の黒剣でいなし、体勢が崩れたところに右手の白剣を叩き込む。背後に敵の気配を感じたので、前転し、距離を取ってから振り向きざまに白剣を投擲する。敵の肩に白剣は刺さり、隙が生まれた。そこから一気に距離を詰め、黒剣で一太刀。続いて遠くから魔力の塊がこちらに飛んでくる。白剣を回収してから飛んできた魔弾を弾く。魔力にはよく見ると核があり、側面から叩けば容易に霧散する。私は飛んできた複数のそれらを両の剣を用いて全て叩き落とした。その間にも魔力の持ち主と見られる術師との距離を詰め、一息に絶命させる。魔術師は兵士とは異なり、近接戦闘における防衛手段を有する者が少ないため、あっさりと死んでしまった。

 ようやく一息つけると思った次の瞬間、私は嫌な気配を察知する。そこにはもはや剣とも言えない巨大な鉄の塊を肩に担ぐ、屈強な男が立っていた。男はそのまま鉄塊をこちらに投擲した。私は一瞬動揺したが、何とか鉄塊の回避に成功する。体格の大きさに似合わず男の接近速度はこちらの予想を遥かに上回るほど速く、気づけば眼前にまで接近を許していた。男の視線から足元を狙っていると考えられたので、私は跳躍し男の足払いを回避する。そのまま重力を利用して黒剣で男に斬りかかる。……が、男は瞬時に体勢を立て直し、私の黒剣をその両手で掴み取ってしまった。今度は白剣で斬りかかろうと試みたが、その前に男の馬鹿力によって掴んでいた黒剣ごと私は投げ飛ばされてしまう。私は地面に叩きつけられる前に何とか受け身をとり、体勢を整える。やむをえない……


 私は体内の魔力、その流れを変える。


 数回の撃ち合いで私は既に気付いていた。

 あの男には正面から戦っても決して敵わない。あれは生物として格が違う存在なのだ。であれば私が取れる手段は決して多くは無い。

 考えられた一つは手数を増やすこと。幸いにしてこちらの武装はその条件に適している。……が、残念ながらその戦法はこの相手には通用しない。先ほど検証した通り、どんなに手数を尽くそうが圧倒的な力の前にはたったの一撃で戦況を容易にひっくり返されるからだ。

 だから考えられる二つ目、それは力の質を変化させることだった。

 全ての人間には多かれ少なかれ、必ず魔力が存在する。ただし彼らの多くは自身の魔力に気づかず、その一生を終えてしまう。


 私は自身の魔力の流れを変え、質を変え、加速させる。


 どうやら私は幼少の頃から魔力の量が多く、そして扱いに長けていたらしい。おかげで女でありながらこの歳に至るまで最前線で戦えている。

 魔力が全身を高速で循環し、そして両手の剣にも回路を接続することで魔力を伝達させる。それに呼応するかの如く、両手の剣は砂塵の舞う戦場にあってもなおその輝きを増していく。

 気づけば男が目前に迫っていた。

 しかし、こちらの準備は万端だ。魔力によって強化された私の肉体は振り下ろされる鉄塊を最小の動きで回避することを可能にした。

 私はそこから間髪入れず両手の剣を叩き込もうとする。


 結論から言うとこの攻撃は不発に終わった。


 なぜなら、剣が届くかと思った寸前に敵の横槍が入り、結局戦闘自体が有耶無耶になってしまったからだ。

 その後は乱戦になってしまい、私は男の行方を失った。

 間も無くこちらの軍は味方の損耗が激しかったことから、一時撤退することとなった。戦場にい続ければ再びあの男と相見えるかと思っていたが、結局それが最初で最後となった。



 2


 4歳の時、私に兄ができた。

 血の繋がった兄ではない。だけど私にとっては命より大事な人だった。

 彼は突然現れた私を嫌な顔一つせずに受け入れ、居場所をくれた。

 当時の私は言葉を知らず、また頼れる人間もいなかったことから心を閉ざしていたのだろう。彼の施しに対して素直に感謝を示すことができなかった。

 私は時折、当時を思い出して後悔する。

 その気持ちの一部でも伝えておくことができていれば、きっとこんな現在は訪れていなかったのかもしれないのだから。



 3


 それから10年が経過した。

 この10年は平和なようでいろいろあった。……と、いうのも子供2人で生きていくにはこの世界は優しくはなかったからだ。

 戦争が激化するにつれ、国内の治安が悪くなっていくのは世の理である。そして比較的国力も高くて平和も長かったこの国もそれは例外ではなかった。

 それとこれは後から気づいたことだがどうやら私の容姿にも問題があったらしい。なんでも私はこの国では珍しい人種で、その手の人間に高く売れるのだとか。正直知ったことではないのだが、おかげで当時は大変だった。

 そんな私を兄は必死に守ろうとしてくれた。当時の兄は力は無く、魔力もそこまである方ではなかった。けれど、私がどんな目に遭おうとも兄は決して見捨てようとはしなかった。

 私が街に巣食う奴隷商の手下に攫われそうになった時も、学校の同級生に退学に追い込まれそうになった時も兄はすぐに駆けつけ、私を守ろうとしてくれた。……まぁ兄はその度に相手に気絶させられちゃって、結局その間に私が相手を半殺しにするのだけど。

 窮地を乗り越えた後はいつも真っ先に兄は私の事を心配してくれた。自身の怪我なぞなんともない、と言ったように。そんな兄に呆れる一方でこの時から私は兄に特別な想いを抱くようになったのかもしれない。


 私は兄に恋をしたのだ。



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 兄が軍隊に志願すると言ってきた。


 あれだけ父親に呆れ、自分は軍人になどなるまいと言っていた兄の言葉に私はしばらく呆然となってしまう。なんでも自分が軍人になることが、私たちが幸せになる1番の選択肢だと思っているらしい。


 正直、ふざけるなと思う。


 確かに兄はこの数年で強くなった。しかし、それはあくまで学生の中であり、その実力は軍人のそれには遠く及ばない。

 近頃はその兵力の低さから新兵であっても最前線に出ることがあるという。実践経験に乏しい兄がそんな戦場に放り込まれれば、きっとひとたまりもないだろう。

 私はそんな兄を止めようとした。

 行ってはならないと。

 きっとあなたには軍人以外にもっと適した生き方があるはずなのだと。

 しかし、結局兄は戦場に赴くこととなった。

 理由は二つ。

 一つは国が疲弊しきっていて、使える人材は子供であろうとも次々と戦地に送られてしまったこと。

 もう一つは最後の最後まで素直になれず、「行かないで」というたった一言さえ言えない愚かな妹が原因だった。


 本当に伝えたい思いは言葉にしなければならない。


 そんな単純なことに気づいたのは、兄の名が刻まれた黒剣が自宅に届けられた時だった。



 5


 それから間も無く私は軍に志願した。

 恐らく、この選択は兄の思いを踏み躙る行為なのかもしれない。

 私を守るため、戦争の脅威から遠ざけさせるために兄は軍に志願し、その結果行方不明になったのかもしれない。

 でも、そんなことはもうどうでも良くなった。

 私の人生は兄にもらい、そして兄のために使うつもりだった。

 しかし、そんな兄はもういない。

 兄の敵討ちをしようと思ったわけではない。己の実力を把握せず、戦場に飛び込んだ兄も悪い。たぶん、私は戦争が憎かった。兄を死に追いやった戦場を生み出した戦争という概念自体を私は恨んだのだ。

 幸か不幸か兄とは違い、私には戦いの才能がある。

 この才能を用いれば少しでも早くこんな戦争を終わらせることに貢献できるのではないかと考えたのだ。


 士官学校時代では同年代において私の敵はほぼいなかった。

 しかし、体格の違う相手には時折苦戦させられることもある。

 そういった時の対策としてはまず手数を増やすことを考えた。

 兄の形見である黒剣「フルート」。

 調べたところこの剣には対となる剣が存在するらしい。双剣は片手剣とは違った技術が求められ、その習得は容易ではない。周りからは反対されたが、私はそれらを無視した。


 苦労はしたが私はついにその剣を見つけた。

 剣に色は無かった。

 切先から柄に至るまで、汚れひとつ存在しない真っ白な剣。

 兄のフルートとは対照的である。

 一目見て私は確信した。

 私にはこの武器が必要なのだと。

 兄に倣って剣に私の名前を刻んでもらった。

 黒剣「フルート」に白剣「アニマ」。

 夫婦剣ならぬ兄妹剣がここに誕生した。



 6


 魔力とは不思議なものである。

 一点に集中させれば強力な盾にも矛にもなる。全身の循環を高めれば機動性を高め、傷の治りすら早めてしまう。

 周りの人間はその力の操作に随分と苦労していたみたいだが、私にとってそれは呼吸をするのと何ら変わりはなかった。

 兄妹剣を入手し、魔力操作を極限まで究めた私は学校を最短で卒業した。


 卒業して間も無く、私は戦場に放り込まれた。

 初めての戦場に緊張しなかったというと嘘になる。

 もちろん前日は眠れなかったし、出撃の間際まで緊張はしていた。

 しかし、そんなものはすぐに消え去ってしまった。


 まず、何も考えられない。


 教官に以前教わったことがある。

 曰く、戦場ではまともな奴から死んでいくらしい。

 当時の私はまともな思考を最後まで保てないやつが馬鹿なミスを犯して死んでいくだけなのでは?などと思っていた。

 しかし、そんな考えは出撃後10分で粉々に打ち壊された。

 戦場におけるまともさとは、人間らしさのことだ。人と人が争う時、そこには必ず迷いが生じる。その迷いが隙となって人を殺す。

 戦場で生き残る人間とは迷いが無い人間だ。

 敵よりも、同胞よりも自分の命を最優先し、何が何でも自分だけは生き残るという執念。原始の本能に最も忠実に従い、迷いを捨てたものだけが生き残る。


 私は初めて人を殺した時のことを今でも夢に見る。

 それは震える心を必死に鼓舞し、焦点も合わない目で私に突撃してきた中年の男だった。

 私は最小限の動きで突撃を回避し、そのまま白剣で男の喉元を掻っ切った。

 鮮血が舞い、地面に血の溜まりができる。

 彼は必死で喉元を圧迫し、出血を止めようとした。

 助けを呼ぼうにも声も出せず、血が詰まった気管からごぼごぼという粘ついた音が聞こえるだけ。

 やがて出血も限界を迎えたのか男は倒れ、その場でしばらく痙攣した後に動かなくなった。

 その時に私はこう思った。

 今度はもっと上手くやって楽に殺してあげよう、と



 7


 あれからたくさん人を殺した。

 不思議なもので、最初の一人を殺してしまえばあとは慣れである。

 思うに、慣れと忘却は人間が持つ優れた機能の最たるものだと思う。

 たぶんそれは人が人として生きていくために必要な機能だったのだ。

 私はそれらをフルに活用し、ひたすら死体の山を作り出していった。

 この時にはもう私はわからなくなっていた。

 自分がなぜ戦っているのか

 自分はなぜこんなところにいるのか

 自分はなぜ……

 気づけば私の周りからは人が消えていた。

 敵も、味方も、そして最愛の人も

 私の人生からみんな消えていった。

 そのことに気づいた私はもう剣を握れなくなっていた。

 それを振るう相手も理由も存在しない。


 戦争が終わったのだ。



 8


 帰国した私が見たものは歓喜に湧く国民の姿だった。

 誰も彼もが喜び、抱き合い、時には涙を流して喜んでいる。

 きっと彼らはこの戦争で何かを得たのだろう。

 それは愛する家族の無事だったのかもしれないし、今後の安定した生活への希望だったりするかもしれない。

 私たちが戦ったことで見ることができた光景だった。

 けれどそれを見ても私は嬉しくはない。悲しくもない。怒りも湧かない。

 ただ虚しいだけ。

 別に私は戦いたいわけではなかった。

 誰かの命を奪ってまで生きるつもりはなかった。

 ただ愛する人と平和に、寿命が尽きるまで穏やかに、慎ましく過ごす。

 それだけが望みだったはずだ。

 私は祝勝パレードから背を向け、人混みを外れることにした。

 そのまま当てもなく歩いていると、懐かしい光景が目に入る。

 家があった。

 私と兄がかつて暮らしていた家だ。

 長い間国を離れ、戦場を転々としていたため家に帰るのは久々だった。

 その間部屋に積もった誇りや、処分し忘れていた食材の存在を思うとげんなりする。私は重い足取りで扉に近づこうとする。


 誰かがいる。


 戦場で培った私の勘がそう告げる。

 ……祝勝ムードの隙をついた空き巣だろうか?

 今はとにかく寝床に入ってぐっすり眠りたかったのに……ついてないな。

 さらにげんなりする私であったが、ここで往生していても仕方がないので侵入者の正体を確かめるべく、扉に近づいた。

 耳を澄ますと中から物音が聞こえる。


 ぐつぐつと何かが煮える音と規則正しいリズムで響く包丁の音

 かつてもここで聞いたような気がして、もう二度と聞くことはできないと思っていた下手くそな鼻歌。


 気づけば私は緊張で手が震えていた。


 そして私はそのドアノブに手をかける。

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