第4話 兄妹剣「フルート/アニマ」1/2
brother
1
6歳の時、妹ができた。
ただ、それは血を分けた妹が誕生したという意味ではない。残念ながら俺の母親は物心つく前には既に亡くなっている。
俺の父親は軍人で、戦争真っ只中の当時は家を空けることが多かった。
きっとその日のことは死ぬまで忘れることはないと思う。
何故なら一年近く行方知らずだった父親は名誉の二階級特進を果たし、俺の知らない女の子がそのことを伝えにきたのだから。
玄関に知らない女の子が立っていた。
着ているものはボロボロの布切れで、髪の毛も伸びっぱなし。
煤の中を突っ切ってきたのかってくらい肌も汚れている。
ただこちらを真っ直ぐ見据える翡翠色の瞳に俺は惹かれた。
突然の出来事にしばし呆然としていた俺だったが、そこであることに気づいた。
少女の右手は手紙らしきものを握りしめていた。
そのまま俺に手紙を差し出してくる。
読めということだと察し、俺は手紙を読み始めた。
差出人はやはり父だった。
フルートへ
突然のことで色々と驚いたと思う。
できる限り説明するので、後のことはおまえに全て託す。
まず、この手紙がおまえに届いている時点で恐らく私は死んでいる。
直に軍の人間から正式な通知が来るはずだ。
そして遺族年金が出るから、おまえが成人するまで金には困らない。
私はおまえに父親として何一つしてやれなかったと思う。そのことに関して謝罪はするが言い訳はしない。せいぜいこの金を使って自分の生きたい人生を生きて欲しいと思う。それが亡くなった母さんとこれから死んでいく私からの願いだ。
さて、そんなことより恐らくおまえは目の前にいる少女のことで頭がいっぱいのはずだ。
そちらについても話そう。
彼女は戦争孤児だ。
ちょうど半年ほど前に私は彼女を拾った。
とある村だ。
私がそこに行った時点で既に村は壊滅状態だった。残されたのは彼女一人。身寄りもないみたいだったから、そのまま私が引き取ることにした。
できればお前と共に最後まで面倒を見たかったのだが、残念ながらそれは無理そうだ。私が今から赴く戦地は激戦区であり、今も死体の山が築かれている最中だ。そこに彼女を連れていくわけにはいかない。
だからおまえに託す。
私の代わりに彼女を……アニマを幸せにしてやってくれ。
「……なんだこれ」
なんだこれだった。
結局、父から得た情報はアニマという少女の名前と彼女に身寄りがないこと、そしてこの先の人生を託すと言って俺に全部丸投げしてきたことだった。
何とも父らしいが、もう少しなんとかならなかったかなぁ……
俺は横目でアニマの方をチラリと見る
「……」
相変わらずこちらをガン見し続けている。
「はぁ……」
ま、仕方ないか。
ここでグダグダしてても何も変わらないし、今の俺には助けてくれる誰かもいない。ここから先は自分達の力で生きていくしかないのだ。
……なら
「あー……とりあえず大体分かったよ。突然のことで驚いているだろうけど、まぁお互い仲良くやろう。俺の名前はフルート、今日から君のお兄ちゃんになる。よろしくね、アニマ」
「……」
そこそこの挨拶をしたつもりだったが、アニマは無言だった。
……大丈夫か?これ
2
共同生活が始まった。
それに当たり最初に行ったのはアニマを綺麗にしてやることだった。
父が一体どんな世話をしていたのかは知らないが、さすがにこのボロボロの姿のままでいるわけにはいかないだろう。
風呂に入れ、汚れを落とすことにした。
最初は少し抵抗したアニマだったが、温かいお湯の誘惑には勝てなかったのか最後は大人しくしていた。
それから髪を整え、服を新しくする。
あれだけ汚れていた彼女の髪は金色に輝き、その肌は白く透き通っていた。
見違えるとはまさにこのことである。もしかして父はとんでもないものを拾ってきたのかもしれない。うっかり一人にしようものなら人攫いにあってもおかしくはないだろう。
俺が守らなければ。
俺は一人でいた期間が長かったので、一通りの家事ができる。父がいた時にも基本的に家事は俺がやっていたので、アニマがいようがいまいが大した負担は無い。
アニマは相変わらず無口で、彼女から俺に話しかけることはなかった。初めて会った日から彼女は俺の後をついて歩く。基本的にこちらの言うことは聞いてくれるし、良い子ではあるのだがいまいち何を考えているのか俺には分からない。
……まぁまだ生活も始まったばかりだし、もう少しすればきっと心を開いてくれるだろう。
そんな感じでしばらくの間俺とアニマはどこかぎこちないところはあるものの、特に何事もなく平穏な日々を過ごした。
3
それから10年近くが経過した。
俺とアニマは学校に通いつつ、平和な日々を過ごしていた。
……まぁ、平和は少し誇張だったかもしれない。アニマを巡って色々とあったかな。
俺は進路を決めなければならなかった。
というのも父親から受け取った遺族年金が二人で暮らすには心許無くなってきたからだ。俺も大人に守られるだけではなく、誰かを……妹を守らなければならない年齢になった。
いつまでもこのままではいられない。
在学中悩みに悩み、導き出した結論は軍人になることだった。
あれだけ軍人である父に呆れていた自分だったが、結局その適性が一番高かったというのも皮肉な話だ。
けれど、そんなことを気にしてはいられない。
この10年という歳月は俺とアニマを本物の家族にしていた。アニマは相変わらず口数は少ないが……まあ兄としては最低限慕われているとは思う。
俺は兄としてアニマにしてやれることは何でもしてあげたい。
俺が戦うことでアニマを守れるのであれば喜んで軍人になってやる。
16歳の誕生日に俺はアニマにそのことを告げた。
それ以降、アニマは俺と口を聞いてくれなくなった。
4
俺は軍へ入隊した。
日々の訓練は厳しく、同期の中には気づいたらいなくなっているやつもいた。
辛かったけれど、訓練をしながら給料がもらえるこの環境は今の俺にとって理想的だった。
先日、初任給が出た。俺が自分で働いて初めて稼いだお金である。使い道は妹への仕送りと、自分の装備に当てることにした。
武器は色々と悩んだけれど、訓練で使い慣れた剣が良いだろうと思う。
市場を散策しているとちょうどそれっぽいお店が見つかった。
少々値は張ったが剣は自分の命を預ける相棒だ。値段よりも性能重視で選ぶ。
購入したのは剣というには少しリーチが短いが取り回しがしやすいものだった。その刀身は黒く、通常のものより頑丈らしい。日光を反射しにくいため、夜間での戦闘や暗殺に用いられるそうだ。
また、店主に聞いたところこの剣と対となる剣がこの世界のどこかに存在するとのことだった。いわゆる夫婦剣というやつである。しかし今の俺には資金も足りず、何より売っている場所がわからない。そして双剣はまた違う技術が要求されるため、きっと今の俺には使いこなせないだろう。
店主はサービスとして、俺の名前を剣に彫ってくれた。
……なんか自分の名前を剣に彫るって痛いやつみたいだなあとか思いつつ、戦場で落としたら誰かが拾って届けてくれるかもとか少し馬鹿みたいなことを考える俺なのであった。
5
入隊してから1年が経過した。
明日、俺は初めて戦場に出ることになる。
本来であれば、修練課程は2年であるため俺にはまだ早かった。
つまり、ろくに訓練もしていない人間を戦場に出さなければならないほど、軍も疲弊しているわけで、それだけこの国は追い詰められているのだった。
戦場に出ることが怖くないというと嘘になる。
俺だって死ぬのは怖いし、人と戦うのは嫌だ。
けれどそうも言っていられない理由がある。
なぜなら俺には守らなければならないものがあるからだ。
俺だけに限らずたぶん、戦っている人間というのはみんな何かしら守るものがある。
それは家族であったり、自分の名誉であったり、国であったり……
みんな戦う理由があるはずなんだ。
昨日、俺は手紙を書いた。出兵前には必ず遺書を書くことが義務付けられている。これは戦場に出る前には毎回行っているものらしい。どんなに強い人間でも戦場ではあっさり死んでしまうことがある。手紙は死後、残された家族に対する気持ちの整理と事務手続きの簡略化のために書かれるが、俺はこの手紙を書くという行為は「誓い」なのだと思う。
俺は必ず生きて帰ってくるのだという誓い。
絶対にあなたたち家族のもとへ戻るのだという覚悟を兵士は手紙に込める。
今なら、父親の気持ちがわかる気がする。
きっと父も死ぬために戦場に赴いたのではなく、生きて帰るために戦場に向かったのだと思う。
だから、俺は手紙を書く。
願わくば、これが最後の一通にならないように。
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