第2話 聖なる槍 「アミスタッド」

ねぇおじいちゃん


……ん?なんじゃ?


いつものおはなしきかせて


またかい?おまえは本当に勇者様のお話が好きじゃのう……


うん!ぼくもね、おおきくなったらゆうしゃさまみたいになるの!


……そうか、じゃあまずは歯を磨いて明日の準備をしてきなさい。そしたら話をしよう


はーい



1

あれはまだワシがお前の歳くらいのことだった

ワシには二人の友がいた

一人はマシュ。

喧嘩は弱かったが誰よりも勇敢な少年だ。

彼はのちに皆から勇者と呼ばれる存在となる。

もう一人はエスペラ。

気がめっぽう強くおてんばな、だが根は優しい少女であった。

幼少の頃は毎日のようにワシらは遊び、学び、時には喧嘩をしつつこの田舎町で平穏な日々を過ごしていった。


ある日、中央都市から国王の使いがきた。

マシュが勇者に選ばれたという。

そのことを聞いた村のみんなは大騒ぎじゃった。

その日は一日中、村を挙げて勇者の誕生を祝福した。

そして数日後、マシュは勇者になることを決意し、村を旅立つことになる。

もちろんエスペラとワシも同行した。

エスペラは魔法使い、ワシは戦士として

共にマシュを支え、また無事にこの村に帰るために



勇者の役割は魔王を討つ者として、常に先頭に立って戦う意思を示し続けることにある。

その点マシュは立派な「勇者」じゃった。

村から出た時、国から与えられた装備は当面の路銀と最低限の装備のみ

魔王と戦う勇者としては少々頼りなく見えたかもしれない。

しかし、マシュは常に前を向き、どんな困難にも立ち向かい、決して諦めなかった。

旅を続けるにつれ、そんな彼を助ける人が増えていく。


魔王軍と戦い始めてはや1年が経過した頃、ワシらはそこに訪れた。

聖都「ダーナイト」。

大陸最大の宗教国家であったその国は既に魔王の手に堕ちていた。

国のトップは暗殺され、魔王の幹部とその手下によって国民は支配されていた。

ワシらはダーナイトへ潜入し、最終的に国を支配していた魔王の幹部を討つことに成功したのじゃ。

実は魔王軍の支配からの解放に加え、ダーナイトに訪れた目的はもう一つあった。

それはこの地に眠る武器。

その武器には聖なる加護が宿っている。

名を「アミスタッド」

不死身の魔王を倒せる唯一の武器と言われていた。


旅を始めてから5年

ワシらはついに魔王と対峙した。

魔王との戦いは苛烈を極め、ワシらは何度も挫けそうになった。

しかし、マシュは諦めない。

何度攻撃を弾かれようと

強大な魔法に身を焦がされようと

その身にどれだけ傷をつけようと

マシュは魔王に挑み続けた。

そしてついにアミスタッドが魔王の身を貫いた。

激闘の末

魔王は討たれ、世界に平和が訪れたのだ。



おじいちゃん!勇者様はやっぱりすごかったんだね!


そうじゃのう


んー……でもおじいちゃん


……?どうした?


勇者様はその後どうなったの?


3人で無事に村に帰ってきたよ。

じゃがとにかく魔王から受けた傷が酷かったからのう……しばらくはエスペラがつきっきりで看病してたなあ


エスペラさんは勇者様が大好きだったんだね!


親に似て察しがいいのう

あいつら最終的にくっつきおったわ


わあ!


旅の最中もところかまわずいちゃついてたからのう

おかげで肩身が狭かったわい


あはは!おじいちゃん仲間はずれー


やかましいわ

……ほれ、これで話はもう終わりじゃ

明日も早いのだからもう寝なさい


はーい


まったく……


ねえねえおじいちゃん


なんじゃ。まだいたのか


うん、ちょっと気になったことがあって


……?


勇者様のはどうなったの?


……


おじいちゃん?


お、おおすまんかった

最近耳が遠くなってきてのう……

あー……やつの最後か

実はのう……ワシも詳しく知らんのじゃ


え?


魔王を倒しても世界はまだ勇者を求めていた。

魔王軍の残党はおったし、支配されていた街の復興もしなければならなかった。

魔王との戦いで負った傷が癒えた頃、マシュは村を出て行ったのじゃ。

それもある日突然の。

エスペラはマシュの子を身篭っていたからワシ一人で奴を追って再び旅に出た。

いくら探してもマシュは見つからない。

そうしている間に数年が経ち、ある日こんな噂を聞いた。


「勇者が死んだ」


勇者様……死んじゃったの?


当時のワシも信じられなかったよ

聞けば魔王軍の残党の攻撃から子供を庇って死んだらしい

確かにマシュらしい最後ではあるが……


……


その後もマシュを探したが結局見つからなかった。

気づけばこんな老いぼれになってしまったよ。


おじいちゃん……


おっとつい湿っぽくなってしまったのう

ワシも疲れたし、もう寝るからな


あ、うん。ごめんねおじいちゃん

おやすみなさい!


うん、おやすみ



『1』

幼少の頃からヤツは気に食わなかった。

マシュ

俺が最も殺してやりたい相手。

ヤツとはよく喧嘩をしたが俺がいつも勝った。

体格も俺の方が優れていたし、技術も高い。

あいつが勝てる道理はなかった。

けれどあいつは諦めない。

何度俺に叩きのめされようといつも向かってくる。

その目から光は消えない。

俺はそれが気に食わなかった。


俺はエスペラを愛していた。

その美しい容姿を、女にしては低い声を、気が強い性格を

幼少の頃からその全てを愛していた。

俺がマシュと喧嘩をするたびエスペラは俺に突っかかった。

俺はそれが嬉しかった。

マシュを叩きのめせばエスペラは俺に構ってくれる。

エスペラがマシュのことを好きなのは知っていた。

だから、最終的に俺はマシュと表面上は仲良くなることにした。

今はマシュのことが好きかもしれないが、近くにいれば俺の良さもわかってもらえる。

いつか俺はエスペラを手に入れるのだ。


『2』

中央から国王の使いが来た。

マシュが勇者に選ばれたらしい。

なんで俺じゃなく奴が選ばれたのだろう。

俺はまた一つヤツのことが嫌いになった。

エスペラに聞けば当然ヤツについていくという。

あいつらを二人きりにさせる訳にはいかない

恐らく俺が我慢を重ねてヤツと仲良くしていた日々は、きっとこの時のためにあったのだろう。

違和感なく俺も旅に着いていける流れになった。

それにもしかしたら魔王軍との戦いを続ければ、いつかヤツを自然に殺すチャンスが巡ってくるかもしれないという期待もあった。

ヤツが勇者になることを正式に受諾し、村を旅立つことになった。

ヤツとエスペラの旅に俺は同行する。

ヤツを殺し、エスペラとまた無事にこの村に帰るために


『3』

ヤツは弱かった。

武器の使い方は俺に遠く及ばないし、魔法だってエスペラの方が上手に扱える。

だがヤツは「勇者」だった。

どんな困難に遭おうともその忌々しい目から光は消えなかった。

そんなヤツの周りにはいつも人がいた。

相変わらず苛立たしかったが理解はできる。

認めたくないがあいつは良い人間なのだと思う。

常に笑顔を絶やさず、文句一つ言わないで見ず知らずの他人を助け、特に見返りは求めない。

ヤツは村にいた頃と変わらない。

ヤツに勇者の資格を与えた神の意図がわかる。

そのことに気づいた己に対し、深い嫌悪を抱いた。


『4』

魔王軍の連中と戦い始めはや1年、ある場所に着いた。

聖都「ダーナイト」。

目的はこの国を牛耳っている魔王軍の幹部の討伐

及び魔王を倒せる唯一の武器「アミスタッド」の回収

魔王軍に加え信徒が襲ってきたので、幹部の討伐にはだいぶ苦労させられた。

しかし、マシュは信徒を説得することにより改宗させるという奇跡を起こし、国を挙げ魔王軍に反乱。ついに彼らは自分たちの手で国を取り戻すことになった。

俺はこの時初めてこいつに恐怖を感じたのだと思う。

マシュの本質は勇者の力などではない

マシュという存在はどんな人間をも変えてしまうのだ

それも良い方向に

事実、旅を通じて俺は以前ほどマシュに嫌悪感を抱かなくなった。

俺はそのことがたまらなく恐ろしかった。

マシュに対して失意の底に陥っていた俺はその槍と出会うことになる。

その槍は聖都の奥深くに封印されていた。

数千年もの間、信徒に祈られ、加護を蓄積していった破邪の槍


アミステッド


あの日見たその輝きを、俺は生涯忘れることはないだろう。


『5』

旅を始めてから5年、ついに魔王と対峙する。

魔王は今まで戦ったどんな相手よりも強く、恐ろしかった。

俺が纏う強さへの自信という鎧もやつの一撃に打ち砕かれる。

俺もエスペラも目の前の脅威に戦意を消失する。

しかし、マシュは諦めなかった。

何度攻撃を弾かれようと、魔王の放つ強大な魔法をその身に受けようと、どれだけ切り刻まれようともマシュは魔王に挑み続けた。

マシュの気迫に気圧されたのか徐々に魔王が追い詰められていく。

もしかしたら勝てるのかもしれない

俺とエスペラは再び立ち上がった。

俺はマシュとエスペラを守り、反撃を加え続けた。

エスペラは魔力が切れるまでひたすら魔法を放ち続けた。

マシュは何度やられても立ち上がり、魔王に挑み続けた。

そしてついにアミステッドが魔王を貫いた。

魔王は討たれ、世界に平和が訪れたのだ。


後世に伝わったのはここまでだろう。

ここから先の話は俺が墓まで持っていこうと思う。


アミステッドに貫かれる直前、魔王は最後の抵抗を試みた。

勇者の身体を乗っ取ったのだ。

魔王が不死身なのはその肉体によるものではなく、死の直前に他の肉体へと精神を乗り換え続けた結果であった。

アミステッドは魔王の精神を殺すことができる唯一の武器だった。

つまり、魔王を殺すには魔王ごとマシュを槍で貫く必要があったのだ。

マシュをアミステッドで殺せば世界を救い、エスペラを手に入れることができる。

皮肉にも俺にとって絶好のチャンスが訪れることになった。

以前の俺であれば迷わずマシュを貫いていただろう。

しかし、旅を通じて俺は変わった……いや、

俺はマシュを殺せなくなってしまった。

そんな俺を見かけたマシュは俺にこう言った。


どうした?僕を殺せる絶好のチャンスだよ

君は僕のことが嫌いだったはずだ。


俺がマシュに殺意を抱いて旅に同行したことは全て見抜かれていた。


やれるもんなら自分で決着をつけたいが、残念ながら魔王を抑えるので精一杯なんだ。

僕の最も嫌いな人間にして……友よ

君が僕を殺せ


卑怯だ。

ここでそんなことを言うのかこいつは

それではますます殺せないじゃないか

しかし、その時は唐突に訪れた。


そうか……君には……がっかりだ


マシュの身体を聖槍が貫いた。


が……ぁ……!!……すまない……エス……ぺ……ラ


向こうで待ってなさい。すぐに……迎えに行くから


最愛の人の手にかかり、勇者は死んだ。

魔王は討たれ、世界に本当の平和が訪れたのだ。


その後俺とエスペラは故郷へと帰った。

エスペラはマシュの子供を産み、しばらくして自殺した。

彼女の家から俺宛ての遺書が見つかった。

そこにはマシュを殺し、彼のいない現実に耐えられなかったことと、子供をお願いしたいということが書かれていた。

あの日、俺がマシュを躊躇わずに殺していればエスペラが死ぬことはなかったのだろうか?

いや、最初からその未来は無かったのだろう

結果としてマシュという男は俺からエスペラを永遠に奪い去ったのだ。

俺は完全にヤツに敗北した。

その後は特にやることもなかったのでエスペラの遺言に従い、子供を引き取り、育てることにした。

男手一つで育てるのはだいぶ苦労したが無事に成長し、今では元気な子供もいる。

その子供に昔話を聞かせるのが今の俺の生きがいとなっている。



夜の村を歩く。

魔王を倒した功績により、村には勇者の像が建てられ、聖槍が祀られていた。

魔王が倒された日には記念として、毎年祭りが開かれ、勇者へと感謝の祈りが捧げられる。

今夜は満月だった。

月明かりに照らされた聖槍の輝きが老人の目に眩しく映る。

この光を見るたびに、老人は今は亡き友人と最愛の人に思いを馳せるのだった。






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