全ての武器の物語

理科 実

第1話 幻魔剣「ヘレン」

僕は許せなかった。

この世界の不条理の一つ……「奴隷」が

だってそうだろう?

彼らは何も悪いことをしてないじゃないか!

それは生まれた種族が悪かった。

それは生まれた時代が悪かった。

それは生まれた土地が悪かった。

きっとあらゆる理由があるだろう。

奴隷の数だけ背景があるだろう。

けれど

彼らのうち一人だって自分から望んで奴隷になった人間はいなかったはずだ。

しかし、僕には許せないものがもう一つだけあった。

それは己の無力さだ。

目の前に不条理が存在する。

けれど僕には何もできなかった。

僕は、それが……許せなかった。


あるの奴隷を僕は買った。

勘違いしないでほしい。

特に己の欲に塗れた下衆な人間たちとは一緒にしないで欲しい。

あれから僕は考えた……どうしたら彼らを、「奴隷」を救えるのかを。

一番の理想は、僕が国の頂点となって奴隷制を廃止させることだろう。

けれどこの案は僕の残念な頭脳でも無理だってことは分かりきっていた。

今やこの国は既に奴隷が生活に密接に関わりすぎている。

一介の傭兵である僕ごときがどうにかできる問題ではなかった。

けれど僕は諦めずに考え続けた……結果、浮かんだ案が


奴隷を買う


我ながらもう少し良い案が無かったのかとため息を吐きたくなったが、他に思いつく事はなかった。

大勢の奴隷を救うことができなくても、僕が奴隷を買い、彼らに人並みの暮らしを与えることができれば非道な人間に買われる奴隷を少しでも減らすことができる……そう考えたのだった。

それからの僕は奴隷を買う資金を稼ぐため、あらゆる依頼を受けた。

中には自身には不相応で死にかけるようなものもあった。

そして今日、僕は奴隷を迎えた。

彼女の名はヘレン

美しい銀の髪を持つ、エルフの少女だった。


ヘレンのことを話そう。

奴隷になる前、彼女はとある小国のお姫様だった。

そこは国民全てがエルフで構成されており、緑と魔力に溢れた小さいけれど平和な国だったという。

ヘレンは何不自由なく育ち、幸せな日々を過ごしていた。

ある日のことだ。


ヘレンの国に、ドラゴンが出現した。


エルフたちの抵抗も虚しくドラゴンは国を蹂躙し、全ては灰塵に帰した。ヘレンだけを残して。

両親は命をかけてヘレンだけは守ったのだ。

だが、ヘレンの悲劇はここで終わらなかった。

命からがら救助され、隣国へと輸送されていたヘレンは奴隷商の一味と思わしき一段に誘拐された。それもそのはず、希少なエルフの生き残り……それも少女だ。価値が付かない筈もない

かくして彼女は人ではなくなり、今は僕の奴隷となった。


ヘレンは優秀な奴隷だった。

誤解のないように言わせてもらいたいが、僕はヘレンに邪な感情は抱かないようにしている。

奴隷にした目的は一人で生きていけるようになるまで、ヘレンを育てることだ。

基本的に奴隷になった瞬間、その個体の全ては雇い主のものとなる。

別に今すぐにだって彼女を解放してあげることは容易だ。

しかし、幼い彼女を今解放しても路頭に迷うかまた奴隷商に捕まってしまうだけである。

だから僕は彼女が一人前になるまで育て、奴隷から解放してあげることが当面の目的になっていた。

ヘレンは異常とも言える速度で成長していった。

最初は会話もろくにできなかった彼女は僕の持っていた本(同僚からもらったが、僕にはさっぱり読めず積んだままにしていた)を読み解き、いつの間にか読み書きを習得していた。

彼女の食べるもの、着る物、身の回りの世話は気づくと自身で行っていたし、最近では僕もすっかり彼女の世話になっている。

そして最も特筆すべきは魔法の習得だ。

さすがはエルフの成長期というべきなのか、血筋のおかげなのかはわからないがある時期を境に彼女の魔力は急激に増加していった。

僕は自分では読む事はできなかったが彼女のために魔導書を買い与え、あらゆる魔法を習得させた。

今ではその辺の魔術師では相手にならないくらいの実力を持っているだろう。

ヘレンは立派に育った。

もしかしたら別れの日も近いかもしれない。

来るべきその日のために、僕は以前から目をつけていたお祝いの品を購入するため行きつけの鍛冶屋に向かった。


そして彼女と出会ってから10年の歳月が経過し、ついにその日が来た。

たぶん、もう彼女は立派に一人でも生きていけるだろうと思う。


『ーーーー』


詠唱

僕は奴隷の契約を解除する。

これで彼女は晴れて自由の身になった。


「ヘレン、おめでとう。10年前に買った時から自身の境遇にめげず君は研鑽し、随分と立派になった……きっとこれからは一人でも生きていけるだろう」


突然の出来事にヘレンは一瞬驚きの表情を浮かべる。

まあ、無理もないか。

まだ使える奴隷を解放する主人など聞いたこともない。


「驚くのも無理はないかもしれないが、僕は最初からこうするつもりだった。君はもう自由だ……そしてこれはお祝いの品だと思ってくれ」


そして僕はを彼女に手渡した。


彼女の髪の色と同じ銀色の短剣


ヘレンを購入するときもかなりの大金をはたいたが、こちらも随分とかかった。

まず別れの品として彼女に送ろうと思っていたのは邪魔にならず、役に立ち、とにかく彼女に合ったものだった。

贈り物とは本来であれば本人に希望を聞くのが最も手っ取り早いのだが相手は奴隷である。自分から何かを要求することのなかった彼女が望むものなど僕には想像もつかなかった。

だから、傭兵である僕の今までの経験と知識で選んだ結果が

見た目は地味だが品質は確かなもので、中央に据えられている紅い宝石は災厄を退ける呪いが込められているという。

ドラゴンという災厄に人生を台無しにされてしまった彼女に今後は悪いことが起こらないようにという願いも込めている。


そして


「ご主人……」


ようやく事態を飲み込めたヘレンがこちらに近づいてくる。


「感謝します。私を、ここまで育ててくださって」


そして僕に抱きつき、微かに肩を震わせるのを感じた。

10年という歳月が育んだ質量が僕を包み込む。

不覚にも僕も泣いてしまいそうになってしまう

涙は出ていないのに、身体が震えだす。


「やっと……あなたを殺せる」


そして僕の身体は動かなくなった。


僕はしばらく事態に頭が追いつかなかった。


「あ…………れ…………?」


動かない。

いくら力を入れても、身体が動かない。

先ほどまで僕に抱きついていたヘレンが顔を上げ、その紅い瞳が僕を見据える。


「……な……ん…………で」


もしかしてこれは彼女が?

僕は信じられなかった。

自分が彼女にここまで恨みを買っていたかもしれないということを。


「ご主人、かつてあなたが行った行為を……罪を覚えていますか?」


身に覚えがなかった。

僕は今まで彼女を一人前にしようと必死に尽くしてきたし、常に一線は引いて接してきたつもりだ。

その中でもしかしたら不快にさせてしまったこともあったかもしれないが、殺されるほどの恨みを買うことはしてないと断言できる。


「覚えていないでしょうね。私は仕事の合間、あなたのことを徹底的に調べました。常々疑問に思っていたのです……あなたは何故私を買おうと思ったのか?


「客観的に見てご主人は私を購入できるほどの資金も、地位もありませんでした。そしてご主人はこの10年、私に対し常に一線を引き、決して自身の欲望の解消に使用する事はありませんでした。


「だから、私は調べました。あなたのことを。……ところでご主人、私がどのようにして奴隷に身を堕としたのかその経緯はご存知でしたよね?


「私は今でもあの光景を夢にみますよ。父と母の声があの日からずっと耳にこびりついて離れません。そしてその元凶の存在は一生忘れることはないでしょう


「そう、ドラゴン


「あの日の彼は怒り、そして


「さて……ここまで話せば思い出しましたか?それともまだこれ以上私の口から言わせる気ですか?


かつての僕は若く、愚かだった。

奴隷を購入するための資金が圧倒的に不足していただけではなく、傭兵業の方の収入も不定期であったため自身の生活もおぼつかない状況であった。

追い詰められた僕は、とある筋からある依頼を受けたそれは


『人里に出現したドラゴンの討伐』


であった。

危険ではあったものの、成功したらその分報酬も桁違いだった。

僕は入念に準備を進め、必死に戦った

残念ながら討伐はできなかったが手傷を負わせ、撃退には成功した。

報酬は討伐時のものと大差がない金額が支払われ、さらに里の人々を脅威から救ったという事実が僕に満足感を与えていた。

自分の行為がその後どんな影響を及ぼしたのかも考える事はなく。


後日、同僚からとある話を聞いた。

曰く


僕が討伐に失敗したドラゴンがエルフの里を壊滅させたおかげで大量のエルフの孤児が発生し、輸送中の馬車が奴隷商の一団に襲われたらしい。


とのことだった。


「直接の原因はご主人ではないかもしれない。これは、単なる逆恨みなのかもしれない……ですが、私は……っ!!」


ドッ


僕の胸の中心に銀の刃が突き立てられ、鈍い痛みがじわじわと広がる。


「ご……ふ……っ……」


口からあかいものがでる。


結局……僕のやろうとしたことはまちがっていたのだろうか?


身体の硬直が解け、仰向けに倒れ込む。


徐々に視界が暗くなってきた。


「さようなら……そして今までありがとうご主人」


鮮血が照らす銀色


それが僕の見る最後の光景となった。


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