第十話『始まりの終わり、終わりの始まり』

『我が親愛なる孫、翼へ。

 このように書き始めておきながら、わしはお前に言わねばならぬ事がある。それは、わしがお前の本当の祖父ではないという事だ。贄守梁兼という名も偽りだ。

 わしは陰陽連という組織に所属している。お前を育てあげる事がわしに下された使命だった。

 すべては遥か昔から決められていた事なのだ。長い年月の末、遂に生まれた最強の羽竜牙 。その力は、この国だけではなく、世界そのものを救済する事さえ可能な筈だ。

 そうなるように、すべては仕組まれてきた。

 だが、救世には代償が必要となる。そして、その代償を支払う事になるのはお前なのだ。

 敢えて、この言葉を繰り返そう。

 我が親愛なる孫、翼よ。信じてはもらえないかもしれないが、わしはお前を愛している。出来る事ならば、平穏に生きて、幸福な人生を歩み、満足のゆく終わりを迎えて欲しいと願っておる。だからこそ、決断を強制する気はない。これはわしだけではなく、陰陽連全体の意志でもある。

 それでも、お前が世界を救いたいと願うのならば、北海道の摩周湖へ向かいなさい。そこは、他の者にとっては単なる観光地に過ぎぬ。だが、お前にとっては運命を決める地となる。

 これが、最後の仕来りだ』


 ◆


 朝、目を覚ましたらジジィがいなくなっていた。残されていたのは折りたたまれた書き置きだけ。オレはそれを読み終えると、クシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ捨てた。

 康平と幸人さんはジッとオレのことを見つめている。


「……わけわかんない」


 昨日は大変な一日だったけど、今日からまたいつも通りの日常を始められる筈だった。

 それなのに……、


「翼……」

「翼くん……」


 二人が困っている。一晩中、ジジィを探し回ってくれたみたいだから、目の下にお揃いの隈が出来ている。これ以上、負担を掛けるわけにはいかない。


「大丈夫だって。その内、ひょっこり帰ってくるよ」


 そう言って、オレは笑った。すると、康平はムッツリした表情を浮かべて立ち上がった。どんどん近づいてくる。思わず後ずさると、背中に手を回された。顔を康平の胸に押し付けられる。鍛え抜かれた頑強な胸板だ。おでこがヒリヒリする。文句を言おうとしたら、今度は頭を手のひらで擦られた。


「……なにしてんだよ」

「なにしてんだろうな」


 わけがわからない。


「……俺は寺に戻るよ。なにか分かったら連絡する」


 そう言うと、幸人さんは去って行った。

 二人だけになると、段々気まずくなってきた。荒れ狂っていた筈の感情は、いつの間にか鎮まっている。


「翼。俺、しばらくはここに泊まるよ」

「……好きにしろよ」

「おう」


 康平はいつもこうだ。倒れそうになると、オレが手を前に伸ばすよりも早く支えてくる。

 小学校の頃、オレはイジメを受けていた。なにしろ、オレには両親がいない。それに、家が神社というのも影響した。それでも、オレは意地を張り通した。負けたくなかったからだ。両親がいなくても、家が神社でも、オレは満足な人生を送れていると信じているから、その事をからかわれても撥ね付けた。

 だけど、イジメはどんどんエスカレートしていった。体育の後、着替えようとしたら服が無くなっていたり、女子に見に覚えのない罪を被せられたり、そういう事が重なる度に少しずつ取り繕っていたものが剥がれ落ちていった。

 だけど、限界が来る前にイジメはなくなった。康平が暴れたのだ。あの時は凄かった。クラスに乗り込んできて、男子も女子も見境なく殴って、最後は先生に抑えつけられた。

 オレと康平は幼馴染だ。それこそ、幼稚園に入る前からの付き合いだ。だけど、小学校に上がってからは疎遠になっていた。クラスがほとんど被らなかった事が大きな原因だ。中学に上がった今ではあまり感じなくなったけれど、小学校の時のクラスの隔たりは絶対的で、すぐ隣のクラスさえ異世界のような感覚だった。

 だけど、康平はオレの為に怒ってくれた。それこそ、先生にまで噛み付くほどに。もちろん、康平はいろいろな人に怒られた。だけど、一度も謝らなかった。それどころか、殴った相手の親まで殴ろうとした。

 その一件で、康平は一時期狂犬と呼ばれるようになった。近所の人からも白い目で見られるようになった。だけど、オレにとってはヒーローだった。

 

「康平」

「ん?」

「……ありがと」


 康平の胸から離れると、なんだかスッキリした気分になった。


「今日の夕飯は特別に康平の好きなオムライスを作ってやるよ」

「マジか! やったぜ!」


 とりあえず、まずは朝食を作ろう。


 ◆


 特定災害対策局の会議室ではアルヴァとウルガの戦いの映像が流されていた。

 見ているのは、対策局の局長であるマイケル・ミラーと、副局長のジェイコブ・アンダーソン。


「……圧倒的だな」


 マイケルが言った。出現から僅か数分でアルヴァを無力化し、海底へ鎮めたウルガ。


「あの双子を思い出すな」

「二代前の双子ですか……」

 

 同じ卵から生まれた二匹のウルガ。あの二匹も幼体の段階で強力な力を持っていた。暴狼ギルガルスとの戦いは今でも語り草となっている。


「私としては先代の幼体時代を思い出しますね。小さな体であの激戦区に乗り込む姿には感動を覚えたものです」

「ジェイコブ……」

「局長。ウルガはたしかに危険な力を秘めています。あの双子の最後を考えれば、私も思うところがあります。ですが、あの力は必要です。GKSもあくまで最終兵器です。撃てばSDOだけでなく地上にも甚大な被害が生まれ、再装填にも時間が掛かる。我々の為すべき事は双子の時のような悲劇を繰り返さない事ではありませんか?」


 ジェイコブの言葉にマイケルは瞑目した。

 歴代のウルガは先代を除いて敵に対しては無敗だった。だが、先々代である双子は老衰で死ぬ事が出来なかった。その為に先代は早過ぎる孵化を迎える事になってしまった。

 双子の片割れとの殺し合い。それが先々代の最期。世界大戦が原因だと考えられている。広島と長崎に落とされた原子爆弾。それによって焼かれた大地で双子の片割れは繭を作った。当時の巫女の説得や双子の片割れの意見も聞かず、そこで死者達の怨念を背負い込んだ。そして、禍々しき姿の成体となり人類に牙を剥いた。


「たとえ、ウルガという種が危険な存在だとしても、私は先代を尊敬しております。その遺児の事も私は信じるつもりです」

「……今日はずいぶんと熱弁を振るっているな」

「GKSの配備と共にウルガを含めた非敵対性SDOの排除論が幅を利かせ始めていますので……」

「排除するべきではないと?」

「当然です。これまで我々は彼らに守られてきました。それが、必要なくなったからと切り捨てるなど、あまりにも情がない!」

「特定災害対策局の理念を忘れるなよ、ジェイコブ。我々の目指す先は神々の支配からの脱却だ」

「分かっています。だが、支配からの脱却と、すべてのSDOの殲滅はイコールではありません! 手を取り合える存在とは手を取り合うべきだ!」


 マイケルは困ったように頭を掻いた。ジェイコブ・アンダーソンは優秀な男だ。だが、些か情が厚すぎる。それが悪いというわけではない。若い世代の局員達からの支持は絶大で、一大勢力となっている。だが、SDOはあくまでもSDOである事を忘れてはならない。いずれはすべてを滅ぼさなければならない。


「……安心しろ、ジェイコブ。どんなに頑張っても、我々が生きている間にSDOが全滅する事はありえない。たとえ、GKS以上の兵器が生まれたとしても」

「どういう意味ですか……?」

「資料室の十三区画の入室許可を出してやる」

「十三区画の……」


 対策局の資料室は広大だ。SDO関連、兵器開発関連、各国の情報関連など、外部に持ち出せば国際問題に発展しかねない代物が無数にある。その為、資料室には万全のセキュリティが設置されている。無断で持ち出そうとすれば、命の保証はない。

 十三区画はその中でも一際厳重な封印が施されている。それこそ、科学的なセキュリティのみならず、魔術というオカルト的セキュリティによって守られている。


「十三区画は局長のみ入室を許される場所と聞いていますが……」

「このままいけば、お前が次期局長だ。ならば、問題無いだろう。だが、真実というものは、中々にヘビーだぞ」

「……覚悟はしています」


 初老に差し掛かるマイケルにとって、まだ三十代のジェイコブは子供のようなものだ。良くない事とは分かっていても、その情熱が何かを変えてくれるのではないかと期待してしまう。

 真実とは残酷なもの。どうにもならな理不尽を識る事で、ジェイコブの情熱が冷めてしまう可能性もある。けれど、もしも真実を起爆剤に更なる情熱を燃やすことが出来たなら、それは時代の変化を意味する。対策局は大きく変わる事になるだろう。

 

「……ところで、日本支部の桜井部隊はそろそろか?」

「はい。予定では、あと一時間ほどで到着する筈です」


 桜井部隊。護国島に常駐している日本支部の部隊だ。どうにも、ウルガを神聖視し過ぎているきらいがある。上がってくる報告もわざと曖昧にしている部分があり、この度強制召喚する事になった。


「……さて、ヘビーな一日になりそうだな」


 新たに誕生したウルガ。他にも聞かなければならない事が山積みだ。

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