第八話『特定災害対策局』

 あの時と一緒だ。『目覚めの祈り』を踊った時のように、翼は意識を失ってしまった。慌てて駆け寄ると、レオが光に包まれて姿を消してしまった。その後すぐに桜井の部下が「ウルガが東京湾に出現したそうです!」とタブレットを桜井に見せた。


「……おかしいな」


 桜井は不可解そうにタブレットの映像を見つめた。


「どうしたのですか?」


 部下の問い掛けに桜井は首を傾げながら言った。


「さっき、彼女が踊っていたものは、わたしが知る『導きの祈り』と少し違っていたんだ」

「違っていた……?」

「……いや、わたしの思い違いかもしれない。それに、エルミ様とマリアナ様は二人で踊っていた。一人と二人では振り付けや詩が違うのも当然かもしれないな。実際、ウルガ……いや、レオは東京湾へワープしている」


 桜井はタブレットを操作しながらコチラに近づいてきた。


「ともかく、まずは彼女だ。祈りは魔力を消費する。おそらく、この子は彼女達ほどの魔力が無いのだろう」

「魔力って……、RPGゲームでよくあるアレか?」

「そうだ。分かり易いだろう」


 桜井は翼のおでこに手を伸ばした。


「お、おい!」

「ちょっと失礼するよ。専門家ではないが、知識だけは貯め込んでいるからね」


 そう言ってベタベタと翼に触れようとする桜井の手を撥ね退ける。


「……一応、彼女の為なんだけど」

「よく言うぜ……」


 桜井の目つきはまるでオモチャを見つけた子供のようだった。心配するどころか、実に楽しそうで虫唾が走る。


「部隊長! どうやら、ウルガが勝利したようです! それから、ミラー本局長から説明を求められています」

「本局長? ウルガ不要論を支持する石頭の事など後回しにしておけ。それよりも、今は彼女だ。まさか、エルミ様とマリアナ様亡き後にこのような存在が現れるとは! これで日本は安泰だ!」


 桜井の言葉と共にレオがいた台座が光り始めた。そして、気がつくとレオが帰ってきていた。


「キュ!」

「んん……」


 同時に翼が目を覚ました。


「……あっ、康平」


 目を覚ました事に安堵しつつ、俺は翼を抱き上げた。そのまま桜井達から距離を取る。

 レオの事やアルヴァの事に精通しているようだが、信用していい相手とも思えない。


「そう警戒するな。わたし達は特定災害対策局日本支部の人間だ。要するに、この子達の専門家集団だよ」


 そう言ってレオを指差す桜井。


「専門家……。その割には翼の事を知らなかったよね?」


 坂巻の言葉に桜井の表情が強張った。たしかに、専門家を自称するなら知っていないとおかしい。

 坂巻の話によれば、贄守家はウルガと共に幾度も戦っている筈だ。ウルガとアルヴァが実在している時点で、そこに疑いの余地はない。


「……ああ、そうだ。わたし達は彼女の存在を知らなかった。ウルガの巫女はエルミ様とマリアナ様で最後だと思っていた。だが、隠していた者達の存在は知っている」

「隠していた……?」

「もしや……、それは!」


 坂巻が首を傾げると、赤羽さんがハッとした表情を浮かべて言った。


「知っていたか。そう、陰陽連だ」

「え?」

「ん?」

 

 知っているかのような素振りを見せておきながら、赤羽さんは桜井の言葉に目を丸くしている。


「お、陰陽連……? あれ、流れ的に寺の者達が隠しているものとばかり……」

「ああ、間違ってはいない。陰陽連は日本に古くから存在している秘密結社であり、神社仏閣を隠れ蓑にしていると聞いている」

「あっ、そうなんだ。ええ……、じゃあやっぱりウチの寺って……」


 赤羽さんは顔を引き攣らせながら着ている袈裟を見下ろした。


「陰陽連って、陰陽道に関係している組織なの?」


 オカルト関連はお手上げだ。とりあえず、坂巻に任せよう。

 起きたと思った翼は俺の腕の中で再び寝息を立て始めている。出来れば布団で寝かせてやりたい。なるべく負担の少ない抱え方を工夫している間に話は進んでいく。


「元々は平安時代の陰陽寮に端を発しているそうだ。我々の本局は大英帝国……つまり、ロンドンにある。歴史は負けていないどころか此方の方が古いのだが、日本に根を張ったのは向こうが先でね。出来れば人類存続の為に力を合わせたいと考えているのだが、どうにも隠し事が多くてね」


 困ったものだと愚痴る桜井。


「……ちなみに、陰陽連やあなた達の組織みたいな団体って、他にもあるの?」

「もちろんだ。各国に少なくとも一つか二つはあるな。大抵は秘密結社として隠匿されているが、中には我々のように表立って動いている組織もある。言っておくが、我々も陰陽連も悪の組織ってわけじゃないぞ。こうして情報公開しているのも君達に勘違いをして欲しくないからだ。すべての組織が共通して掲げる理念がある。それは『人類を守る』という一点さ」


 桜井は言った。


「『この世界には人知を超えた生物が存在する。ある者達は彼らを神と崇め、ある者達は彼らを真の王と畏れ、ある者達は魔獣と恐れた。人類にとって、彼らは天災の一種であり、決して抗う事の許されぬ存在だった』。これは対策局に入った者が一番はじめに読まされる資料の序文だ。ウルガやアルヴァは最近現れたミュータントじゃない。はるか古の時代から実在する生物なのさ。世界各地に遺されている神話やお伽噺は、その殆どが実話なんだよ。もっとも、完全にそのままというわけでもないけどね」

「神話やお伽噺が実話……」


 たしかに、坂巻の知っていた神話は事実だった。


「例えば、デンマークを舞台とした古典小説のベオウルフ。アレも事実に基づいている。もっとも、本当の名前は違ったようだけどね。そうした英雄譚を紐解き、SDOへの対抗策を練る事も我々の重要な任務なんだ。……だから」


 桜井は改めて俺を……いや、俺が抱えている翼を見つめた。


「彼女の事を我々は知らなければならない。彼女自身の為にも」

「……翼の為?」

「そうだ。見たところ、君達は彼女が気絶した理由を理解していないようだ」

「あんたには分かるってのか?」

「そうは言わない。だが、調べる事が出来るかもしれない。それだけの設備が揃っている。それに、『祈り』が特別な才能を必要としないものならば分業する事が可能となる。気絶したという事は少なからず彼女にとって『祈り』が負担になっている証拠だからな。減らす努力はするべきだろう」


 桜井の言葉は一々もっともだった。


「……翼を人体実験に使ったりはしないだろうな」

「するわけがない! 言っておくが、我々はあくまで人類の守護者なんだ。望んで志願した者ならばともかく、そうでない子供を傷つける事はしない」


 信じるべきか……。

 たしかに、翼が気絶する理由は知っておくべきだ。二度とレオに祈らないのなら問題ないが、翼は異様なほどレオに執着している。そして、レオはアルヴァに対して積極的に戦おうとしていた。また、アルヴァみたいな怪物が現れたら……。


「……坂巻。お前はどう思う?」

「やめた方がいいと思うよ」


 坂巻はそう断言した。


「もし、『祈り』が才能に左右されるものだったら、多分手放してくれなくなる。だって、レオの力は必要なものみたいだしね」


 その言葉に桜井は明らかに顔を顰めてみせた。


「テメェ……」

「その可能性が全くないわけではない。だが、その場合でも彼女のプライベートは可能な限り優先する」

「血筋に依存する場合でも?」

「……それは」


 言葉を詰まらせた桜井から俺は慌てて距離を取った。


「……翼に何をさせるつもりだ?」


 桜井は翼を女だと勘違いしている。その上で、そういう事をさせる可能性を否定しないのなら、とてもじゃないが翼を渡せない。

 

「翼は家畜じゃねーぞ」

「分かっている! 分かっているが、たしかに血筋に依存していた場合……」


 桜井は苦渋に満ちた表情を浮かべた。


「ぶ、部隊長。さすがにそれは……」


 他の隊員達もその可能性には否定的な立場を取っているようだ。

 

「……人道は尊重する。だが、血筋を遺す必要があるのなら、その可能性は捨て切れない。ウルガの巫女の必要性は今回の一件で一層強まったからな」

「ですが、彼女は子供ですよ!?」


 部下から糾弾され、桜井は表情を歪めた。


「だから、分かっている! わたしだって、そんな真似は……。だが、考えてみろ! ウルガの巫女が今度こそ失われれば、日本は終わりなんだ!」

「ですけど!」

「いくらなんでも……」

「我々は人類の為に戦っている筈です!」

「子供を犠牲にしたら……、それこそ大義を失いますよ!」


 見ていて分かった。彼らは極めて普通の人間だ。組織自体も彼らの言うとおり悪どいものではないのだろう。だけど、翼の人生を歪められる可能性がある以上、気を許していい相手ではない。


「……ねえ、岩崎」

「あん?」


 坂巻がこそこそと話掛けてきた。


「ぶっちゃけ、翼は男なんだし、そこまで嫌がる必要はなくない?」

「あ?」

「だって……、要するにハーレムを作らされるだけでしょ。むしろ、男としては羨ましいくらいなんだけど」

「うん。俺も同感だ。見たところ、彼らは心根の清い人物達だ。翼くんが女の子なら話は違ったが、ぶっちゃけデメリットなくないか?」

「いや、ダメだろ! 翼は家畜じゃねーんだよ! そんな、種馬みたいな真似、させてたまるか!」


 なんてことだ。まさか、こいつらが裏切ってくるとは思わなかった。いけない。翼を守れるのは俺一人のようだ。


「……もしかして、君って」


 坂巻が白い目を向けてくる。


「な、なんだ、テメェ……」

「君、思いっきり私情が入ってない?」

「し、私情だ? なに言ってんだ! お、俺は翼の為にだな!」

「……翼に巫女服を着るように強要してたよね」

「きょ、強要なんかしてねーだろ!」


 思わず声を張り上げてしまった。腕の中で翼がもぞもぞと動き始める。


「あっ、悪い。起こしちまったか?」


 目をパチクリさせる翼。


「……今、何時?」

「ん? ああ、えっと……」


 腕時計を見ると、いつの間にか0時を回っていた。


「0時5分だな」

「0時……。0時!? 大変だ! ジジィに夕飯作ってやらないと!」


 いきなり慌てだす翼を思わず落としてしまった。


「のあ!?」

「やべっ! 大丈夫か、翼!」


 その時だった。翼が地面に手をついた瞬間、地面が光輝き始めた。


「え?」


 龍鳴山の時と一緒だ。俺達の体はどんどん地面に吸い込まれていく。

 言い争っていた桜井達も気づいて俺達を助けようとする。やっぱり、悪い連中ではないらしい。だけど、助けるどころか一緒になって沈んでいく。

 そして、気がついたときには龍鳴山の洞窟内にいた。

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