第七話『ハカイスルモノ、マモルモノ』

 燃え盛る大地をアルヴァは進んでいく。一歩踏みしめる毎に世界は揺れ、人々の絶望は深まっていく。あまりにも巨大で、あまりにも凶暴で、あまりにも強力。その威容に畏れを抱いた者達は体を竦ませ、身動き一つ取れなくなっている。逃げる事を選べた者達も、思考に割ける余裕はなく、混乱し、避難は全くと言っていいほどに進まない。

 まさしく、神。抗う事はおろか、触れる事も許されない。人はすべからく、神罰を待つだけの死刑囚となり果てる。

 遅れて到着した特定災害対策局局長マイケル・ミラーはその光景に表情を歪めた。


「……おのれ」


 人類はこれまで数多のSDOを葬ってきた。合衆国に現れたベルーガー、アリゾナに現れたメゾンガ、中国に現れたジリゴール、ロシアに現れたシュラーク。それらはマイケルが対策局に入ってから戦ったSDO達だ。それ以前にも、対策局は戦い続けてきた。

 重ねられてきた勝利に対する誇り。人類という種の存続と人類世界の平穏の維持。その為の礎になれているという自負。それが崩されようとしている。

 守護神ウルガという存在の大きさをマイケルは改めて思い知らされた。結局のところ、これまで勝ち取ってきた平穏も、ウルガを含む少数の非敵対性SDO達のおかげに過ぎなかったのだという事実を叩きつけられ、膝を屈しそうになる。

 認めたくなかった。それでは、いつまで経っても人類は自立する事が出来ない。いつまで経っても、神に隷属を強いられる状況を変える事が出来ない。気まぐれで翻弄され、気まぐれで殺され、気まぐれで救われる。そんな家畜のような生き方など耐えられない。

 ウルガなど、必要ない。そういう世界でなければならないのだ。


「GKSえ間に合っていれば……」


 宇宙空間から小型推進ロケットを搭載した金属性の槍を投下する最新兵器。それさえあれば戦える筈だ。これまで手も足も出なかった神々に対しても。

 だが、現実は非情だ。今、アルヴァに対して有効な兵器は存在しない。計算によれば核弾頭さえ意味を為さない。ただ、人類を焼き捨て、日本という地を汚染するだけだ。

 結果、出来る事は日本国民の避難誘導と避難先の確保のみ。対策局の力で中国と韓国、ロシア、アメリカ合衆国に受け入れ先を用意させた。だが、それでは解決にならない。日本人が帰る場所を失ってしまう。


「……戦わねば」


 人類の未来を決めるのは人類であるべきだ。日本だろうと、アメリカだろうと、中国だろうと、いつかは滅びるかもしれない。だが、その滅びもまた人間が選んだ結果でなければならない。


「人間を生かすのも、人間を殺すのも、人間でなければならん!」

 

 既存の兵器が利かない? だから、どうした。それは我々のアルヴァに対する知識不足が原因かもしれない。どこかに既存の兵器が効果を発する弱点のようなものがあるかもしれない。

 そうだ。諦めるのは早い。熱光線の発射に耐える口内がダメならば、排泄口だろうが、眼球だろうが、脆そうな場所を徹底的に責める。


「全部隊に通達せよ! これより――――」


 マイケルが命令を下そうとした時だった。作戦司令部のモニターにアルヴァとは別のSDOが映り込んだ。そして、同時に聞き覚えのある鳴き声が司令部内に響き渡った。


「なっ……、あれは、まさか!」


 海を泳ぎ、アルヴァの背後に迫るSDO。それは、ウルガの幼体だった。


 ◆


 ――――視える。


 不思議な感覚だ。今のオレはウルガの神殿にいながら、同時にレオの背中の上にいる。

 レオが出現したのは海底だった。どうやら、ここも龍穴の一つらしい。


『レオ。大丈夫か?』


 声が妙に反響する。


『まずは海面に上がろう』


 レオは必死に翼を動かして浮上していく。ふっくらした体は見た目通り浮きやすいようだ。

 海面に上がるとそこにはレインボーブリッジの残骸があった。その先の光景を見て、桜井部隊長が見せてきた映像が本物だったのだと実感する。

 炎上した街。オレが迷っていた分だけ被害は拡大している。


「キュー?」

『……大丈夫だよ、レオ』


 ジレンマだ。レオに危ない真似はさせたくない。だけど、被害が拡大する事を防ぎたい。

 いっそ、レオが怯えてくれれば迷わなくて済むのに、レオは赤ん坊の癖に勇敢だ。

 炎の向こうにそびえ立つアルヴァに対して、臆した様子を見せない。それどころか、闘争心を燃やしている。

 ウルガという種族がそういう存在なのか、レオが特別勇敢なのか、それは分からない。

 ただ、応えてあげたいと思った。この子の為に捧げられるものがあるのなら、この子の為に出来ることがあるのなら、オレは……。


「キュー」


 まだレオは飛べないらしく、静かに泳ぎながらアルヴァの背面を取りに行く。


『デカイ……。あんなの、どうやって……』


 改めて肉眼で見るとアルヴァの大きさは常軌を逸している。

 見上げていると戦闘機がアルヴァに接近してミサイルを発射した。鼓膜を揺さぶる爆発音と光に体を震わせているとアルヴァは口から真紅の極光を吐き出した。光は戦闘機を呑み込み、そのまま雲を貫いた。


『……無理だ。なんだよ、アレ』


 ミサイル攻撃を受けたはずなのに、アルヴァは痛がる素振りすら見せていない。それに、あんなエネルギーを使いそうな攻撃を繰り出したのに、平然としている。続けて飛んできた戦闘機に同じくらいか、それ以上の火力で熱線を浴びせ、足を前に進めていく。

 大地を一歩踏み締める毎に響き渡る重低音に立っていられなくなる。


「キュー!」


 不思議で仕方がない。あの怪物に対して、どうしてレオは戦意を失わずにいられるんだろう。ゆっくりと焼け焦げ、平原と化した湾岸区域に上陸を果たす。そして、レオは地面をヨチヨチと歩きながらアルヴァに近づいていく。

 もうすぐ、戦いが始まってしまう。だから、オレもオレの出来る事をしなければいけない。

 レオを死なせるわけにはいかない。オレの祈りがレオの力になるのなら、迷っている暇などない。


『……ウルガ ウルリヤ』


 レオが止まる。そして、一筋の炎を吐き出した。


「キュー!」


 アルヴァがレオに気がついた。振り向きざまに熱線を発射する。けれど、レオは熱線を大きく跳ねる事で回避した。

 オレの『戦の祈り』が効果を発揮しているのか、レオの体が微かに金色の光を帯びている。レオはピョンピョンと華麗に跳ね回り、炎を吐き出し続ける。

 吐き出された炎は空中で燃え続けている。その炎に触れる度、アルヴァは悲鳴をあげた。ミサイルですら傷一つ付かなかった体に真紅の筋がいくつも出来ている。

 熱線を吐き出しても、その炎は消える事なく残り続けている。徐々に炎はアルヴァから逃げ場を奪っていった。


「キュキュー!」


 一気呵成に炎を吐き出すレオ。身動きが取れず、やがてバランスを崩し、アルヴァは倒れた。

 耳を塞ぎたくなるほどの凄惨な悲鳴が響き渡る。炎の中でアルヴァは悶え苦しみ、その度に炎に焼かれて悲鳴をあげている。

 炎は徐々に小さくなっていく。その大きさはやがてアルヴァよりも小さくなっていった。それなのにアルヴァの肉体は見えてこない。焼き尽くされてしまったのだろう。


「キュー!」


 これが守護神・ウルガの力。オレの心配など笑い飛ばすようにレオはアルヴァを圧倒してしまった。


『……す、すごい』

「キュ!」


 当然だと言うように鳴くレオ。アルヴァを包んでいた炎は鎮火し、そこに死体は欠片たりとも残っていなかった。

 

『おつかれさま、レオ』

「キュー!」


 オレはレオを労いながら燃え盛るお台場を見つめた。

 レオなら、この悲劇を退ける事が出来た。それなのに、オレが……。


『……帰ろう、レオ』


 オレは『迎えの祈り』を舞う。そして、レオが神殿に戻って来た事を確認すると、意識が遠のき始めた。いや、本体はレオを送った時点で気を失っていたようだ。今回もオレは幽体離脱をしていたらしい。神殿に寝そべるオレを必死に起こそうとしている康平をレオの背中から見つめながら、オレは意識を手放した。

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