第二章『希望』

 一番最初の講義。

 基礎魔術学概論という、その名の通り魔術の根本を学ぶための講義である。

 早々に道を狭めない為にも、入学した全員がこの講義と超能力についての講義『PSI概論』を履修することになっている。

「げっ」

 席順に決まりはないので自由に座ったところで、隣に件の少年が座っていることに気づいた躑躅つつじ

 席を移動するのも露骨に意識していることが伝わってしまうと思いその場に留まった。ヘタに動くと反対に話しかけられそうな気がしていたのだ。

「あっ! 昨日の子!」

「はあ……」

 結局気づかれてしまい多少不自然でも別の場所に移動しようとしたのだが、既に生徒が入りきってしまい空いている席はなかった。

「ねえねえ、今日からいよいよ授業を受けられるんだよ! ワクワクしない!?」

「うるさい。黙って」

「ねえどうして喜ばないの? 君だってやりたいことがあるから入ったんでしょ?」

 教室に響き渡るかのような大袈裟な溜息の後、躑躅は回答を返した。

「アンタみたいなのにそうやって押し付けがましくしてくるのが大嫌いなの……だから自由に何でも選べるこの学校に入った。満足?」

 躑躅の言葉を聞いた絆は、元々小さい身体がもう一回り小さくなったような印象を受ける程にしゅんと静まり返る。

「ごめん……全然君のこと考えてなかった……」

 躑躅は再度大きく溜息を吐いて一言発した。

「私は蘧麦きょばく躑躅。アンタは?」

「は、葉団扇絆!」

「……アンタの価値観を過剰に押し付けるのは止して。それが出来るなら、話くらいは聞いてあげるから。私だって、喧嘩したいわけじゃない」

「う、うん……ありがとう」

 躑躅としてはトラブルを避ける為最大限の譲歩をしたに過ぎないが、絆の中では深く複雑な気持ちが渦巻いていた。

 結局のところ自我を前面に押し出すことを封じられた絆は何も喋ることが出来ず始業時間を迎えてしまった。

「初めまして皆さん。講師を務めさせて頂くダリア・ダルトンと申します」

 赤毛で毛先にカールが掛かった長髪。若々しい外見とは裏腹に何百年も生きているのではないかと錯覚してしまうような落ち着き払った表情と声色。

「皆さんは魔術と聞いてどんな物をイメージしますか?」

 数人の生徒が各々のイメージを口にしたところでダルトン先生は小さくスナップする。すると同時に握られた手の中から炎が溢れるように燃え上がって来る。

「わあー!」

 手品を鑑賞する気分で生徒たちは拍手を送ったり小さな感嘆の声を漏らしている。そんな中で絆は身を乗り出して大声で叫んでいた。隣の躑躅が鬱陶しそうな表情をしているのを見て彼も少しだけ遠慮する。

「手品のように無から有を発生させることも出来ますし……このように、身体の一部や物体を強化することも出来ます」

 先生が作った手刀は、ステンレス鋼を豆腐のようにスッと切り裂いてしまう。両断された鋼板は宙に浮いた状態で静止する。そして、ゆっくりと、繊細な動きで接地した。

 盛大な拍手が上がる。

「す……すっごい!!」

 これには絆だけでなく生徒たちのほとんどが皆一様に驚いていた。静かだったのは躑躅と、ロズと桐也くらいのものだ。

「ただし、こうした現象を引き起こす為には対価が必要です。対価とは、我々が力を得る代わりに支払う賃金のような物です。魔術はその場にないエネルギーを無理矢理引き抜く行為になるので、代金を支払うこととなるのです」

 するとダルトン先生は、ぶつけるとゴンゴン音の鳴る重そうな球体を掴む。

「今私は片手で、5kgの球体を持ち上げています。その分余計に身体に荷重が掛かっていることになりますよね。これを対価にすると……」

 彼女が差した指先の向こうに置かれているペン立てが宙に浮き始める。

「大体500gくらいの物体を宙に浮かせることが出来ました。要するに、通常なし得ない力を得るにはこれだけ大きな対価が必要となるということです」

 すると一番前の席に座っていた桐也が挙手をして質問する。

「しかし先生が見せた実演は、非常に強力な魔術でした。対価は、かなり早い段階から前払いできるということですか?」

「柊くん、鋭いですね。魔術を行使する際に常に対価を支払い続けるのは威力にも体力にも限界があります。その為エネルギーだけを前借りして身体に溜め込んでおくことが出来るのです」

先生は黒板に図を描き始める。物体-Material-と能力-Energy-が相互に矢印で結ばれている。”能力”の上から矢印が伸びて来て苦痛-Suffering-という文字が追加された。

「私が今日の実演の為に支払った対価は、一ヶ月間ずっと重りを付けて生活したり、自分の身体に定期的に切り傷をつけたりすることでした。そうした苦痛を多く支払うことで、ようやくエネルギーが得られるのです」

そんな話を聞きながら、絆は一人で拳を閉じたり開いたりしていた。躑躅は既に彼のことを無視していたが、ダルトン先生は目をつけた。

葉団扇はうちわさん」

「は、はい!?」

「一度前に出てきて、実際に魔術を使ってみましょう」

「僕がですか!?」

「はい、もちろん」

 わなわなと震えながら立ち上がり、慌ただしく講義室の前へ駆けていく絆。

「まず、魔術を使う為には対価を支払わねばなりません。自分にとって苦痛であることであれば何でも構いませんよ」

「それじゃあ……自分の腕を抓るとかでも良いんですか?」

「もちろんです。痣にならないよう気を付けてくださいね」

 絆は右腕を前に出し、左手の指先で前腕部を抓る。その状態で静止した絆を見た講義室の面々から小さな笑いが起こる。

「あの……ここからどうすれば……?」

「その痛みが右腕の力に変わっていくことをイメージして下さい。今回は私が補佐となって対価の支払いを行います」

 先生が絆の背中に手を翳すと、朧げに右腕が赤く光り始めた。

「なんだか、熱い……」

「その状態で、そこにある木の板を殴ってみましょう。恐らく貴方はそれほど痛みを感じずにヒビを入れる程度のことは可能です」

「よし……」

 絆は抓る場所を右肩へ変更しゆっくりと鉄板へ向かっていく。そのまま一度右腕を後ろへ引き、殴るための構えを取った。

「おりゃー!」

 気の抜けるような掛け声と共に前に突き出された拳。壁に吊るされた木の板に向かって一直線に吹き飛んでいく。まるで絆本人が自身の右腕に引っ張られているように、躑躅は感じた。

 そして拳と板の激突の衝撃が強く耳を劈く。

 思わず目を瞑ってしまった生徒も多い中、躑躅や桐也、ロズの三人は現象をハッキリと目撃していた。

「え……これ、僕が……?」

 木の板はそう薄くはなかった。ハサミや包丁では切れないものだ。鋸でも綺麗に切るのは力がいるだろう。フライス盤のような専用の工作機械の加工であればスパッと綺麗な断面を見ることが出来るだろうが、ここにそんなマシーンはない。

 しかし絆は現実を突破してしまった。木の板はほぼ真円の形に綺麗に縁取られて貫通していた。

「信じられない……」

 ダルトン先生は固唾を飲んで呟いた。

「葉団扇さん、魔術の知識も経験もないはずですよね?」

「え? はい……初めてやりました」

「今の力をあなたが出力するには、私が先程見せた魔術と同等の対価が必要なはずです。私は一週間腕に切り傷をつけることでそれをクリアしましたが……葉団扇さん。あなたはこれまで知らず知らずの内に対価を支払っていたのかも知れません」

「知らない内に……」

 とは言え、苦痛を力にするように願ったことなど一度もない。

「葉団扇さんは、神様を信じていましたか?」

「……信じていなかったけど、信じたいとずっと願って来ました」

「だとしたらそれが功を奏したのでしょう。我々の世界に流れ込むダークマターのような得体の知れないエネルギー。それは、世界の創造を司る神さまのような存在が源となっています。悪魔とも言いますが。魔術はその一欠片を用いる為に取引を行う事です」

 絆は一種の現実逃避として神の存在を願っていた。希望がカケラも存在していないこの宇宙。せめてその外側に何かが存在していたとしたら。

 絆が言い知れぬ情動を経験している中で、最前列のロズと桐也は全く別の感嘆を抱いていた。

「そっか……そういうことか」

 頭の片隅にもなかったファンタジーの世界が突如身近に現れたロズにとって、絆の思考は理解不能で、同時に大きな納得があった。

 桐也はまた一つ、絆に対して希望を抱く。彼なら、彼と一緒にいれば自分の望みが叶うかも知れないと。

 一方で躑躅は静かに呟く。

「……ムカつく」

 絆だけではない。躑躅の周りのほとんどの生徒が子供らしく賑やかに騒ぎ立てている。未知なる世界への感動が湧き出して、皆”今”を楽しんでいるのだ。この中で過去や未来を見ているのは、躑躅とロズ、桐也の三人だけだった。


 大盛況の講義も無事終了し、絆の周りにはドッと人が集まった。

 疲弊した躑躅は一人静かに講義室を出て行くが、すぐにロズに声をかけられた。

「躑躅、お疲れ」

「……うん」

「どうしたの?何か怒ってる?」

「別に……あの葉団扇って奴がムカつくだけ」

「ああやっぱり、昨日言ってたのってあの可愛い子だったんだ」

「アイツが可愛い?ガキなだけでしょ」

「そうかな。子供でいられるのって凄いことだと思うよ」

「どうでもいい。そんなことより、今日の講義が終わったらどの部活見に行くか決めよ」

「強情だなぁ」

 分かりやすい躑躅の態度は絆の無邪気な言動にそっくりだとロズは感じるが、そんな気持ちは静かに心にしまった。


 放課後。

「桐也、部活見学行かないの?」

「俺は部活に入る気はないよ。勉強と趣味に使う時間が足りないから」

「そうなんだ!」

「絆はどうするんだ?」

「今から生徒会に行ってきます!」

 生徒会は漫画やアニメ等のフィクションのイメージが強く、その分絆にとっては現実の活動が想像し難かった。

 寮から出るとグラウンドも近い為、周辺には人が忙しなく行き交っていた。ただその時絆は、自分が生徒会室の場所など知らないことを思い出した。

 エルミタージュの校舎はあまりにも広く膨大である為、ここから探し出すのは骨が折れる。

「ねえ、葉団扇くん?」

「はい!?」

「わあ。そんなに驚かなくて大丈夫だよ。私はロズ・シドウェルって言うんだけど……」

「入学式で挨拶してた人だ!」

「そうそう、正解。今朝の授業の時、凄かったね」

「そう、かな」

「私は魔術を知ってるけど、あんな力を出すのは生半可な覚悟じゃ出来ないことだよ。自信を持って良い」

「えへへ……」

 照れ臭そうに頬を掻く仕草が愛らしく、ロズには彼が天使のように見えた。

「それでさ、話したかったのは躑躅のことなんだけど……あの子のこと、嫌いにならないであげてね」

「え? うーん、嫌いにはならないけど……あの子、全然笑ってくれなくて」

「私にもまだ笑顔は見せてくれてないなぁ。でも躑躅もきっと、全てがつまらないと思ってるわけじゃないと思うから」

「ほんと?」

「うん。だから、諦めずにアタックし続けて。躑躅に嫌われない程度にね」

「ありがとう!」

「それじゃ、またね」

 ロズが髪を靡かせて手を振っているのを素直に見送ろうとしたが、一つ思い出した絆が引き止める。

「あ、待って……生徒会室ってどこだか知ってる?」

 彼女は少し笑って、「案内するよ」と返した。


 ロズは実際に絆と話してみて想像の通り希望に満ちた少年だと実感したが、予想を超えていたのはその知性である。

「なるほどなるほど、つまり皆が持ってるクオリアは本当は上の世界の人から貰ってるもので、痛みや苦しみは強いクオリアだから上の世界との繋がりも強くなる……それを利用してエネルギーを引き出す……ってことだね!」

 自身が比較的勉強熱心で読書家であると自負しているロズは、絆の知識が正確でかつ膨大であることを理解できた。

 これだけ世界を知って尚無邪気でいられる芯の強さにロズは驚嘆していた。だからこそ健気に幻想の存在を願い続けられたのだろうと言う、より深い納得。自分には絶対に理解出来ない感覚であると同時に、現象として合点が行くのだ。

「やっぱり、葉団扇くんは凄いよ」

「ええ? ど、どうして?」

「どうもしてないよ。それじゃ、今度こそまたね」

「うん、ばいばい〜」

 絆は手を振りながら、先程知り合ったロズを既に親友だと認識したが、そんなことは忘れたように引き締まった表情に切り替わる。

「失礼します!」

 ノックをして生徒会室に入る。鋭い目線が二、三こちらを向いたのが判り、少したじろぐ。

「せ、生徒会に入りに来ました!」

 眼鏡をかけた機械的な動きの女生徒がキビキビと、同時に悠然と向かって来た。他の生徒とは違いロングコートの特別製の制服を着ている。

「貴方、新入生?」

「は、はい!」

「委員会の紹介はまだ先のはずよ。そもそも生徒会員の募集は今やってないんだけど……」

「ええ、そんな!? 僕、どうしても入りたくて……!」

「えーと……ちょっと待ってて」

 彼女は耳についたイヤホンのような機械に手を当てながら口を開く。

「会長。入会希望の新入生がいて……はい。可能であれば、すぐ。ありがとうございます、失礼致します」

 小さな溜息を吐いてから、彼女は絆を見下ろす。

「私は中之条百合。この学園の副会長を務めてます」

「副会長!? 偉いんですね!」

「それで貴方は、そもそもどうして生徒会に? どんな仕事をするか知ってるの?」

「知らないから来ました!」

 間髪を入れない即答に頭の回転が追い付かなかった百合。情報の整理を終えた所で彼女はほんの少し驚いたような表情を見せた。

「なるほど。少し面白い」

「ほんとですか!?」

「早とちりはしないでね。まだ入会を認めると決まったわけじゃない。そもそもそんな権限、私にはない。その為に会長を呼んだんだから」

「そうですか……」

「とりあえず貴方の認識の確認をしておきます。エルミタージュはどのような学校?」

 唐突な質問に面食らって数秒のロスを要したが、絆は自信満々に答える。

「魔術と超能力の教育のために設立された、魔法学校!」

「少しだけ違う。世界三大魔法学校の一つなんて言われているエルミタージュだけど、他の定義も含まれるからね。超自然科学の研究や、単純な人間の技能を高めることもまた目的だ。人間と――そしてこの世界その物に眠った潜在的なエネルギーを引き出すことが、最終的な目標なの」

「はい……なるほど?」

「まあ、今は大体の概要だけ分かってれば問題ないから。後は……エルミタージュの校舎の構造について把握してる?」

「あ、ええと……今ここに来るときも友達に場所を聞いたので……」

「そう。まあ当然よね。膨大な敷地だから、知らない部屋や場所があるのも無理はない」

 中之条百合は、一つ溜息を吐いてからこう言った。

「生徒会に入るにせよそうでないにせよ、私が後で校舎を案内してあげる」

「ほんとですか!?」

「ええ。貴方のやる気は本物だから。少なくとも風紀委員くらいはやってもらっても良い」

「わあ! 嬉しいです、ありがとうございます!」

 すると絆の背後の扉がノックされた。目を輝かせたまま振り返り、生徒会長という未知の出で立ちを確認しようとした。すると、そこには何もない。誰もいない。

 百合の方へ向き直すと、そこには。

「え……」

 銀河を見ているような美しさ。セミロングで内巻きの髪の毛に吸い込まれそうになる。色は鮮やかな亜麻色だ。

「い、いつの間に……?」

 動く度に彼女の周囲が新鮮な空気で満たされるようで、絆は見惚れてしまう。

「初めまして。私は生徒会長の成宮一咲」

「は、はい。僕は葉団扇絆です……!」

 そして同時に思ったことがある。自分はこの人に絶対に敵わない。どんな分野であっても、圧倒的な才能と力の差があると直感したのだ。

 そしてそんな絶対的な存在を感じ取ったことは、絆にとって希望であった。

「……葉団扇くん。一目見て分かった。君には大いなる才がある。学園を任せるに足る十分な素養がね」

「ほ、本当に?」

「ええ。私の目に狂いがなければ。良いよね、百合?」

 成宮会長の青い瞳に強く捕えられた百合は、小さくコクリと頷いた。


 百合の後ろを歩く絆は、辺りをキョロキョロ見渡して忙しない様子である。

「図書館があるのは知ってる?」

「はい! 何だかたっくさんあるんですよね!」

「まあ……そう。けど、中央魔法図書館には行ってないでしょ?」

「行ってないです、どんな所なんですか?」

「一年生は迷子になっちゃう所かな」

「迷子に? そんなに広いんですか?」

「広いっていうか、あそこは空間が歪んでるからね」

「歪んでる?」

「あれは超自然工学と魔術それぞれの応用なんだけど、空間が圧縮されてるの。だから何十億冊という膨大な量の蔵書が保管されている。何せ、世界の全ての書物の集合体だからね」

「凄い! でも空間が圧縮って、どんな状態なんですか? いまいち想像がつかない……」

「入口近くで言えば……外から見ると横幅1メートルくらいの部分に、大体300メートルくらいの空間が存在してるってことだよ」

 絆は口をあんぐりと開けて驚く。

「なにそれ!? そんなことが可能なんですか!?」

「最新の科学と魔術の融合だね。空間を圧縮するっていうのは数学上の理論的にはそう難しくないの。ただ、物理的方法では不可能に近い。けれどここでは、方法は創り出せばいい。超自然的方法でね」

 そんな中央魔法図書館に入ってみれば、なるほどこれはと言った感想を持った。

「この場所、縦にも横にも広いんですね……これは迷子になりそうです」

「まあ、最悪迷子になった場合は最寄りの空間転移マシンを使えばそれで済むよ。たまに、そのことすら知らない一年生がここで迷子になってトラウマ化しちゃうんだけどね」

「うわあ……」

「多分少しの説明はあったと思うけれど、一年生には情報量が多すぎて大抵の人はそんなこと覚えてないんだよね」

「はい……僕も全く覚えてません」

「それ自体は仕方ない。けど、生徒会に入るなら覚えてね? エルミタージュの全てを知っていないとダメだからね。それと、成績も常に上位をキープし続けなきゃいけない」

「難しいなぁ……けど僕、絶対頑張りますよ!」

 絆の力強い語気に、百合は一つ気になっていた事を尋ねてみる。

「葉団扇くん……もしかして、君のお姉さんもこの学園にいた?」

「え!? はいそうです、お姉ちゃんの事知ってるんですか!?」

「やっぱり……」

ただならぬ気迫を感じたのはそれが原因だったかと百合は納得した。

「お姉さんの話はまた後で。今度は勉強するにはうってつけの図書室を紹介する」

 絆が連れて行かれたのは、普通の学校にもありそうな普通の図書室ではあるのだが。

「うわああああ!」

 絶景。窓から見える景色は、絆の想定の外にあった。なぜなら、一面に雲海が広がっていたのだから。

「驚いたよね。凄く綺麗でしょ。テレポートマシンでここまで来たから気づいてなかっただろうけど、この校舎は天空に浮かんでるんだよ」

「うわあああ! 凄い! 凄いです!」

 ここまで学園に心を動かされ続けた絆だったが今度こそハートを射抜かれたような、そんな衝撃を受け、無意識に声を上げていた。

「中之条先輩!」

「ん?」

「僕、エルミタージュに入って本当に良かった! そうじゃなかったら、こんな場所でこんな風景を見ることも一生なかった! これからどんな生活が待っているのかと思うと、わくわくして……!」

 百合は一瞬だけ目を丸くし、やがて微笑んだ。彼女が初めて見せた笑顔だった。

「純粋で可愛らしいね。だからこそここの入試に合格できたのか。うん、貴方になら任せられる」

 彼女は手を前に差し出した。

「私からも改めてお願いしたい。生徒会役員として一緒に頑張ろう」

「はい!」

 両手でがっしり握り返した絆は照れながら満面の笑みを受かべていた。

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