悪魔を喰らう

上月祈 かみづきいのり

悪魔を喰らう

 かつて私は旅先としてドイツを選び、二週間滞在したことがある。

 気ままな旅行だったが、日本から出る際に気をつけたのは持ち物に卍の紋様を含むものを入れないことだった。

 かつてのナチスが用いた逆鉤十字、あるいはハーケンクロイツと呼ばれる瓜二つの紋様はとは方向が逆ではあるが、火種になることは間違いないからだ。

 それ以外にはカップラーメンや即席味噌汁などを計七食分ほど用意し、あとは現地のものを食すと決めていた。

 ノイシュバンシュタイン城やらアウシュビッツやらを眺めて回ったが、こと風雅だったのはやはりライン川近くのカフェで飲んだコーヒーだった。川面の穏やかさもそうだが、水流の音や異国の言語で語られる他愛のない話に加えて、時々聞こえる遠くからのクラクションはとにかく耳心地が良く、柔らかかった。

 しかしながら、この旅行で特筆すべきなのはこの前日のことだろう。

 一つ前の日に何があったかというと、不覚にもカメラを盗まれてしまった。

 中古で買ったものだっだが、新品で売られていた頃は四十万円ほどしたらしい。加えてフィルム式カメラだったから物珍しさもあって購入したのだ。

 うっかり、リュックサックを背負って歩いてしまったが故だった。

 現地の警察に被害を届出たりしているうちに、その日の時間はまるっきり潰れてしまい、いくつかの観光を諦めざるを得なかった。

 文化の違いがあってか、すれ違いを生むこの相違が私の中に強いもどかしさを生み、私を大層くたびれさせた。

 不幸中の幸いとして、財布やその中の金銭を含む金品は無事だった。ただ、金銭とカメラのどちらだったら諦めがつくかと問われれば、悩ましくも金銭を選んだだろう。

 諸手続きを終えたのは日暮れから夜にかけてだった。

 疲れていたから、外で夕食を摂って、それからホテルに戻ることにした。カメラが盗まれて投げやりになっていたから、いつもなら警戒して立ち入らない路地裏におもむき、

『おや、ここならいいかもしれないな』

 と気を許した店に入った。扉にしつらえれていたドアベルは旅人の入店を告げた。

 この店は、夕時にも関わらず客が少なかった。あるいはドイツでは普通なのかもしれない。足を重たげに動かして、私はカウンター席に座った。他にカウンター席に客はいなかった。

「お前さん、旅行の人かい?」

 おそらく店主であろう御仁が私に声をかけられた。

 もちろんドイツ語だ。何故、こういう口調にしたかというと、それはひとえに私の感性に基づいた翻訳だからだ。

 店主はよく禿げて、よく太っていた。瞳は青く、わずかに残る頭髪も、もじゃもじゃと腕から生える毛も金色で、きっちりとボタンを閉じた白いシャツはあたかも飛行寸前にある熱気球のように張り詰めていた。きっと、その下に生えているであろう胸毛も金色で、熱帯の木々のように栄えているのだと私は推し測った。

「えぇ、私は日本人です」

 御仁は目を見開き、そして少し微笑んだ。

 どうやら興味を抱かれたようだ。

「へぇ。どのくらい旅をしてんだ?」

「二週間です。ドイツだけを旅行するつもりで。三日後には帰国しますが」

 彼は店の奥にあるカレンダーを振り返った。

 そこには、日付とルネサンス様式の絵画が添えられていた。彼は目を細めながら見遣っていた。

 彼のシャツは水をたたえた袋さながらに、張り詰めながらもしなやかに揺れた。

「日曜日か」

「えぇ。休み自体は三週間あるので一週間は自宅で体を休めようと思って」

 そこまで説明してから私は細く長い溜息をついた。

 やや顔を伏せて、かぶりを振っていたと思う。

「ひどく疲れてんな」

「えぇ、とっても疲れました」

 これ以上の説明はしないつもりだった。

 そろそろメニューを貰おうと頭を上げた私は、

「すみませんが」

 と枕言葉を置いてから『メニューをいただけませんか?』と発するつもりだったのだが、店主はさえぎるようにして発した。

「なぁ。あんたに食べてもらいたいモンがあるんだ。これに関しちゃ金は要らねぇ。ちょっと食ってくれよ」

 いきなりだったので私は二の句が告げず、その唐突さからドイツ語で丁重に断るときの言い回しさえも失念した。

「おーい。アレ、用意してくれ」

 店主は厨房があろう奥へと呼びかけた。低音の声はよくうなるようだった

「あいよー。焼くのかい? ボイルかい?」

 返ってきたのは女性の声。こちらもよく通る声だった。はきはきとしていて、にも関わらず柔らかみのある声色。勝ち気な声というよりも、思ったことをなんの忖度そんたくもなく口にするような性格。そんな印象を受けた。

「ボイルだ」

 店主が短く発すると奥の女性は二つ返事。

 彼の奥さんなのだろうか。

 疑問を持ったが口にせず、黙りを貫くことにした。

 あまりにも空きっ腹で疲れていた。そのうちに、私は少し眠気を催したがこんなところで居眠りしたらまた何か盗まれてしまう。二の舞を演ずるのはうんざりだったから、御仁に頼んだ。

「まず、ビールを一杯ください」

 店主は機嫌良く注文を受けると私にジョッキ一杯のビールを渡した。

 私は口をつけると五口か六口ほど勢いよく飲んだ。苦味のお陰で、私は目を覚ました。

 料理が運ばれるまでは、カメラのことを考えていた。無念は、いなしてもまた付きまとってくる。カメラも十分残念だったが、フィルムの方がさらに残念に思えた。

 私の旅路にまつわる記録は、私の不注意で失われたのだ。無念に他ならない。

 しかし、カメラとフィルムか。

 一体、どちらをより無念に思うのか。今回の旅の記録は大変重要なのだろうか。

 いや、それは思い出として残っている。カメラに戻ってきて欲しいのだろうか。

 でも、贅沢を言わなければカメラは色々とある。

 私は一体何を盗まれたのならば、諦めがついたのだろうか。

 リュックサックを強く抱えて、私は考えていた。

 ぼんやりと考える。これは私にとっての贅沢だった。

 いかなる世界にもまるで焦点を当てず、見えるものに対しての意識を捨てて眺めていただけ。頭の中ではゆっくりと歯車が回っている。自分に施すメンテナンスだった。

 だが、思索の終焉は強烈に訪れた。

 ただ事ではない臭いで目を覚ますと、御仁が皿を持ってきていた。皿には、太く長いソーセージに粉吹きに茹でたじゃがいもを添えてある。

「さぁ、遠慮せず食ってくれ」

 言葉、手振り、笑顔。三つの異なる表現は全て私に食べさせたいという点で一致していた。

 ソーセージ? いや、大きさからいえばフランクフルトか?

 しかし、日本では見かけないほど長く太かったので、いずれでもなかっただろう。名前はあるのだろうが私はとりあえずその二本を無難かつ古風に『腸詰』と称することにした。

 私は一つだけ聞きたかった。

「これ、何の肉の腸詰ですか?」

 店主は説明してくれた。

「紫色のが血で、こっちは内蔵だよ」

 その説明は、あたかも日本の魚屋が海外の人間にあじいわしを並べて説明をしているようなものだ。

 我々にとって鯵と鰯が普通なように、彼らにとってはこの奇妙な腸詰が日常のもの。決して珍しいものではないから、さっぱりと説明したのだろう。食べ物は味で判断するものだからだ。

「ビールをもう一杯」

 このビールは絶対に必要だと思い、追加した。

 とはいえ、困り果てたのは鼻をつまみたくなるような臭気だった。相手に失礼だからそんなことはしない。

 加えて先程、金は要らないと御仁はおっしゃった。一応タダ飯にありつけるし、食べ物を粗末にはしたくない性分だった。まぁ、ビール代はかかるだろうが。

 決定的なこととして食欲が失せたのならいざ知らず、やはり空腹の限りであった。

 私は決意してナイフとフォークを手に取り、その二本を食べ始めた。

 無我を心がけても、鼻を虐めるように臭気は立ちのぼった。  

 舌も痺れていればよかったのにと思う程だ。

 えづきそうになることも、しばしば。だが私のプライドが、そんなみっともない真似を許さなかった。

 食らいついて、飲み込んで、ビールでリセット。それを幾度となく繰り返す。

 最後の欠片をビールと一緒に、あらゆる臭気を清めるように飲み干し、ジョッキを静かに置いた。

 かつて抱いた疑問、

「ビールはなぜあんなにも苦いのか?」

 は、ここに答えがある。

 そして店主から声をかけられた。

「いい食いっぷりじゃねぇか。うれしいねぇ!」

 御仁は先ほどよりも上機嫌だった。

「もう一皿行くか? 今度のは金を取るけど」

 冗談じゃない。それが本音。

「あっいえ。もう、もう満腹です」

 私は建前を述べた。

「そうかい、残念だ。それで、美味かったか?」

「それは、それは」

 このあとに『もちろんです』と続けるつもりだったが、

「いや、ちゃんと言ってくれよ。嘘は駄目だからな」

 と御仁は釘を刺した。

 先にも述べた通り、私は疲れていた。

 もう、嘘をつき通す余力は無かった。

 だから、

「臭いがきつくて、食べ切るので精一杯でした」

 とうつむきつつ正直に申し上げた。

 覚悟はした。彼が大層不機嫌な面を下げていることを。

 しかしながら、予想を裏切るのが人間である。

 御仁は、

「やっぱり?」

 と、おどけた。

 その返事を受けて、私は驚くのではなく怒りを露わにした。

「ちょっと待ってください。じゃああなたは、私が苦手だろうって分かっていながら、アレを出したんですか?」

「まぁな。日本人だったら、こんなきつい臭いの料理まっぴらだろうっては思ったさ」

「じゃあ」

 私は怒りのままに尋ねようとした。たが、彼は青い目で私の黒かろう瞳を見つめていた。それだけなのに、私は全ての言葉を飲み込んだ。

「一つ、いや二つか。あんたに聞きたいことがある」

 御仁はわずかに首をかしがせた。『いいかい?』と。

 私も、右手で彼を示す身振りを返した。『もちろんです』と。

「店に来た時、あんた辛気臭そうな顔してたな。なんかあったんだろ?」

 数秒、私は黙りこくってから、

「はい」

 と返答した。御仁は続けた。

「じゃあ、今はその鬱憤うっぷんはどうなってるんだ? さっきと比べてだが」

 その言葉を受けて、心中を探ってみた。

 私は、もはやカメラに対するわだかまりの消失に気付いた。

「今は、さほど気になっていないようです」

「そうか。ならよかった」

 彼は椅子に腰掛けた。丸い彼の顔と私の顔の高さは同じくらいだ。

「まぁ、いきなりだったからな。騙すようで悪かった。でも悪意はないよ」

 彼が言い終えた頃に女性が出てきた。

「あら、珍しいお客さんね」

 若くはない、されど美人である。彼の奥方であろうか。

 視点を彼に戻すと、

「あぁ、妻だよ」

 と教えてくれた。やはりそうか。

「あんた、どこの人だい?」

「日本人です」

「へぇ、物好きだねぇ。日本人であんなのを頼むなんて」

 私は何と返したら良いかわからなかった。しかしながら、この場に生まれた空白を目の当たりにして夫人は察したようだ。

「あっ、またアンタでしょ。全く、お節介もほどほどにしなきゃ駄目でしょ。いつも言ってんのにさ」

「いいじゃないか、迷惑かけてるわけじゃないんだから。なっ、そうだろ? アンタ」

 やや窮した御仁は私に同意を求めた。

 そうですね、という言葉を前置くと、

「只々、びっくりしました」

 と、笑うことができた。

 おかみさんは、

「まぁ、お客さんがいいならいいけど」

 と口にしつつも少しばかりの呆れ顔を浮かべた。

「いつもやるわけじゃないんだけどな」

 と御仁。

「怒りや悲しみを抱えたまま来る奴がいるとな、どうにかしてやりたくなっちまうんだ、俺は」

 成程、善意から動いていたのか。しかし奇妙な手法である。

「ちなみに、いつもの『あの料理』を出すのですか?」

「うーん、いや。人によるな。あれは食べ慣れている人間には意味がないからよ」

 おそらくは現地の人間でなければ、よく食べるわけではないのだろう。

 確かに私は食べ慣れているわけではない。だが、それがどう関係しているのか。

 私は店主に問うた。

 すると彼は、

「お前さん、アレを出されて食ってみた後でどうだった? ただでさえ、いい気分じゃなかったときに」

「そうですね。なんでこんなもの出すんだって怒りを覚えました」

 御仁は私を指差して、

「だろ?」

 と強調した。

「そして、その怒りを少しなり俺にぶつけたらなら、楽になったんじゃないか?」

 と続けた。確かにそうだった。

「怒りってのはな、一つの袋なんだよ。少しづつ入れていけばデカくなるし、どこかで袋の水を抜くとなんでもなくなっちまう。だから、もうアンタは怒りを吐き出しちまったんだ」

 この理論に私は膝を打つようだった。

 成程。怒りは一つの袋、か。日本にも堪忍袋という言葉がある。

 私が納得しかけていると、

「お客さん、信じちゃダメだよ」

 と夫人が笑いかけた。

「この人はね、そもそも臭いのキツイ食べ物が好みの、ちょっと変わった人なんだよ。そのための建前さ」

「そんなことはないだろう」

 彼女は腰に両手を当てて胸を張る。

「でも、私の言い分が全くないってわけでもないでしょ?」

 御仁の返答はぐうの音だった。

 この様子を見ていた他のお客たちが一斉に笑い声を上げた。爆笑、というやつだ。

「おい兄ちゃん、なんかあったのか?」

 客の一人が酔いの大声で私に尋ねた。

「えっと。カメラを盗まれたんです」

 場内は納得と気の毒さを表すうめきで一杯になった。

 それはあたかも、日本人が傘を持たずに雨に降られた人に対して同情と共感を込めるようなものだった。

 そうか、私はただ雨に降られただけなのか。

「へぇ、カメラを盗まれたのか。あんた、日本人みたいだな」

 とある一人も上機嫌に声をかけた。

「えぇ、日本人ですよ」

 大波が寄せたように、皆どっと笑う。

「何言ってんだ、見りゃわかるだろ」

「分かんねぇよ、俺の兄弟なんだから」

 皆ゲラゲラと笑い、太い一口で酒を飲む。あるいは深呼吸をするように深く煙草を吸う。

「おい。あんたさ、日本人なんだろ? 俺はな、ソニーが大好きなんだ。ソニーだったらなんでも知ってるぜ」

 口を開こうとしたが、また別の酔っぱらいが先にからかった。

「へぇ、じゃあソニーで有名なものを片っ端から言ってみろよ」

 ソニーのお得意様は立ち上がると、

「おう、お安い御用だ」

 と得意げに。そして、言い並べた。

「まず、ソニーといったらトランジスタラジオだろ? 次にウォークマンだ。アメリカ人はでっけぇラジカセを担いで音楽を聴いたが、日本人はそれをポケットに入れちまった。それから、それから、えっと。あっ、そうだ。βベータを忘れちゃいけねぇ」

 くすくすと笑いながら、皆聴いていた。私は心地よく聴いていたかもしれない。でも、βの後にまた大波が寄せた。

「バーカ。βはVHSに負けたんだよ。βを使ってるやつなんざ見たことねぇや」

「うるせぇな。これからPlayStationの話をするんだ。黙ってろよ」

「じゃあ、βの代わりにPlayStationって言えばよかったじゃねぇか」

 雨が降り、大波が寄せる。はたからこの文言を見聞きすれば大変にしけた海を想像したかもしれない。私であれ、誰であれ。

 だが、その蓋を開けてみよう。

 この酒場を通るのは嵐ではない。愉快な音楽隊が行進しているだけに過ぎない。

「あなたは、PlayStationを持ってらっしゃるんですか?」

 私の一言に振り返ったお得意様はにこやかに頷き語った。

「あぁ、持ってるとも。1も2もな」

「3はどうした?」

 VHSの彼が冷やかすと、

「いや、買ったけどよ。息子に取られちまった」

 やや寂しさを覗かせながらも、彼は嬉しさを赤ら顔に表した。

 当時は3が最新機種だったのだ。

 皆また笑う。よく笑う日々に医者は要らないだろう。

 誰が意を唱えられようか。

 ソニーで盛り上がる彼らは置いておき、私はくるりとカウンターを向き直ると、御仁に尋ねた。

「あなたは、臭いの強い食べ物がお好きなんですね」

 先程おかみさんが仰ったことを確認する。

「たいてい、うまいからな」

 彼はにんまりと笑った。ゲテモノを美味とするのは、あながち日本に限らないらしい。

「日本だと、なんがあるか?」

 彼の質問に、私は二つ例示した。

「そうですね、とりわけ納豆と『くさや』でしょうか」

「ほう、どっちが強烈なんだ」

 私は考えてから、

「くさやでしょうね」

 と答えた。

「なにせ、マンションなどの集合住宅で焼くと全部屋から苦情が来るといいますから」

 勿論、冗談めかした誇張表現だが御仁は目を輝かせた。私の例えだが、まるで都会の木にオオクワガタを見つけた少年のよう。

「それは何の食べ物なんだ?」

「簡単にいうと魚の干物です」

「へぇ、魚か。シュールストレミングは食ったことあるけどな」

 会話をしていると、おかみさんは機嫌を損ねてしまった。

「ちょっとお客さん、やめてくれよ。この人、ほんとに手に入れちまうんだからさ」

 彼女はへそを曲げて厨房へ戻っていった。

 でも、バツの悪さを感じたのは一瞬だけ。

 というのも、

「大丈夫だよ。美味けりゃ文句言わねえんだ」

 と彼がこっそり言葉をかけてくれたからだ。

 私は店主としばらく話をしたのちに、カウンターを離れ、ソニーやVHS達と陽気に語らった。

 そう。翌日、ライン川近くで飲んだコーヒーが風雅だったのは彼らのお陰だ。

 十四年前、私はドイツを旅していた。

 御仁とは今でも文通をするし、時々電話をする。メールやSNSでもいいが、彼はそれらに関する情報は教えてくれない。電話番号も店の固定電話のものだから、声を出して話すしかない。

 そうそう、一つ言い忘れていたことがあった。

 あの旅行の後のこと。確か日本から電話をかけ、当時のことを懐かしく語らったときに御仁は、

「あぁ、あの『悪魔喰らい』のときか」

 と仰った。

 初出の単語に私が戸惑うと彼は説明してくれた。

「なぁに。悪魔が我々を怒らせたり悲しませたり、そういうことをするならば、食ってしまえばこっちのもんだからよ。そうだろ? 真似すんなよ。俺が考えた言葉だからよ」

 彼が電話先で豪快に笑ったあと、おそらく奥のおかみさんに何か言われたのだろう。慌てるように彼は電話を切った。

 まだ色々な問題のせいで自由に旅行をすることもできない。

 それでも、あらゆる雲が晴れたら私はドイツへ行くだろう。

 取らぬ狸の皮算用というわけでもないが、次の旅行に何を携えていこうかと私はよく空想がてらに考えている。

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