第49話 二人だけの休日出勤
その日、オフィスの中は私と剛さんの二人だけ。
それはそうだよ。12月の土曜日。会社自体は本来はお休み。
現場の作業はなかったのだけど、今月頭に終わった大きな工事の報告書のチェックや経費の入力を済ませておかないと、年末の処理に差し支えてしまう。その工事のためにみんな休出もしてくれた。だからみんな休んでほしいって剛さんが今日の工事は全部ストップをかけていた。
剛さんは一人で休日出勤すればいいと言ってくれていたけれど、本来その伝票の打ち込みは私のお仕事。
夫婦二人で一つのオフィスに出勤だなんて誤解されてしまいそうなシチュエーションだけど、本当に真面目に二人で出勤して、手分けをしてそれぞれの仕事を済ませていく。
工事の竣工状況の確認と請求書との金額の突合せを剛さんがしてくれて、私はそのチェックが終わったものをパソコンで入力していく。
「ひな、チェックは終わったから入力終わったら先帰っていていいぞ?」
「剛さん、ここはお家じゃないのですから、名前呼び禁止です」
「そっか。星野さんだって同じこと言ってるじゃないか。双方相打ちだな」
「いけない、私ったら……」
同じ部署に二人も坂田がいたらややこしいから、私の名札はまだ星野陽咲のままにしてもらっている。
入社したばかりの頃は、いろいろ声もかけられたっけ。傷病者採用だって分かっているはずなのに、そんなに私ってよさそうに映るのかなぁ……。
だからね、私思わず言っちゃったの。
「結婚したい人がいます。その人は私に命を分けてくれたんです」と。
それからはもう大変。「誰だ、そんな幸せなやつは!?」ってね。
でも、剛さんのことをみんな忘れていたみたい。2年前、骨髄移植の
私が新入社員になって半年後、剛さんが課長さんにお話をしてくれて、それを聞き耳立てていたみんなが事実を知って。
本当は二人だけの結婚式のはずが、挙式当日の朝にこの技術課全員がお休みを出して作業着姿で教会に駆け付けてくれた。あとで二人で人事課にお詫びに行ったんだけど、みんな笑いながらおめでとうって言ってくれた。
「星野さん……。終わった?」
伝票の入力をしながら、これまでの事を思い出していると、剛さんがあったかいココアの缶と近所のお弁当屋さんの袋を持ってきてくれていた。
「はい。大方片付きました。他にお手伝いできることありませんか?」
「そっか。本当に悪かったな。ちゃんと休日出勤の報告は出しておくから。キリのいいところで上がっていいぞ」
二人でのり弁をつつきながら、作業の進捗の確認と報告。
「坂田さんはどうします?」
「俺は1か所だけ、現地確認しなきゃならないところが見つかったから、それを確認したら帰るよ。そんなに遅くなることはないと思う。一緒に帰れなくてごめんな。夕飯には着くようにするから」
「いいえ、お仕事ですもん。12月のビルの上寒いですから、気を付けて帰ってきてくださいね」
「まったく。雨の中でずぶ濡れでビルの屋上だなんて、工事関係者だって嫌がるのにさ。あんな経験、もうさせないから……」
剛さんの顔がゆがむ。あの時は本気で心配して私の事を探し出してくれたのだから……。
「分かってます。もうしようとも思いません。では、片付けしたら上がりますね。お昼、ごちそうさまでした」
剛さんが、作業着に着替えて出る準備をしているのを横目に、私も机の上を片付けて先にお家に帰ることにした。
でもね、まさかこの後にあんなことが待っていたなんて、私たち二人とも予想することなんかなかったんだよ……。
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