第46話 一度だけ夢を見たかったんです…




 お店を出て、やはり11月ともなるとすっかり暗くなって北風が冷たい。私たちが普段暮らしている地域に比べてもそれは顕著に感じた。


 すぐそばにあるスーパーに入ってホッとする。食料品売場で三人分の朝食の材料を選んで外に出る。


「俺が持って行くから、ひなはちゃんと着ていろ」


「ありがとうございます」


 ビニール袋を持って二人で歩く。地元での私たち二人にはいつもの光景になったけど、私は別の緊張が解けなかった。


「地元だと……、いろいろあるもんな」


「剛さん……」


 もう、この人はなんでこんなに気がつくんだろう。他の人には隠し通せても、私の旦那さまには通用しない。


  剛さんに隠し事はしたくない。


「ちょっと……、お散歩ついでに寄り道をしてもいいですか?」


「おぅ」


 来た道の曲がり角を通り過ぎて、駅からの大通りに出る。その通りを駅方面とは反対側に歩くと、その場所に着く。


「この公園は、思い出がいっぱいなんです」


「そうなんだ。古そうな建物だな」


「はい。昔の学校跡なんだそうです。今は市の施設になっていて、図書館なども入っているんですよ」


 それ以外にも教室の部分などは貸し出し可能で、稽古事やサークル活動などでもよく利用されている。決して近代的で便利な設備の整った建物ではないけれど、私はこの校舎と併設の公園を散歩することが当時の息抜きだった。


 外が暗くなっているので、明るい部屋の中からは中庭に出た私たちに気づく人はいないだろう。


「剛さん、一緒にダンス踊ってくれませんか?」


「ん? 俺は初心者だぞ?」


「大丈夫です、フォローします」


 ベンチの上に荷物を置いて、剛さんの手を取る。


 どこかの部屋の窓から流れてくるピアノの曲をバックに、ゆっくりとステップを踏んでいく。


「ひな、上手だな。普通に特技として書けるほどじゃないか」


「外国語を担当された先生が教えて下って。本当は……、中学生くらいから踊れたんです。でも、私とペアを組んでくれる人は学校ではいませんでした。仕方ないですよ、あんな噂が立ってしまえばみんな敬遠します」


 そう、仕方ないこと。私のことを好きになってはいけない。周囲もそうだったし、自分でも後で別れを持ち出されることが分かっていたから。


 一番角が立たない「病気の子と付き合っても大変だよ」とお断りさせてもらった。


「俺にも、最初は拒否しようとしたもんな」


「はい。でも、剛さんのとき、本当に悩みました。結局、私は自分に負けてしまったんです。突き返されて傷ついてもいい。でも、笑ってカードを受け取って貰えました。一緒に歩いてくれました。私はあの夜を今でも覚えています」


「負けてよかったんじゃないか」


「はい。それでよかったんですね」


 あの日は、剛さんとの電話を切った後も興奮して寝付けなかった。自分のタブーを破ってしまった。きっとすぐに泣くことになるだろう。



 それでも、消えてしまう前の最後に1回だけ夢を見たかったの……。



 そう、今の私はその夢の続きを見ている。夢じゃないと剛さんには怒られてしまうけれど、あの当時の私には、今のこんな毎日は本当に夢でしかなったのだからね……。



 ピアノの曲が終わり 私は剛さんの胸に顔を埋めた。


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