第45話 話しておくって大事なことなんだね
剛さんは恭子さんが会計を済ませてお店の外に出ていくのを確認するまで、警戒態勢を解くことはなかった。
「俺の地元ではないから油断した。まさかあいつがこんなところにいるとは思わなかった。申し訳ない」
「大丈夫です。私は何を言われても平気ですから……」
本当に、剛さんに責任はないよ。私が家から近いという理由でここに入ったというだけなのだから。
「ごめんな。俺がついていながら」
食事が運ばれてきて、ようやくその騒ぎも落ち着いた。
「あのくらい、私にとってはへっちゃらですよ。それよりも剛さんが心配でした」
剛さんにとって、恭子さんは昔の交際相手だもの。普通だったら「昔のよしみ」とかで穏やかに終わるはず。
それが一触即発の直前まで行ってしまった。
「俺一人だったら爆発してたかもしれないな。危ない危ない」
それは、剛さんがよく言ってくれる「昔の事よりこれから」というポリシーを剛さん自身が守っていることに他ならない。
昔の恋人よりも、今の家族である私の事を全力で守ってくれた。それは私も間違いなく感じられたし、恭子さんも感じ取れたのだと思う。
剛さんは私の知らなかった学生時代を話してくれた。
よく言われている、バイトに精を出す大学生の姿とは反対で、いつもレポートの作成などで図書館や研究室にいたから、ほとんど遊べる時間は無かったそう。
さっきの恭子さんは最初は学科のクラスメイトだったそうだけど、そのうちに彼女からのアプローチでお付き合いが始まったということ。
たまの休みには遊園地なども行っていたし、二人が交際していたことも周囲は知っていたらしい。それなのに、剛さんには詳しい理由を話さずに突然海外留学を持ち出して離れていったそうだ。
「もしかしたら、あの方は剛さんと別れたと思っていなかったのかもしれませんね」
でも、それなら尚更きちんと話をしておく必要はあったと思う。
私の治療の時間、剛さんは私に「必ず待っている」と約束してくれたし、私も「結果はどうであれ帰ってくる」と告げていた。だから、その言葉をお守りとして私は治療に専念することができたんだよ。
「そうかもな。そうだとしても、もう俺には陽咲がいる。何を言っても後のまつりだ」
同じ女性として気の毒な話かもしれなかった。この剛さんだもん。きっと学生時代も大切な人を思いやれる大人な男性だったんだと思う。私も人を好きになって心を通わせることが出切るようになったのは、剛さんだったからだもの。
恭子さんには、ちゃんと彼女を一番に思ってくれる男性が現れてほしい。私は偶然にもそのチャンスをもらった。人を愛して一緒に生きていくことの本当の尊さを知らないのは気の毒だと思うから。
「まったく、ひなは優しいなぁ」
ようやく剛さんが笑ってくれた。
ううん。今の私がこう思えるのも、この人の努力をもらえたからだよ。もとから私が強かったわけじゃないのだから。
「帰りにそこのスーパー寄ってもいいですか? 明日の朝ご飯の用意買って帰ります」
「それでこっちにしたのか?」
「はぃ」
本当はね……、いろいろあるけど、剛さんにはこれ以上迷惑をかけられない。
去年の誕生日に買ってもらった腕時計を見ると6時半を回ったところだった。
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