第44話 剛さんの過去の人
「お二人ですか? 窓際のお席にどうぞ」
土曜日の夕方だけど、まだ本格的な食事時間には早かったおかげで、店内はまだ余裕があった。
「好きなもの頼んでいいぞ」
「私がお願いしたんです。ここは持ちます」
共働きの私たちだから、基本的には生活費は剛さん、食費については私というのがパターンだけど、色々理由をつけて崩れることも多い。
それぞれオーダーを入れて、一息をついたときにそれは始まってしまった。
「ちょっとごめんなさい?」
剛さんがお手洗いに立っている時、その場所に一人の女性が座ってきた。
「はい?」
私よりも年上で、剛さんと同じくらいだろうか。化粧もアクセサリーも決まっていて、大人の女性でキャリアウーマンというイメージ。
ただ、この瞬間的に覚ってしまったのは、あまり自分の得意な相手ではないなということ。
「あなたと剛とはどんな関係?」
「えっ?」
「だから、坂田剛とはどういう関係にあるの?」
「あの……、剛さんは私の主人ですけど」
ここで隠しても仕方ない。事実を告げるだけなんだけど。
「へぇ、剛もこんな子と一緒なんだ。なんか訳ありそうじゃない?」
彼女は私を穴が開くほど見つめた。
自分でも分かってる。
剛さんと同年代、いや自分の同級生と比べたって私は幼く見えるし、お化粧だってお世辞にも上手くない。
目の前の女性と並んだときに、どっちが見栄えするかは、最初から勝負にならないことくらいは。
「いえ……」
「どうしたんだ?」
そこに、剛さんが戻ってきてくれた。
「伏見……、なんでここにいるんだ?」
ここまできて、ようやくこの状況を理解した。
剛さんが今の会社に就職を決めた頃に海外留学。その後あちらで卒業と就職もして、今は外資系企業にいること。
「日本での勤務になって、戻ってきたところ。また明日には東京に戻るわ。それよりも」
恭子さんは私を見た。
「剛ともあろう人が、なんでこんな子を選んだの? 私というものがありながら? それともこの子に手を出して責任取らされたとか?」
ああ、やっぱり事情を知らなければそういうふうに見られちゃうんだ……。仕方ないよ。実年齢以上に離れて見えるのは事実だし。
視線を下ろして、我慢タイムに入ろうかと思ったとき、隣から震える声がした。
「陽咲を……、そんなふうにしか見られないのか。見損なったぞ」
「だって、こんな子より、私の方が剛のために役に立てると思わない? お金だって、仕事だって剛のことくらいすぐに紹介できるんだから」
「恭子、用はそれだけか?」
剛さんの拳が震えている。本気で怒っている。私はその拳に手を添えた。
「やめて剛さん。私は何を言われても平気」
「いいか、これ以上陽咲のことを悪く言うなら、俺は許さねえぞ」
レストランの中だから声を殺しているだけに、余計に凄みがあった。
「お前には、役に立つとか外面のスペックだけで人を判断する癖がある。俺はとっくの昔にそんな考えは捨てている。そんなことより、俺は一緒にいることが安心できる陽咲を俺が選んだんだ。見た目なんかで判断されちゃたまんねぇ」
「今からだって遅くないじゃない。離婚のひとつぐらい……」
「もう一度言うぞ、陽咲には俺からプロポーズしたんだ。何度も頼み込んでな。お前が陽咲を貶すなら、それはお前が俺を侮辱しているのと同じだ。俺なんかより頭の悪いお前じゃあるまい。分かったら俺たちのテーブルから離れろ」
僅か数分のやり取りなのに、長く感じた。
「分かったわよ。いつか剛に見せつけてやるんだから、その時に泣きついたって遅いから」
「俺はそんなことはしない。二度と俺たちの前にそんな顔出すな。他人の幸せに踏み込むのは重罪だぞ」
再び、席には私たち二人だけに戻った。
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