第37話 最初から決まっていたなんて




 あの衝撃の入社式から半年後、秋になって、俺は陽咲を新入社員として軌道に載せた頃に課長と話をした。


 さすがに彼女の身体を知っている俺だ。陽咲には研修以外には現場に回るようには言わず、スケジュール管理など事務処理や顧客対応を任せていた。


 小柄で可愛らしい風貌だけでなく、何事も一生懸命の彼女はすぐに技術課の人気者になっていた。何人かがアタックを仕掛けたらしいが、もちろん撃沈したそうだ。


 ところが、彼女の天然ぶりで「相手は命の恩人」と発言したおかげで、その人物探しが始まった頃だった。


 彼女に言わせれば、俺も候補に上がっていたらしいが、本気にされることはなかったらしい。


「あぁ、陽咲ちゃんな?」


 今では課長までちゃん付けだ。まったく。陽咲自身、それを喜んで受けているから問題にはなってないが……。


「やっぱり剛ちゃんと続いてたんだな。良かったよ」


「はい?」


 拍子抜けだ。課長はニヤリと笑って伝票を打ち込んでいる陽咲を呼んだ。


「えー、坂田さんもどうしたんですか?」


「陽咲ちゃんだって、そのうち坂田さんだろ?」


「は、あいぃ……」


 真っ赤になって頷く彼女。


 考えてみれば、二人揃って住所を同じところに変更したんだ。管理部門にはバレバレの話じゃないか。


 ところが、事はもっと前から進んでいた。


「剛ちゃん、不思議じゃないか? 陽咲ちゃんがウチに配属されて」


「そりゃそうです。昔は男所帯でしたからね」


「まぁ、彼女が実績を作ってくれたんで、来年も女性社員を入れてくれるそうなんだが。彼女は採用枠は違って、最初から剛ちゃんの部下を条件で採用したのさ」


「なんですかそりゃ?」


「坂田さん、私、傷病者採用なんです」


 そうだ、いつか聞こうと思っていて、忙しさで忘れていた。


 会社の制度にそういうものがあるとは知っていたし、車イスとか病気などのハンディキャップを持っていても、普通に溶け込んで一緒に仕事をしているのは、このグループ会社では日常的な光景だ。


「そっか。俺にはそういうとこ見せないもんな」


 陽咲は、それまでの難病から認定を受けていた。それを使ったのか。


「陽咲ちゃんの書類見せてもらって、面接もしたよ。命を分けてくれた人に恩返ししたいってな。だから、その本人に任せることにしたのさ。いつかこういう報告が来るのも予想してたよ。無事にいってホッとしたよ」


「じゃあ、課長はそれを知ってて、俺を入社式に?」


「あれは本当のトラブルさ。黙っておいたのは、人事部と俺と陽咲ちゃんの作戦な」


「ひでぇ。陽咲、俺を騙したなぁ?」


「ご、ごめんなさいぃ」


 首をすくめる陽咲。その仕草はいつも俺の怒る気を削いでしまう。


「剛ちゃん、いや坂田。星野さんはお前をたった一人の先輩として頼って入ってきたんだ。これからも頼むぞ」


「は、はい!」


「そして、幸せにしてやってくれ。面接のあと、人事の役員全員もらい泣きだ。みんな喜ぶよ」


 この日から、一緒に会社を出て帰ることにした。


 トラブルを避けてこれまでは別々に出ていたけれど、この話は瞬く間に全社に広まったわけで……。


 あの会議室に聞き耳をたてていた連中め……。課長の最後の一言で事態が決定的になったと、午後は大変なことになったけど……。


「あーあ、一時はどうなるかと思ったぜ」


「もう、これで終わりですね」


 初めて同じ電車で帰る。これはこれで新鮮だ。


「まだ残ってるぞ」


「何かありましたっけ?」


「教会どうすんだ?」


「はい。報告に行ってきます」


 結局、俺たちはそのままの足であの教会に向かった。

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