第38話 おいおい、みんな大丈夫なのか?




「お二人がお揃いでいらしたので、本当に嬉しかったですよ」


 あの日、帰りがけだったシスターは先に走り込んできた陽咲に驚いた。


 俺たちの経緯を知っているから、隠し事もない。


 無事に病気も克服し、全ての条件をクリアした上での正式な申し込みをしたいと話せるようになったのだから。


 ここで挙式をすることには全く異論はなかったのだけど、やはりここでも日程で頭を悩ませる。


「出来ることならあの日にしたいんです」


「ひな、無茶だろ。教会のイブは忙しいぜ?」


 俺たちがここに初めて訪れたのは、4年前の12月24日。あの日の夢を叶えたいと。


 結婚式場にあるチャペルとは話が違う。正規の教会であればクリスマスは重要な1日のはず。


「……分かりました。陽咲さんの一生に一回の夢でしたものね。その代わりに、お二人にもお手伝いをお願いできますか?」


 少し考えたシスターは朝一番に予定を空けてくれた。


 その代わり、式が終わったら俺たちもクリスマスの準備を手伝う条件で。


 そんな日取りだから、参列者も親だけで披露宴も無し。どうせ同じ社内だ、会社の方はあとでどうにでもなる。




 本当に質素に執り行う予定だった俺たちの式。ちょうどいい練習だと、シスターは聖歌隊を用意してくれていた。彼女たちに挨拶をして控室を出る。


「剛ちゃん、来たぞ!」


「お前らどうして?」


「あれぇ?」


 チャペルの扉の前。そこには見慣れた顔が並んでいた。しかも作業着姿のメンバーまで混じって。


「えっ? 今日はみんな仕事ですよ?」


「課長を締め上げたら、今日だって言うじゃん。そんな日に仕事なんかしてられるか?!」


「陽咲ちゃんのドレスは今日しか拝めないんだぜ?」


「あーあ。あとで怒られますよ?」


「大丈夫だ。陽咲ちゃんはウチでも別格だ。人事部長が見届けてこいとさ」


 同じく作業着姿の課長も笑っていた。課員全員が当日に突然休暇を出したなど、きっと前代未聞の騒ぎになっているに違いない。


「仕方ない。あとで俺と陽咲で謝りにいきます」


「ですね」


「さぁ、では始めましょうか」


 真紅のバージンロードに映える、真っ白なウェディングドレスは、陽咲の母親が作ってくれた。一時退院したときに採寸してくれたそうだ。


 二人でその上を歩きながら、これまでの日々を思い出す。


 嬉しいこと、絶望するほど悲しいことも。


 周りから見たら焦れったいほど遅すぎる歩みだったかもしれない。俺たちはこれからもきっとそのままだ。焦る話じゃない。


「緊張してるか?」


「いいえ。もう、あなたの隣です。あの日、呼び止めた時と比べれば全然違います」


 誓いを終えて退場した時、陽咲は目をつぶって懸命に涙を堪えていた。


「大丈夫か?」


「はい。剛さん?」


「なんだ?」


「今日から会社の外では坂田陽咲になりました。よろしくお願いします」


 同じ部署に坂田が二人もいるのは何かと面倒だと、社内ではこれからも旧姓を使うという。


 俺を見上げたつぶらな瞳。これをいつまでも守らなくては。


「ずっと、離さないからな?」


「はい! どこにも行きません」


 両手でブーケを持って、俺の花嫁はニッコリと頷いた。


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