第24話 時間が欲しいよ!




 二か月後、幸いなことに陽咲は退院できた。


 今回は症状が落ち着いている間の一時的なことだった。病院を離れる前に、俺たちは主治医と四人で話をした。


 陽咲を助けるための条件。そして、代わりの治療に入らなければならない時期の限界。


 このままならば、来年の春には治療に入らなければならないこと。




 三人で陽咲の部屋に戻り、ささやかな退院祝いをした。


「本当に、ありがとうございました。坂田さんがいたから陽咲も頑張れたと思いました。本当にあんなに治療に積極的な陽咲は初めてでした」


 すっかり打ち解けた彼女の母親、めぐみが微笑む。


 もちろん、ただ入院で寝ていた訳ではなかった。薬の副作用に対するリハビリと検査の繰り返し。決して楽な日々ではなかったし、俺が見ていても、採血管に何本もサンプルを抜かれ、検査結果に一喜一憂し、苦痛に歯を食いしばる陽咲の姿に正直『もういい、よく頑張った』と叫びたい時もあった。


「剛さんとまたデートと……もするんです!」


 恥ずかしそうに顔を赤らめる陽咲は、これまでとは違って見えた。




 その頃には、俺の陽咲のイメージは当初とは正反対になっていた。


 あんな思いをしていても、それをおくびにも出さなかった。恋愛恐怖症の原因も十分すぎるほど分かった。それなのに、自分を突き破って俺に声をかけてくれた陽咲。とてつもなく強い女性だった。






「私、どうすればいいのか分からないよ!」


 食事のあと、陽咲は突然泣き出した。


「あと5年しかない私に、2年は長いよ。でも、なにもしなければあと1年でしょ?」


 もう、隠し事もない。俺たちはタイムリミットを突きつけられている。


 残念ながら、まだ彼女と適合する提供者ドナーは見つかっていない。


 以前は母親への負担を考え、延命治療を拒否していた陽咲。それが最近は揺らいでいるという。


 「剛さんと少しでも一緒にいたい」が彼女の口癖になっていた。問題は、それをいつにするか。短くても今を選ぶのか、2年後の残り3年間にするのか。


 誰も答えを出せずにいた。


「私だって、もっと生きていたいよ。剛さんがいてくれるんだもん。デートして、結婚して、夫婦って呼ばれて、子供だって欲しいよ! それが叶わないなら…、2年の先にもっと時間が欲しいよぉ……!!」


 後に恵に聞いたところでは、これほど本心をむき出しにした陽咲は初めてだと言った。


 女の子か普通に望んで得ることができる幸せを、陽咲は選択しなければならない。


「ひなちゃん、結婚しないか?」


「えっ?」


 唐突に、俺はそれを口にした。


「家族なら、治療中も面会できるんだろ?」


 問題はそこだった。


 治療は無菌病棟というところで行われる。外部から遮断され、患者の外出はおろか、家族以外の面会も許可されない。患者の抵抗力がほとんどなくなってしまうためにやむを得ない。





「剛さん、ありがとう。気持ち本当に嬉しい。それは、私が元気でずっと剛さんのそばにいられると分かってからでも、遅くないよ」


「ひなちゃん……」


 長い沈黙のあと、陽咲は自分で決断した。


「初めてもらったプロポーズを忘れていません……。私、それを信じて頑張れる。待っていてもらえますか?」


 俺が帰ったあと、陽咲は母親の胸のなかで号泣したという。



「私、どこまで出来るか自信がないよ」


「坂田さんが、ああ言ってくださるなら。陽咲、お母さんも陽咲を応援する」


「うん。出来損ないの娘でごめんね」


「バカねお前は!」


 翌日、陽咲は自ら病院を訪れ決意を伝えた。


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