第25話 何かある12月24日…
12月。今年もその時期が来た。
俺たちはそれまでと変えることなく過ごしてきた。
あれから、幸いなことに陽咲は元気でいてくれた。
来年の春には、陽咲はこの土地を離れて、治療に入る。
転院に不安もあるけれど彼女の主治医も全力を尽くすために、病院を移るとの事。
今年もあの教会に訪れるつもりだった。
今年、俺は陽咲の誕生日と翌日に休暇を取った。何か言われることは覚悟の上だ。それでも彼女との時間を過ごしたかった。
去年と同じようにプレゼントを一緒に選んで包んでもらい、陽咲の部屋に置いて当日に向けて準備した。
「剛さん、しばらくお預けになっちゃうから、今年は甘えます」
「もちろんだ。どこまでやるか?」
「えー、そっちですか?」
今でも身体の関係は大きく進めていない。それは彼女が帰ってきてからで十分間に合う。
他愛ない会話で準備して迎えた12月24日。
陽咲が再び姿を消した。
慌てて実家に連絡をしたが、戻ってはいないという。
俺は実家の恵に許可をもらい、封筒に入っていた陽咲の部屋の合鍵を初めて使うことにした。何かあったときにと渡してもらったものだ。
部屋には誰もいない。夏と違うのは部屋がきれいに片付けられていたことだ。
窓際に二人で飾り付けた小さなツリーが置かれている。その下に1通の手紙が挟んであった。一目で間違いなく陽咲の字だと分かった。
『剛さん、ごめんなさい』
そんな書き出しで始まる手紙。これまでの礼と、一緒に過ごした楽しかった思い出が綴られていた。
その一つ一つが最初で最後だと思いながら、たくさん思い出を作ってもらったことの感謝。同時にいつか消えてしまうと分かっていながら、それを言い出せなかった自分を許して欲しいと。
自分で決断した春からの治療。これが怖い。彼女にとっての2年は未知の時間。
帰ってこられるのか、自信が持てない。それならば……。
「バカ野郎!」
俺は部屋を飛び出した。
雨の町中を走り回り、二人で行った場所を見て回った。学校や病院も探したけれど、彼女の姿は見えなかった。
とんでもないクリスマスイブだ。街の中は幸せそうな空気が漂い、イルミネーションが点り始めている。
日が落ちた頃、俺はフラフラになって、昨年二人で訪れた教会に戻ってきた。陽咲の一番のお気に入りの場所だったし、彼女の職場でもある。誰かに救いを求めるなら、ここしかないと思ったからだ。
「いかがなさいました? あら陽咲さんは?」
今年も準備をしていたあのシスターが出迎えてくれた。
「彼女が、陽咲が自分を絶とうとしています。ですが、どこにいるのか分からないんです」
俺は握りしめた手紙を見せた。汗と雨にまみれ、それはもうグシャグシャになっていたけれど。
「まだ間に合います。ここにあるように、彼女は今日いっぱいどこかで貴方を待っています。それほど遠いところではないはずです。諦めてはいけませんよ」
「ですが」
「陽咲さんは、よくこちらで祈りを捧げていました。このバージンロードを貴方と歩きたいといつも話していました。必ず神様はお二人を見ています。陽咲さんを信じてあげなさい」
俺は携帯を見た。いつの間にか、いくつかのメールが入っていた。
「陽咲!」
写真つきのメールが受信されている。本文は何も書かれていない。
いま、ここにいるのか、それとも何かのヒントなのか。
ビルの屋上なのか、夜景に少しなる前の景色。
「ほら、陽咲さんは貴方に来て欲しいと願っています。彼女は待っていますよ」
どこなんだ。ビルの屋上ならいくらでもある。暗くなった今から、全てのビルを確認するのは不可能に近い。
頭を抱えながら、もう1枚の写真を見たとき、俺は頭を思いきり殴られた気がした。
携帯から撮影している景色に、ビルの保安灯が写っている。そこに『新栄システム』という表示板が見えるじゃないか。
「行ってきます!」
もう一歩も動かないと思っていた足に、再び力が戻ってきた。
「まだ十分に間に合います。お気をつけて」
俺は一度部屋に戻った。作業着を羽織ってすぐに飛び出す。車にヘルメットがあるのを確認した。よかった。昨日は現場から直帰したからこの装備がある。
クリスマスでただでさえ渋滞している道路は、おまけの交通事故も重なり、遅々として進まない。イライラしながら何度も公私共に足を運んだビルを目指した。
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