第23話 ずっと普通の女の子で…
診察室を出て、俺たちは病院の廊下で座っていた。
陽咲の母親は、付け足してくれた。
治療は、陽咲の血液のいろいろな数値を見ながら少しずつ調合された薬……、大きな括りで言えば抗癌剤を使って進行を食い止めるもの。ただしこれまで何度か薬を変えているけれど一進一退を繰り返してしまっているということ。
一度本格的な治療入院をしたら、約2年の歳月がかかり、また、無菌病棟となるため、家族以外は面会すら出来ないと。
そして、それをした場合でも、すでに余命は5年ほどと言われてしまっていると。その間に提供者が見つからなければ、陽咲の命の灯は絶えてしまう可能性が高いこと。
「余命宣告までされたのに、いつもあんなに笑って……。すごいお嬢さんだと思います」
「あの子は、私に苦労をさせないように、拒否を続けてるんです。確かに費用は掛かりますが、亡くなった主人の保険を残してあります。ただ、本人に治すための気持ちがないと、病というものはよくなりません」
そこに、陽咲が目を醒まし、容態も安定もしたので一般病室に入ったと看護師が教えてくれた。
俺たち二人の姿をみて、たちまち陽咲の顔は崩れていった。
「ごめんなさい」
「目を覚ましてくれてよかったよ」
「陽咲、本当にいい人に巡りあっていたのね」
「うん……」
俺たちはこの先の事を手短に相談した。
この週末は俺が陽咲に付き添うと。彼女の母親は一度家に帰り、娘の部屋を拠点にして、退院までの準備をしてくると。
「剛さん、ごめんなさい……」
まだいつもの顔色は完全ではないけれど、さっきの治療室よりは安心できるように戻っていた。
「私、剛さんに嘘をついていました。バチが当たって当然でした……。もう、顔を見てもらえないと覚悟は……」
「ひなちゃん、俺はお母さんとお話させてもらって、ひとつ言わなくちゃならないことがある」
「はい?」
不安げな視線を安心させてやりたい。俺は、病気の中身をすべて聞いたうえで彼女の母親に約束したことを告げた。何があろうと、陽咲に寄り添うと申し入れたことも。
「だから、その内容で心配はするな。今はまた元気になって一緒に歩き出せることだけを考えよう」
「はい……。ありがとう……ございます……」
点滴の管を付けた右手で顔をこする。
「花火大会の約束、行けませんでした……。なんとか持ってほしいと思っていたのですけれど……」
「また来年がある。その次だってある」
「でも……、私は……」
「それも理解してる。あれだけの薬も。気付いてやれなくてごめんな」
「いえ……。私に最後の勇気をくれた剛さんの前では、ずっと『普通の女の子』でいたかったんです……」
「過去形じゃない。これからもずっとだ」
「はい……。剛さんでよかった……」
夜も遅くなり、手を握ったままの陽咲は安心したように目を閉じた。
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