第22話 こんなタイミングじゃないのは分かってる




「坂田さんのことは、陽咲からよく聞いていました」


 一通り、医師から陽咲の状態を聞く。


 一時期の危ない時期は脱した。目を覚ましてさえくれれば一般病棟に移せるとも。


 陽咲の着替えや入院の身の回りの品を取りに、俺は彼女の母親を車に乗せ、一緒に部屋に戻った。


「坂田さんとお会いしてから、あの子は生まれ変わりました。なんとお礼を申し上げればよいか。ご連絡先が分からなくて、携帯の一番上にあったのに気付くまで。本当に情報をお知らせするのが遅れて失礼しました」


 促されて陽咲の部屋に入ると、ハンガーにはあの浴衣がかけてあったし、玄関には下駄が用意されていた。


 つまり陽咲自身、前日の直前まで花火大会に行くつもりで準備を進めていたことになる。




 しかし、クローゼットの中に見慣れないキャリーケースが入っていた。


「あの子、こうなることが近いと分かっていたのかもしれません」


 キャリーケースの横に、まさに今から持っていく物が全て用意されてあった。


 そして、普段は開けることのない食器棚の扉から大量の薬が出てきた。





 陽咲は血液に病気を患ってしまっていると。


「貧血症ではないですよね……」


「ええ、坂田さんも病名はご想像がつくと思います……」


「血液の病気だとすれば……白血病……ですか。陽咲さん本人はそれを知っているんですか?」


「そのとおりです。えぇ。陽咲も自分の病名は知っています」


 最近はその数値があまり良くはなく、秋には一度検査の入院を予定していたらしい。


 この街に出てきたのも、大学に通うこと以上に、陽咲の病気を担当してくれる医師を頼ってのことだったと。


「坂田さん、陽咲はこんな子なんです。あの子が初めて嬉しそうにあなたのことを話してくれた時は本当に驚きました。でも、それはこの事を言っていなかったのですね」


 難しい顔をしていた俺に、彼女は続けた。


「坂田さん、陽咲には話しておきます。まだお若いのですから、いい方を探してくださって構いませんよ」


「いや。俺は……」


 即答だった。俺は首を横に振った。その事情を知って顔をしかめていたわけじゃない。


「俺は、陽咲さんと……、陽咲と一緒にいると約束しました。例え病気でも、俺は一緒にいます。いや、こんな時にお母様の前で不謹慎かもしれませんが、陽咲さんと一緒にいさせてください」


「もしかしたら、辛いことになるかも知れませんよ? 今なら貴方が受ける傷は小さくてすむでしょうけど」


「いいんです。俺は最後までいると決めて、お嬢さんと約束しました。それがどんな結果でも受け入れる覚悟は陽咲さんから既に教えられていた気がします」


 それがいつかは分からない。それでも今の俺には陽咲の存在が必要だった。


 あの「一緒に住もうか」でやんわり断ってきた陽咲。自分の体のことを分かっていて、それでも俺を心配させないように。あの陽咲を一人置いてなんか行けない!


「坂田さん。陽咲を……あの子をお願いします」


 間違いなく陽咲の母親だった。娘と同じようにポロポロと涙を流して、頭を床まで下げた。


「あの子がどうして変わったのか、分かった気がしますよ。こんないい人を見付けていたのですね」


 荷物を積み込み、再び病院に向かう車の中で彼女は話してくれた。


 病気が分かってからというもの、陽咲は一部の例外を除いて友達を作らなくなり、先のことは考えなくなったと。


 昨年までは、自分がいなくなった後を考えて、いろいろ整理を始めていたという。


「でも、坂田さんとお会いしてから、陽咲は次の約束などを嬉しそうに話してくれました。本当に、いい方に出会えてよかった」


 病院に戻り、再び主治医の話を聞くことにした。


 陽咲の場合、薬で症状を抑えることにそろそろ限界が来ていること。


 完治させるには骨髄移植しか方法がなく、まだ提供者ドナーは見つかっていないこと。


 延命のための治療もあるものの、長期間の入院となり負担も大きいこと。また陽咲がそれを拒否していること。


「すみません」


 俺は、最後に聞いた。


「陽咲が……、今の生活を続けたら、どうなるんですか?」


「入院して、投薬治療を続けたら見込みはありますが、何もしなければ……」


「しなければ?」


「1年ほどかもしれません」


「1年……」


 それ以上、俺は声を上げることができなくなった。


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