第21話 不安と当たってほしくない予感
昨年も見た花火大会。二人でまた見に行くことを約束していた。
陽咲も楽しみにしていたようで、「今年も浴衣を着ていきます!」と張り切っていたくらいだ。
昨年、あれだけ大はしゃぎしていた。嬉しそうに潤んだ瞳で俺を見上げていた。
初めて一緒に手をつないだのが昨年の夏まつりだ。今年は何をしようかと何度も二人で考えていた。
ところが当日の朝から、ぴたりと陽咲から連絡が来なくなった。
数日前から、軽く咳をしはじめて、今日の午前中に医者に行くと言っていたので、こちらから無駄な連絡はしないようにしていた。そうだとしても毎日『おはようございます』とメッセージを送ってくるのが彼女の日常。不安が募るばかりだ。
これには思い当たる節があった。
昨夜遅く、寝静まる時間帯の住宅街に救急車のサイレンが響いた。
すぐ近くではなく、走り去っていったのを音で聞いていた。
でも、それは俺の家の方角ではなく陽咲の部屋の方ではなかったか。
昼過ぎになって、俺は陽咲の部屋に出かけた。合鍵などは持ってないけど、気になって部屋でマンジリとしていても仕方ない。
彼女の部屋はカーテンが閉まったまま。部屋のチャイムを鳴らしても返事がなかった。
やはり救急車で運ばれたのは陽咲だったのか。だとしてもあれだけいつも笑顔でいる彼女が急に運ばれるような事態になったとでも言うのだろうか。
落ち着いて考える。
昨年、陽咲は「来年も見られたら……」と言っていたことを思い出す。
つまりは、今年は見られなくなるかもしれないことを、彼女自身は予知していたというのか?
あの一泊旅行の時も言っていた。「自分は汚されてしまっている身体なのだと」
これまでのことをひとつひとつ思い出していくと、陽咲がある一線を超えないようにずっと気を付けていてくれたことに今更ながら気づく。
陽咲に万一のことがあっても、俺の傷が最小限で済むように、と。
「陽咲、どこにいる……。どうか無事でいてくれ……」
情報を得ることもなく、仕方なしに自分の部屋に戻る途中、携帯に着信が入る。公衆電話だった。
「もしもし」
『坂田剛さんでいらっしゃいますか? 星野陽咲の母親です』
「あ、どうも」
「この度はご心配をおかけして申し訳ありません……」
俺は走った。車に飛び乗り、息を整える間もなくアクセルを踏み込んで通りに飛び出した。
『陽咲が倒れました』
その言葉が頭の中で何度も繰り返し回っていた。
大学病院の入口で、その女性が待っていた。
「星野さんですか」
「娘の件で突然ご心配をおかけして申し訳ありません」
陽咲に似ている。いや、陽咲が歳を重ねていくと、このようになるのかと思う。落ち着いた女性だった。
昨夜遅く、自分で通報した救急車で運ばれて、その後意識がなくなったという。
「陽咲!」
まだ集中治療室から出てはこられない。案内されたガラス張りの部屋の中にあるベッドに、見慣れた顔がいた。いつもの顔色が無い。
あんな陽咲の姿を俺は初めて見た……。
一体、何が起こったと言うのだ。俺は横に並んで見ていた陽咲の母親に視線を移した。
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