第15話 何かあるんだな…
その間にテーブルを元の位置に戻したり食器やごみを片付けて、ふと外を見る。今朝の天気予報では、夜に崩れると出ていたからだ。
「ひなちゃん……」
「はい、なにかありましたか?」
思わず口にした名前に、後ろから返事がして振り向いた。
ライム色のふかふかで暖かそうなパジャマで、髪をタオルで拭きながら彼女が立っていた。
「ちらちら降ってきたよ」
「ホワイトクリスマスですね」
隣に並んで窓の外を見る。シャンプーのいい香りが漂う。
「もう夜中だけどな」
「あ、帰れますか? 泊まっていっても……」
「それはやめとくよ。今日はゆっくり休もう。俺も今日はプレゼント貰ったし」
「私からですか?」
「もちろん。ひなちゃんから『結婚式がしたい』って聞いたし、キスもくれたし、あだ名呼びの権利までもらった。それ以上に何がある?」
彼女が最初気にしていたように、形として残るものではない。しかしそれ以上に陽咲との交際を進めていくうえで大きな意味を持つものばかりだ。
「そ、そうですか……。あまり意識していなかったんですけど、結構頑張っちゃったんですね私」
こんな日の夜に雪が降り始めたと聞けば、世間一般で恋人と二人きりなら、喜んで一夜を明かそうとなるけれど、俺たちはもう少し先になりそうだ。慌てちゃいけない。
「来年は一緒の夜を過ごせるようになりたいです」
「正月の初詣でお祈りするか?」
「一緒に行ってくれますか?」
「当たり前だろ! 俺が他に誰と一緒に行くんだ?」
「私だって一緒に行ってくれる相手なんか剛さん以外にいません。じゃ、その時にお祈りします!」
頭に手を乗せて、無邪気に喜ぶ顔を見ていると、陽咲はぎゅっと抱き付いてきた。
「さっきはごめんさい。私ももう少し頑張りたかったです」
「いいんだ。ちゃんと修正して俺たちらしく、よくできたじゃないか」
テレビの番組が、イブの夜が更けたことを告げた。
「あの、傘をどうぞ。あと、おやすみなさいのキスして下さい」
玄関でビニール傘を渡してくれた後、陽咲が寂しそうにねだってきた。
「早く寝ないと、ひなちゃんところにサンタが来ないぞ?」
「いいえ。素敵なサンタさんが来てくれました。この気持ちのまま休みます」
名残惜しく、時間をたっぷりかけて、陽咲の唇とお互いの体温を交換し合った。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
陽咲からはドアを閉めないので、俺が扉を閉める。カチャリと鍵をかける音がした。
階段を降りて、部屋の前側に回ると、カーテンのすき間から彼女が外を見ている。
お互いに手を振り終わると部屋の灯りが消えた。
雪はちらちら舞っているが、積もるほどでは無さそうだ。
借りた傘をさしてみる。普通のビニ傘だと思ったら、夏の遊園地で夕立に降られてしまった時に二人で買ったドット柄の傘だ。どこも痛みがないので、きちんと干して保管してあったのか。
部屋に帰ると、陽咲から「サンタさん、今日はありがとうございました。おやすみなさい」とメッセージが入っている。
それに返事を返してやりながら、今日を回想してみる。
「なんかあるんだな」
分かっている。あの取り乱しと震えていた陽咲の様子は過去に相当なことが彼女を傷つけのだと。そんな経験もない俺ですら直感が告げてくる。
気持ちの中では、もっと先に進みたい。しかし、体がそのトラウマを引きずって拒否していた。心と体が駆け引きをする状態。
そんな陽咲には、心の底から笑顔になってほしい。
俺の頭の中は、その願い事をする初詣の場所を探すことでいっぱいになっていた。
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