第16話 あれから1年経つんだよね
カレンダーの写真が雪景色から花一面になった頃、俺は陽咲と一つの約束をした。
「一緒に旅行に行こう」
最初は迷っていたような陽咲も、日付を伝えると、目を輝かせた。
「行きます!」
俺たちがブツブツ文句を言いながら会場の隅で飯を共にし、帰り際に震える手で名前を交換した日だ。
もともと、何かの記念日にはしようと思っていた。
年が明けてからも、俺たちは陽咲の気持ちと相談しながら、少しずつ距離を縮めていった。
そして、とうとうこの日にぶつけてみることにした。旅行と言っても日帰りではない。
一泊、初めて一緒の部屋で夜を過ごすことになる。旅館ならば俺たちのワンルームとは違い布団を離すことも可能なところにしておく必要がある。
もちろん、陽咲と相談もした。
「行きましょう。私もなにか出来ないか考えていました」
二人で考えて、ある小さな旅館を選んだ。
部屋から海が見えて、部屋に露天風呂があって、さらにその部屋がそれぞれ離れになっていると。
当日の朝、俺は陽咲の部屋に迎えに行くと、彼女はあの服装で待っていてくれた。
そう、出会った翌日に一緒にテレビを買いに行った時の装いで。
「車だって聞いてましたし、剛さん、この服装好きみたいですから」
「あの時はなんとか堪えたけど、今じゃ襲われても知らないぞ?」
「わざと選んだんです。剛さんがそんなことをする方ではないって分かっていますから」
いたずらっ子のような目で返す陽咲。
「緊張してるか?」
「はい、ちょっと。こういうの初めてなんです。でも楽しみの方が勝ってます」
この年明けに、俺は小さい中古だけど車を買った。陽咲と二人で動くときに何かと便利だからだ。
今日もお互いに荷物はキャリーケースが1つずつ。後部座席に積み込んで、朝の街を出発した。
幸いに渋滞にはまることもなく、最初に遊ぶことにしていた海岸に到着した。
「海に来るの久しぶりです」
「そうかー、俺はこの間は海が見えるビルが現場だったな」
「そうなんですか?」
「ほら、駅前にショッピングゾーンが改装中のビルがあったろ?」
「はい。一番背の高いビルですよね」
何度か二人で買い物に出掛けたこともある。下の階層はショッピングモールになっていて、陽咲と服を見付けたり、食事をしたりと馴染みの場所だ。
「でも、あそこって海が見えましたっけ?」
「俺の仕事は屋上とかだからな。あれ、上の階の反対側は見えるんだよ。夜景が綺麗でな。オフィスだけなんてもったいないよな。ひなちゃんに見せてやりたいくらいだ」
砂浜で貝殻を拾ったり、裏手にある広場で陽咲が作ってくれた弁当で昼食にしたり、春の日差しを満喫した。
「そろそろ行くか?」
「はいっ」
チェックインができる時間になって、俺たちは車を宿に向けた。
山の中腹にある旅館は、周りも静かでゆっくりと時間が流れていそうな雰囲気。
純和風の館内を仲居さんに案内してもらい、部屋に入った。
「すごぉい。海も見えます」
一番奥まった部屋で、主に夫婦や俺たちのような二人連れに人気のある部屋だとか。
部屋付きの露天風呂の使い方を教えてもらい、夕食まではフリーの時間になった。
「お茶ですよぉ」
テーブルに並べてくれたお茶と、車の中で残ったお菓子を食べながら、二人で海を眺めていた。
「ひなちゃん、怖いか?」
「ううん。ちょっと緊張してるけど、大丈夫です」
夕食まではまだしばらくあるし、さっき準備を始めた個別露天風呂にお湯が溜まるまではもう少しかかる。
俺は隣に座る陽咲を抱き寄せた。
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