第13話 そんなつもりなんかじゃない!




「もちろん、まだ先のことだとは分かっています。でも、あのシスターの雰囲気に飲まれてしまって、思わず『今ここで聞かなくちゃ』って口から出てしまって……」


 陽咲の部屋に戻ってから一緒にケーキと食事を食べ、片付けを終えてからテーブルを挟んで腰を下ろして向かい合う。


「ん?」


「私の場合、ずっと普通の恋ができませんでした。憧れはあっても諦めていて。あんなこと言えたの、私だって初めてなんですよ」


「そう思えるようになったんだな。頑張ったじゃないか」


 今年の春に陽咲に出会ってから、本当にゆっくりと進んできた。


 今日の誕生日で19歳。本当に俺と交際してくれるにはもったいないほどのいい娘だと思う。


 彼女の言う過去に何があったのかは分からない。


 ただ、生きることに不器用なんだ。


 そんな彼女が、初めて「結婚式」という言葉を自ら口にした。まだまだそこにたどり着くまでは相当な時間が必要だとは思う。


「あの教会で、隣に居てくれるのが、剛さんだといいなって思えるようになりました。今年の誕生日は特別な日になりそうです」


「そうか。それはよかった」


 クリスマスは、先週の外出先で色違いのマフラーを買ってお互いのプレゼントにした。


 このあとは陽咲だけの日にしてやらなくてはならない。


 部屋のすみに置いてあった鞄から、小さな包みを出して陽咲の手の上に載せてやる。


「はい、これ。いつも世話になっているお礼として受け取ってもらえないだろうか? ……いや、それでも、勝手に選んだから、喜んでもらえるか分からないんだけどさ……」


 彼女は渡された袋を丁寧に開けた。


「これ……」


「ちょっと子供っぽかったかなぁ」


「駄目ですよ。こんなに高価なものを……」


「陽咲ちゃんにつけてほしくてさ。衝動買いに近かったなぁ」


 ハートとクローバーを組み合わせたモチーフのネックレス。


 なかなか気に入ったものが見付からなかった。先週の金曜日にようやく見つけ、昨日の夜手元に届いた。


「その……、ピンクの石を入れてもらうのに、時間かかっちゃってさ。間に合ってよかったよ」


 本当なら誕生石を入れたかったけど、陽咲が好きな色がなく、店のスタッフと相談しながらとなり、デザインも一部変えたりと、ほぼオーダーメイドになった。


「ありがとうございます。こんなに素敵なの初めて。つけてもいいですか?」


「もちろん」


 ホワイトゴールドのアクセサリーは、色白の陽咲の胸元で違和感なく収まった。


「よかった。よく似合うよ」


「一生の宝物にします」


 熱く溢れてくるものを抑えきれずに、俺の前に座った。


「剛さん、目をつぶっていてもらえますか?」


 言われたとおりにする。


 気配で、陽咲の顔が近くに来たのが分かった。


「上手じゃなくてごめんなさい」


 耳元で囁いたあと、俺の唇に柔らかい感触が重なった。


 まだすすり上げている中で、涙の味がする。


「陽咲ちゃん」


「初めてじゃなくてごめんなさい。でも、キスってこんなに幸せな気持ちでするんですね。それは初めて知りました」


 目を開けると、いつものように、真っ赤で恥ずかしそうに座っていた。


「誕生日おめでとう」


「こんなに幸せな誕生日は初めてですよぉ。こんな私が幸せになっていいんでしょうか」


 違う。こんなアクセサリーでは片付けられないほど、彼女は頑張ってきているじゃないか。


 突然、陽咲は着ていたセーターを脱ぎ始めた。


「どうした?」


「剛さんにお礼がしたいんです。でも、私に出来ることって、このくらいしか思い付かないんです」


 履いていたレース飾りのソックスとストッキングを脱いで、ブラウスのボタンに手を掛けたとき、俺もようやく我に返った。


「陽咲ちゃん落ち着け」


 ブラウスの第3ボタンまで外したところで、俺は彼女の腕をつかんだ。


「俺はそんな気持ちで陽咲ちゃんと今日を迎えようとした覚えはないぞ?」


「剛さんは、私じゃ満足できませんか?」


「そんなことじゃない!」


 仕方ない……。


 ちょっと手荒で申し訳ないけれど、カーペットの床に陽咲をゆっくり押し倒す。


 驚きと突然のことで揺れる陽咲の目を覗き込んで、俺はそのままの体勢でゆっくりと首を横に振った。


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