第11話 初めて手をつないだ日
「あの……、手を繋いでもいいですか?」
陽咲が真っ赤な顔をして聞いてきたのは、半年後の夏祭りに出掛けたとき。
浴衣を着て現れたときには驚いた。実家にお願いして送ってもらったそうだ。
いや、それを自分で着付けられるというのは陽咲の家庭的スキルは相当高いのではないかと思い直したほどだ。
「足、きつかったら言えよ?」
下駄の鼻緒と指の間が擦れてしまうと、男だって我慢できないくらい痛くなる。
「これ、昔から使ってる私の物なので、大丈夫ですよ。似合っていればよいのですが……?」
「そんなこと聞くな!」
「顔が赤いですよ? ……トライしてよかったです……」
そもそも聞く方が野暮だ。アップにしたうなじには、やはり年頃の女性の色気も感じられる。
この町の夏祭りは、神輿が出たり、盆踊り会場があったりと比較的大きい。商店街の出店も多彩で、見ているだけでも楽しい。
そんな商店街の人混みを見たときに発したのが、先のセリフだった。
立ち止まって、陽咲の顔を見つめてやる。
「本当にいいんか?」
「はい」
初めてのことに挑戦するときの俺たちの儀式と言っていい。
こくんと頷いて、おずおずと手を伸ばしてきた。
「迷子にはなりたくないです」
「そうだな。陽咲ちゃん小さいから探すの大変だし」
「ひどいですぅ!」
10年以上ぶりに食べる綿飴も子供の頃とは違った味に思えた。
時計を見ながら、高台になっている公園に移動する。
このあとの花火のために、徐々に集まってくるのだ。この時間帯に余裕を持って移動しておかないと、ギッシリで二人分の席を確保することも出来なくなってしまう。
「陽咲ちゃん、いいよ」
「ありがとうございます」
持ってきた手提げからレジャーシートを広げた。会社の倉庫の中で眠っていた古いノベルティを失敬したまでだ。暗い中じゃ柄なんて気にならないし。
「疲れたか?」
「いいえ。楽しかったです。本当に偶然からでしたけれど、剛さんに会えて良かった」
この頃には、「坂田さん」から俺の呼び方は変わっていた。
「本当に私にペースを合わせてくれて、剛さんは平気なんですか?」
陽咲だって分かってるのだろう。年頃の男女が一緒にいて約半年になる。
何も進展がなければ区切りを付けたいと言われても仕方ないだろうし、毎週のように顔を合わせているのだから、周囲と比べゆっくりだという自覚もあるのかもしれない。
言うことは厳禁だと分かっているけれど、俺だって陽咲とのことを妄想することだってある。
「俺は焦らないよ」
決めたんだ。俺の一時の欲望で陽咲を傷つけちゃいけない。
あの春の夜、俺を呼び止めてカードを差し出した手は小さく震えていた。
他人と関係を持つことに恐怖がある彼女が、自分のタブーを破ってまで奮い立たせた精一杯の勇気を無駄にしてはいけない。
「来年も一緒にこの花火が見たいです」
「見られるだろう?」
「……はい。剛さんとならできそうな気がします」
さっきより繋いでいる手に力が入る。
「私、自分に自信が持てたことなどありません。それが、剛さんとなら、自分がいてもいいんだって思えるようになったんです」
花火を見上げながら、ぽつりぽつりと話し始める。
「高校の時、周りの友達はどんどん先に行ってしまいました。地元に帰れば、今年結婚するなんて子もいます」
「それが嫌で出てきたのか?」
「いいえ。またそれとは別の理由があってのことなのですけど。ただでさえ人生の周回遅れみたいな私が一人で生活していけるのか。一人暮らしの話をしたとき、母はそちらの方が心配だったみたいです」
力強く手を握り返してやる。
「いいじゃないか。周回遅れだって。ドン尻だっていいだろ。目標を途中であきらめるのと、どれだけ時間がかかっても達成するのじゃ雲泥の差がある」
いつからこんなセリフが言えるようになったのやら、俺自身分からない。
ただ、半年で俺の中に湧いてきたのは、何かを背負ってしまっている陽咲が少しでも元気になってほしいと願う感情だ。
「今日、手を繋げました」
「あぁ」
「……なんか、呆気なかったですね。なんでこんな簡単な事が出来なかったんだろうって」
いや、そうじゃない。きっと、またありったけの勇気を振り絞ってきたはずだ。
二人で手を繋げた。陽咲の柔らかい手を握った。今日の成果は十分だ。
「きっと、キスとか……、その先も、時間かかるかもしれません。弱虫でごめんなさい」
「気にしなくていい。陽咲ちゃんは強いんだ」
「今日ので、『友達』よりちょっと先に進めたのかな?」
今の俺たちには、友達以上恋人未満。そんな言葉が一番当てはまるに違いない。
「ずっと、何年先も……。この花火を隣で見させてください……」
俺以外の男が聞いたとしても……、その一言は十分にプロポーズの台詞じゃないか。
ギュッと握りしめた手を、いつもの別れ角まで陽咲は放そうとしなかった。
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