第10話 焦っちゃいけない。一歩ずつ!




 それから、俺たちの生活は変わった。


 毎週末、可能な限り顔を合わせるようになった。もともとお互いに交際相手もいない独り身だから、予定などあってないようなものだ。


 陽咲の人見知りは学校でも健在のようで、なかなか課題を誰かと組んでやるという事にはならないようで、毎週この時間を楽しみにしているとのこと。


 それならばと、陽咲の授業ノートを見ながら手伝えそうな課題を一緒に考えたり、彼女の通う大学に出向き、俺にとっては久しぶりの図書館や学食に行ったりと、懐かしい大学キャンパスの空気に触れてみたりする。


 それだけではかわいそうなので、完全なオフとなれば一緒に遊園地にも行った。


 そんなときの陽咲は以前テレビを二人で買いに行ったときのような服装で現れる。


「普段の学校の日でも同じような服着るのか?」


「さすがに毎日分の枚数持っていないので、ポロシャツにスカートなんて日も多いんですよ?。お洗濯も大変ですしね」


 いや、それだって小柄な陽咲だ。同じ学生でも、大学生ではなく中学・高校生に見えてもおかしくない。


「私、ぜんぜん成長していないので、子供服って書いてあるものも着られちゃいます……。最近の小学生大きいですからね」


「まぁ、確かに大きい子も増えたからな」


 でも全てが幼いというわけではない。顔立ちなどはナチュラルメイクだとしても、中学生には間違えることはないほどの落ち着きのある顔を見せることもある。


 こんな会話をしながら歩いていると、一見すれば少し年の離れた恋人同士のデートにも見えるだろう。


 


 ただし、俺たちの中ではいくつかの約束をしてあった。


 絶対に無理をしないこと。嫌なことは遠慮なく言うこと。必要以上にお洒落をしなくてもいいこと。当面は夜に必ずお互いの家に帰ること。


 それらを並べてみれば、本当に見た目どおりの高校生と交際しているようなものばかりだ。


 しかし陽咲には重要な事だった。


 大学生になり、初めての一人暮らしという環境に変わっただけでも気持ちの疲れは出てしまうだろう。


 交際する時の相手もそれなりの年齢となれば、最初はよくても、いつまでもプラトニックではいられないだろうし、酷いときは嫌がるところをあわや事件になりかけ……なんてケースもあり得る年齢でもある。


 ただ、陽咲にそんなことをすれば関係はたちどころに壊れてしまうだろう。もしかしたら、過去にそういった経験をしてしまったのかもしれない。


 だからこそ、陽咲の場合にはまず一つひとつ、彼女の安心感と互いの信頼感を作るところから始めなければいけないと最初から決めていた。


 幸いなことに彼女自身も恋愛を拒否している訳じゃない。


 本当は人並みに恋もしたいのだけど、どのように進めていけばいいのか分からないというのが陽咲という女の子だ。


 一つのステップを上って行くには周囲の何倍もかかるだろう。それをお互いに一緒に考えて乗り越えていく。


 逆にそれが初々しい。それを乗り越えられたときは本当に嬉しそうに笑う。こんな子が存在しているのだと逆に新鮮に映った。


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