第8話 まだ出会って1日だっていうのに
俺たちは電車で数駅離れた駅前の電器店に入った。
一人暮らしに巨大な画面は要らないのだけれど、彼女の部屋を見た以上、あの部屋の雰囲気に似合わない無骨な物は置きたくないと、製品のラインアップを頭の中で思い出していた。
たまたま手頃なサイズの液晶テレビで白い縁の物を見付けたときに、陽咲は「これがいいです」と即決したのだれど、手持ちが少々足りないことが分かった。
「いいよ、足りない分は俺が出してやる。こういうものは自分が気に入ったものを買うのが一番いい」
「えぇ? そんな……」
大学生の陽咲と社会人の自分とではお金の使い方も違う。
この数万円であれば、今月の残業代で十分に取り戻せると頭の中の電卓はすぐに出費のゴーサインを出した。
「今朝、朝飯作ってくれたしさ。この場はさっさと終わらせようぜ」
在庫の箱を持ち帰り用に梱包してもらい、ビルの下のファストフード店に入った。
「良かったな。最後の1台だったって。時期的にも引っ越しシーズン直後だから品薄になる。こういうのはタイミングだ」
「はい。でも、なんかご迷惑かけてばっかで……」
正直なところ、俺も不思議でたまらない。まだお互い恋人同士でもない陽咲にここまで奉仕する必要は本来ないはずなのだから。
でも不思議に目の前の陽咲を見ていると、そんな考えは影を潜めてしまい、彼女の笑顔を見ていたいと思う。
これまでの人生の中で初めて出会うタイプの不思議な魅力の持ち主だった。
「私もなんです。坂田さんには、普通に話せるというか、これまで無かった感じです」
「失礼なことを聞いてしまうと思うけど、これまで恋愛経験とかあるんだろ?」
「はい、でも毎回なかなかうまく進めなくて……。ですから本当にたくさん失礼なことをしてしまうかもしれません」
「そっか、ごめんな、変なこと聞いてさ」
昔の事を思い出したのか。陽咲の顔が歪んだ。
「大丈夫です。その内にお話しできるようになると思います」
「無理にしなくていいから」
「ごめんなさい……」
彼女から話し出すまではこの話題には触れないでおく方がいい。
彼女の部屋に戻り、テレビの入れ替えと設置をする。古い方は俺の部屋に引き上げることにした。会社の廃棄処分品倉庫に同じようなものは何台かあった。その中に混ぜてしまえばいい。
陽咲の自転車を借り、自分の部屋まで運んで戻ってくると、部屋はすっかり片付いていて、太陽は既に西に傾いていた。
「さて、終わりだな。疲れただろ。飯どうする? 食べに行くか?」
「ビザでも取りませんか? なんか疲れちゃって」
デリバリーの注文を済ませて、今度は二人で紅茶を飲むことにした。
「なんか充実した日曜だったなぁ」
正直な本音だ。日曜日は寝るためにあるのが俺の生活だったのに。
「本当、私もです。昨日の合コンには感謝ですね」
「まったくだ」
あれだけ文句を言いながら立食で食事をした時間から、まだ一日しか経っていない。
頼んでいたピザが届いて、新しいテレビに配線と設定を終わらせているうちに、外はすっかり暗くなっていた。
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