第2話 いくらなんでも唐突すぎるだろう?




「あのさぁ、心臓に悪いぞ」


「そうですか? 約束でしたよ。また必ず会うって指切りまでしたじゃないですか」


「そりゃそうだったけれどさ。まさか就職先がうちだったなんて、事前に一言連絡入れてくれてもよかったんじゃないか?」


「剛さん、顔がこわばっていたもんね」


 少し子供っぽい話し方も当時のまま。いや、それでも職場での話し方とは違うことに、彼女も成長したのだと感じた。


 これは絶対に最初からこうなることを計画していたに違いない。


 それにしても、課長が急用で出かけたのは本物だったから、その後のことまで陽咲が予見していたとは思えない。偶然という奴はいたずら好きなものだとつくづく思う。


 もうここは会社からは離れている住宅街。俺たちは地元の道を並んで歩いていた。


「あの、手を繋いでもいい?」


「あぁ」


「やった!」


 嬉しそうに差し出した手を握る陽咲。この手の感触も懐かしい。





 結局、あの後の俺は冷や汗の連続だったと言っていい。


 配属先のグループ分けで俺の前にいたということは、則ち彼女の配属先は俺と同じ技術課と言うわけで、同時に何故か彼女は最初から俺の直属の部下ということになっていた。


 普通なら、集合研修を終えるころに教育担当者が決まって、OJTを通じて育てていくのが普通なのに……。


 謎はたくさんあったけれど、他にも技術課への配属者はいたので、彼女だけに声をかけるわけにはいかない。


 全員にまんべんなく話しかけながら、なおかつ社内を案内もするという……。ヘタな取引先の来客を相手にするよりも気を使うことになった。


 もっとも、陽咲の方もそれはわきまえているようで、表向きは初対面の上司ということにしているらしかった。


 昼食を食べ終えたあとの休憩時間でトイレに駆け込み、彼女にメールを送信した次第である。


 仕事帰りも、会社近くではどこで見られているか分からない。新入社員と初日から親交が深いなんて、どんな噂を立てられるか分かったものじゃない。


 仕方なく地元の駅で待ち合わせた。


 二人ともアパートに一人暮らし。途中のコンビニで食事を買って帰ることにした。


「ダメだよ剛さん。カップ麺じゃ栄養偏っちゃいますよ? もうあの頃から変わらないんだから……」


 買い物カゴの中を見た陽咲がダメ出ししてきた。


「今日は疲れたぜ。勘弁してくれよ」


「うちでご飯食べていきます?」


「いや、今日は止めとく。だって、初日に慣れないスーツで疲れただろ? また明日だ」


 今年は4月1日が金曜日だから、すぐに週末で、今日は陽咲たち新人にしても、本格的には来週からといった具合だった。


「うん。また明日だね……。明日……、会っても、いいんですよね?」


 分かれ道のT字路で、陽咲は俺にすがるように見上げてきた。


「あぁ、約束だ」


「うん。じゃぁ明日まで頑張ります!」


 二重瞼のぱっちりとした目に涙を浮かべながらも、それを手でゴシゴシと拭いて、笑い顔を作った。


「バカ、メイク崩れるぞ。早く帰って顔洗え」


「うん。また明日ね。剛さん先に帰って。ここで見送りたいから」


「早く帰るんだぞ」


「うん」


 曲がり角で振り返ると、さっきの路地に陽咲はまだ立っていた。


 そんな彼女に手を振り、彼女もそれを合図にして歩いていった。


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