第42話 抗議
「俺はB組の担任のダレル・フロストだ。担当は剣術実技。一年で俺の剣術実技を取っていた奴は知っていると思うが、一応元近衛騎士だ。ま、これから一年間よろしくな!」
ははは、と豪快に笑うのは一年の時、授業でお世話になったダレル先生。明るい笑みを私たち生徒に見せてくれる。
「二年でも俺の剣術実技取る奴は関わりが多くなるだろうな。さて、春休みに選択科目を決めたと思うが、今日は始業式のみで授業は明日からだ。なのでこれで解散! じゃあな!」
簡潔に必要なことだけ言って終わりを宣言するとクラスメイトたちは礼をして次々と教室から出ていく。
だけど私は動かない。このあと、ダレル先生に聞きたいことがあるからだ。
「メルディ、帰らないの?」
「私はまだちょっと用があるから。二人は先帰ってていいわよ」
「ええっ? それって……」
私がそう返事するとアロラとオーレリアがちらりとある方向へ視線を向ける。
「もう決まったのに。無駄だよー?」
「それでも一言理由聞かないと。だから先に帰ってて」
「強情だねぇ。行こう、オーレリアちゃん」
「え。でもアロラ様、いいんですか?」
「あー、いいのいいの。メルディ、一度決めたら頑固なところあるから。ほっとこほっとこ」
さすがアロラだ。こっちも長年私の幼馴染をしているだけあって私の性格を分かってて慣れた感じだ。
そう、私は少々頑固なところがある。全てに対して頑固、ってことはないけれど頑固な部分がある。
そしてオーレリアは私の方をちらちら見ながらも自分を引っ張るアロラとともに教室を出て行った。
二人がいなくなったのを確認するとぐるりと教室を見渡す。クラスメイトもみーんな消え、いるのは私と後ろの席にいる奴のみ。
その奴の方を見るとバッチリと目が合った。あっちもダレル先生に用があるようだ。
「…………」
この教室に残っている生徒は私と奴のみ。どうせ私の本当の性格なんてバレている。だから猫を被る必要はない。
静かに立ち上がるとダレル先生の元へ歩いていく。
「ダレル先生」
声をかけると出席簿に何やら書き込んでいたダレル先生が視線を向ける。
「お、カーロイン。今年は授業だけじゃなくてお前のクラス担任も担うからよろしくな」
「はい、よろしくお願いします。……ところで先生。一つ、質問よろしいでしょうか」
「ん? 俺で答えられるものなら答えるぞ」
「ではお願いします」
すぅ、と息を吸う。後ろから奴の気配がするが構わない。
「……先生、なんでコイツと一緒のクラスなんですか!?」
そして人前では我慢していたのを爆発させ、ダレル先生に抗議する。
一方、抗議されたダレル先生はきょとんとした顔を見せて声を出す。
「コイツって、スターツのことか?」
「そうです! なんでユーグリフトと同じクラスなんですか!」
ダレル先生に言い切ってビシッと奴を指差す。
ちなみに、私の数歩後ろにはユーグリフトが佇んでいてじっと私の方を見る。
「それはこっちのセリフなんだけど。ってか人に指向けるなよ」
「うるさいわね。私は、私はただユーグリフトと授業で剣術試合がしたかっただけなのにっ……!」
感情的になっていつもより声が大きくなる。
二年生の剣術実技は一年と違い、木剣から実戦用の本物の剣を使用することが可能になり、一年生より受講生が減ることもあってクラス別授業じゃなくて合同授業となる。
だからユーグリフトとは授業で試合出来たら満足だったのに。
それなのにユーグリフトと同じクラスだなんて。なぜ、なぜなんだ。
「それを言うのなら俺も嫌なんだけど。学期末試験の度に絡まれるのにクラスでもってなると面倒」
「はぁー? 学年末はそっちから話しかけてきたじゃない!」
「俺が話にいかなくてもどうせ絡んでくるじゃん」
「絡んでない。あれは次は勝つって宣言してるだけ」
「へぇ、その割には随分と負けっぱなしだな」
ニヤリ、と意地悪な笑みでそう告げてイラっとする。事実だけど腹が立つ。
「ねぇ、神経逆撫でるのやめてくれる?」
「俺は事実を述べているだけだけど?」
「その言い方がムカつくのよ。やめてくれる?」
「じゃあまずはそっちが突っかかるのやめてくれないか? 毎回相手するの面倒」
「あんたから仕掛けて喧嘩売って来るんでしょう!」
そしてまーた舌戦が発生する。
ぎゃーぎゃーと互いに言い合っていると、何を思ったのか、じっーと見ていたダレル先生がとんでもないことを口にした。
「なんだ、やっぱり仲がいいじゃないか」
「はいっ!?」
口喧嘩をしているとダレル先生がそう呟いてぐるりと首を動かす。仲が、いいだと? どこを見てそう言っているのですか?
とりあえず、言うことはただ一つ。
「仲よくないです!」
「仲よくないですよ」
「「…………」」
ダレル先生の言い分に納得出来ずに反論するとユーグリフトと同時になった。…………複雑。
きっ、とユーグリフトを睨むとユーグリフトもこちらを見て紅玉の瞳とぶつかる。視線は逸らさない。逸らした方が負けだ。
「ちょっと、真似しないでくれる?」
「そっちこそ、真似するのやめてくれないか? 迷惑なんだけど」
「こっちこそ迷惑よ! この猫被り!」
「うるさい、猪」
「はぁ? 誰が猪よ!」
ユーグリフトの言葉にカチーンと来る。誰が、誰が猪だ。
グルルルと唸り声が出そうになるのを堪える。
「ははは。ほら、やっぱり仲がいいじゃないか」
「どこがですか?」
ユーグリフトが呆れた様子でダレル先生に問いかける。今だけはユーグリフトに同意出来る。うんうん、とユーグリフトの隣で頷く。
「だってなぁ……。ほら、喧嘩する程仲がいいって言うだろう? お前たちいつも張り合っているけど、仲が良くないとそんな風に軽快に会話なんて出来ないぞ?」
「ですが先生。その基準はダレル先生の基準ですよね」
「応とも! 俺基準だ!」
ユーグリフトの問いに堂々と答えるダレル先生にがくりと肩が下がる。
ダレル先生基準って……、先生の基準は信用出来ないとだけ分かった。
「はぁ……。先生、試験くらいなら
「ちょっと待ちなさいよ。揶揄い甲斐あるってどういうことよ」
ユーグリフトの言葉に納得いかずすかさず突っ込む。ちょっと待って。揶揄い甲斐があるって何? 解せぬ。
それなのにユーグリフトは私の突っ込みを無視してニコリと張り付けた笑みをこちらへ向けてくる。やめろ、そんな笑顔見せるな。
「そうは言うがなー……。俺はいいと思ったんだがなぁ?」
「……はぁ、先生。自分に被害が来ないからいいと思ってません?」
「あはは、なんのことだ?」
軽快にユーグリフトの問いを避けるダレル先生と溜め息を吐くユーグリフト。私だって溜め息吐きたい。
「ま、クラスは決まったんだ。今年一年はクラスメイトとして仲良くしろよ。お前たちはどちらも勉学も剣術も優秀で拮抗しているんだ。同じクラスの方が張り合えてお互いの実力を今より伸ばせるだろうさ」
宥めるようにダレル先生が私たちにそんなことを告げる。……確かに、同じクラスの方が目に入って何かと張り合ってやる気は出るだろうけど……複雑だ。
複雑な気持ちで聞いているとユーグリフトは諦めたように溜め息を吐いて口を開く。
「……分かりました。もう決まったことなのでこれで失礼します」
「あ、ちょっと」
呼び止めるもスタスタとユーグリフトはその長い足で教室をあとにした。……仕方ない、私も挨拶して帰ろう。
ダレル先生に向かって礼をして挨拶をする。
「……私も失礼します。すみません、つい感情的になって……」
「いや、いいさ。正直この組み合わせ、他の先生に難色だったし」
「じゃあなんで一緒にしたんですか……」
それならクラス別々にしてくれたらよかったのに。他の先生、頑張ってくださいよって思ってしまう。
「でも俺の勘が告げてたのさ。この二人は一緒にした方がいいってさ」
「ダレル先生の勘ってよく当たるんですか?」
「さぁな!」
明るく分からないと告げるダレル先生に内心呆れる。先生……。
「でもまぁ、カーロイン。スターツは口が悪いところあるけど、ああ見えて良い奴だから仲良くしろよ」
「……ユーグリフトに良い部分があるのは知ってますよ」
ダレル先生の言い分に同意する。
人の夢をバカにせず、尊重してくれる人だと創立祭で知った。
「だけど揶揄かって喧嘩売ってくるのはどうかと」
だがいつも喧嘩吹っ掛けてくるのはどうしたものか。他の人には違うのに、私には口悪くて意地悪だし。
「そればかりはなー。ま、同じクラスだし、せっかくの機会だ。対抗心ばかりじゃなくて違う目で見たらどうだ?」
「……まぁ、善処してみます」
そう返事をして教室を出ていくと、少し先にユーグリフトの姿を捉える。
「…………」
まさかユーグリフトと同じクラスになるとは思わなかった。
だってユーグリフトは去年学業の面で学年二位を維持し続けた。で、私は学年三位だからクラスの学力平均を考えるとバラバラになると思っていたのに……同じクラスになるなんて。
違う目で見るのは考えるとして、去年の屈辱を晴らさないと。
「ユーグリフト」
「……何?」
呼び止めると立ち止まり首だけ曲げて振り返る。面倒そうな顔をしている。
「今年こそあんたに勝ってやるから覚悟しなさいよね」
「またそれ? お前も懲りないよな」
「懲りるものですか。私はね、自他共に認める負けず嫌いなの。だから学業でも剣術でもユーグリフトに勝ってやるわ」
「……へぇ、強気だな」
そして体の向きを変えて私と向かい合う。向かい合ったから二年生を表す青いネクタイがはっきりと見える。
互いの目には火花が散っていてバチバチと鳴っている。
「じゃあ剣術の授業も入れたらいいさ。年一回の剣術大会よりよっぽど争えるし」
「そうね。でも剣術大会は今年こそあんたに勝って優勝カップ貰うわ」
「へぇ、じゃあ期待しておくよ。頑張れよ」
「…………」
敵に応援の言葉を送るなんて。随分と余裕綽々だ。おのれ、その余裕綽々の顔歪ませてやる。
そんなこと考えていると私の背後から聞き慣れた高い声が耳に入った。
「メルディアナお姉さまっ!」
「……リーチェ?」
背後から現れたのはかわいがっていたベアトリーチェことリーチェ。
そのリーチェが荒い息遣いで私の元へとやって来たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます