第41話 新入生歓迎会
暖かい春の風が吹くある日、私たちは二年生になった。
とは言っても、早速授業が始まったわけではない。というか、まだクラス発表すらされていない。
それでも二年生になった、と言えるのは本日、新一年生が入学したからだ。
「あ。見て見て、メルディ、オーレリアちゃん。一年生だよー」
「あら、本当」
「わぁ、本当ですね」
女子寮の私の部屋にいるのは部屋の主である私、友人のアロラとオーレリアの三人。
窓から見えるのは本日入学した一年生の女子生徒二人。新品の緋色のリボンを付けて楽しそうに笑っているのが見える。
「かわいいねー」
「初々しいですね」
アロラとオーレリアが一年生を見ながらそう呟く。
アロラも無事二年生になり、従兄のアルビーも学期末試験を乗り切って三年生になった。
いや、本当によかった。従兄と同級生だなんて心情的に辛すぎる。ライリーが尽力してくれたのが目に浮かぶ。ありがとう、ライリー。
「あー、初々しいなー。なんかさぁ、若さを感じない?」
「若さって……。アロラはまだ十六歳でしょう? そう変わらないじゃない」
「ぜっんぜん違うよ! 今は入学当初の初々しさは完全になくなったよ」
「何を言ってるのか……」
聞いていてそんな言葉がこぼれる。何を言っているのか全く分からない。
「えっー! オーレリアちゃんは? オーレリアちゃんは分かるよね?」
「いえ、正直何を言っているのか全く……」
「ええっ~!?」
一人で騒ぐアロラ。相変わらずこの子は騒がしい。二年生になったのだから少しは静かになってほしい。
春休みは王都の公爵邸に数日過ごした後、領地のカーロイン公爵領で過ごした。
愛馬のヴァージルを連れて遠出するのはいいストレス発散になった。春の風を感じながら乗るのは楽しかった。
そうして公爵領で過ごしたのち、昨夜学園の女子寮へ戻ってきた。
王妃様に警戒するように言われたけどオーレリアも春休みは領地に戻っていて特に問題はなかったようで、気を付けるのはこれからだ。
「そういえば風の噂で一年生の担任の一人がハーバーのおじいちゃんって聞いたな。かわいそうだよね」
「え、そうなんですか?」
「なんで知っているのよ」
アロラの話す内容に私とオーレリアが同時に口を開く。教師がどこの担任になるかは当日まで分からないはずなのに。どこから仕入れるんだ。
「だから噂だってー。でももし事実ならかわいそうじゃない? あのこわ~いハーバーのおじいちゃんが担任だよ?」
「私はアロラのその態度がすごいわ」
アロラが苦手としている天文学の教師であるハーバー先生は天文学分野において有名な方だ。
厳しくて怖い雰囲気を持つ年配の先生で、天文学の研究をする傍ら私たちに学生に天文学を教えているのだが……このとおり、アロラは天文学を一番苦手としている。
アロラ曰く、話を聞いていると眠くなると言い、低い点数を取ったり居眠りをすると「オルステリヤー!!」と怒られている。
王家や公爵家出身の生徒にも容赦しない人ということで密かに「学園の先生怖い人」ランキング一位を記録しているのがハーバー先生だ。
そんなハーバー先生を「おじいちゃん先生」と呼んでいてすごいと思う。あの様子だとステファンと結婚して侯爵夫人になってもなんだかんだ上手く立ち回って生き残ることだろう。
「えへへ、それほどでも~」
「褒めてない」
照れるアロラに即座に突っ込みを入れる。褒めてない褒めてない。
「そういえば入学式ってことは、ベアトリーチェちゃんも入学したんだよね」
「ん? ああ、そうね」
アロラにベアトリーチェのことを言われ、ベアトリーチェを思い出す。
ベアトリーチェとは春休み中に一度会ったけど元気そうだった。
今日は入学式で、そのあとに在校生が新入生を祝う新入生歓迎会が行われる。
「ベアトリーチェ……?」
「ベアトリーチェちゃんはメルディがかわいがってる子なんだよ。メルディより一つ下で今日入学してきたんだ」
「母親同士が親友でその縁で昔から知ってるの。このあとの歓迎会で会うと思うから紹介するわね」
「へぇ、そうなんですね。メルディアナ様って知り合いが多いですね」
「まぁね」
公爵令嬢として生まれた私はその血筋的に昔から色々な人が近付いてきて知り合いは多い方だと思う。
「オーレリアは? 誰か知っている子入学した?」
「いえ、残念ながらいません。元々、私の領地近くの人で年の近い人は少なくて。だからメルディアナ様が少し羨ましいです」
「なら歓迎会でリーチェと挨拶したらいいわ。あの子、素直でいい子だから仲良くなれると思うから」
とは言え、入学式と新入生の歓迎会は生徒会も携わっていて今、入学式が終わったばかりでまだ歓迎会まで時間がある。
まだ寮で過ごした方がいいと考え、久しぶりのおしゃべりに花を咲かせながらお茶を飲みながら時間を過ごしたのだった。
***
ゴーン、ゴーンと寮に十七時を告げる鐘が鳴り、顔をあげる。
歓迎会は十七時半でそろそろ動いた方がよさそうだ。
「そろそろ移動しましょうか」
「そうだねー。あ、制服だけ着替えないと。行こう、オーレリアちゃん」
「はい。ではメルディアナ様。寮の前で」
「ええ、またね」
部屋から退散するアロラとオーレリアに別れを告げて私も制服に着替える。
新入生歓迎会は新入生・在校生ともに制服を纏って参加するので楽なイベントだ。なんでも、学年を識別するためにリボン・ネクタイの色で分かる制服で行うのが習わしらしい。
ちなみに一年生は緋色、二年生は青、三年生は緑でこれで一目で学年が識別出来る。
令嬢の中にはせっかくのドレスを着れる機会なのに、と不満の声もあるけど私としては制服で参加出来るのはありがたい。これがドレスに着替えろ、なら軽く準備に二時間近くかかることだろう。ドレスの用意をしてコルセットを意識しながら過ごすのは正直面倒くさい。
それに制服ということでダンスを踊ることもないのは最高だ。純粋に新入生の入学を祝い、楽しく皆で食事をしたり談笑して交流する日なので何度も言うが楽だ。来年もこの形式でやってほしいと願うばかりだ。
長い黒髪を後ろに束ねてポニーテールにして、二年生の証である青いリボンを身に付ける。
「よし」
新一年生はもう大ホールで移動していることだろう。集合地点へ行こう。
軽やかな足取りで歩いていくと既にアロラがいて私を見ると笑う。
「メルディ、早いねー」
「アロラも早いわね」
「当然っ!! だって歓迎会だよ? 普段以上においしい料理が出てくるんだよ? そんなの、早く準備するに決まってじゃん!」
「はいはい、元気ね」
本当相変わらず元気な子だ。食べるのが大好きなのは変わらない。
今だってオーレリアを待つ隣で楽しそうに去年の食事を思い出して何を食べようか呟いている。歓迎会より食事だな、この子。
そんな風に考えているとオーレリアがやって来て私たちに微笑む。
「お待たせしました。すみません、新しいリボンが見つからなくて」
「大丈夫よ。それより、なんか慣れないわよね、青いの」
「そうですよね。ずっと緋色のリボンを付けていたので変な感じです」
「そうね。今日初めて青いリボン付けたけど、付けてやっと二年生になったって感じ」
上質な生地で作られた青いリボンは触り心地が良くてしっかりしている。
明日から学校が再開されて二年生になるんだなと感じる。
「じゃあ行こうか」
そう言って三人で創立祭でも使用された大ホールへ入場する。
緋色のリボンとネクタイを身に付けた新一年生が大勢いて、楽しそうに談笑しているのが見て取れる。
その他にもニ・三年生も入場していてこちらも友人同士で談笑している。
「ステファンはー……あ、いた。殿下たちと一緒に準備してるや」
アロラの呟きに従ってそちらへ目を向けるとロイスとステファンを始め、新生徒会が学園の使用人に指示を出して歓迎会の最終準備をしている。
「学園長の挨拶が終われば生徒会も一度落ち着くはずだからステファンと合流すれば?」
「うん。ステファンとも久しぶりにお話ししたいし!」
そうして予定通り十七時半に新入生歓迎会が始まった。
学園長が新入生に改めて祝いの言葉を送り、学業に力を入れながら有意義な学園生活を送るように話している。
それが終わると今年の一年生の担任が私たち二・三年生に向けて発表され、その中にアロラが言ったとおり、ハーバー先生がいた。
「あ、ハーバーのおじいちゃん。ほら、やっぱりいたじゃん。むぐっ!?」
私たちだけに聞こえるように小声で呟くアロラの口を瞬時に塞ぐ。びっくりしてもごもごと何か言っているが、ハーバー先生の目がこちらを見ている気がしてならない。黙ってくれ。
「アロラ様、しっー! 先生こちら見てます……!」
「むぐっ!? むぐぐぐっ!!?」
オーレリアがアロラを隠すように前に出て警告する。恐らく「げぇっ! 地獄耳っ!!?」と言っているのだろう。もう黙ってほしい。
ハーバー先生の体に穴を開けそうな鋭い視線を私とオーレリアで受け止めてやり過ごすと視線を逸らしてくれた。……ありがとうございます、先生。あとで、しっかりとステファンと一緒に注意しておきます。
ハーバー先生の温情に感謝していると今度は新生徒会が登場してそれぞれ挨拶していく。これが終わると、自由時間で各自食事や談笑などを行う。
生徒会長の次にロイスが壇上に上がって晴天の空を切り取ったような優しい水色の瞳で微笑んで挨拶する。
「この度、副会長に就任したロイス・アルフェルドです。まずは、新入生の皆さん、入学おめでとう。この学園は国内最高峰の教育機関で、中でも学園図書館は王立図書館の次に蔵書数を誇る学園です。学業に力を入れ、将来のために努力を重ねながら初めての寮生活を楽しんでほしいと考えています。分からないことがあれば、僕たち生徒会、先輩、教職員に相談してください。……さぁ、長話はこれくらいで本日は思いきり楽しんでください」
その言葉を言い終えると同時にわぁっと声になる。さぁ、歓迎会の始まりだ。
アロラはステファンの元に行き、私はオーレリアとともに過ごすと、藍色の髪をゆらりと揺らした妹分がやって来る。
「メルディアナお姉さまっ!」
「リーチェ。入学おめでとう」
「はい、ありがとうございますっ!」
やって来るリーチェに祝いの言葉をかけると嬉しそうに笑う。純粋でかわいい。
リーチェがオーレリアに気付くとふわりと微笑んで会釈する。
「リーチェ、こちらは私の友人のオーレリアよ」
「ご入学おめでとうございます。私はマーセナス辺境伯家のオーレリア・マーセナスと申します」
「ありがとうございます、マーセナス先輩。お初にお目にかかります、リーテンベルク伯爵の娘のベアトリーチェ・リーテンベルクです。お見知り置きを」
ニコッと美しく微笑んで優雅なカーテシーを披露する。うん、外だからかちゃんと出来ている。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「はい。オーレリア先輩と言ってもよろしいでしょうか?」
「勿論! 嬉しいな」
「そんな。こちらこそ、ありがとうございます」
互いにニコニコと微笑んで挨拶を交わす。とりあえず顔合わせは無事に出来たな。
「メルディアナ様と仲が良いんですね」
「はい。幼い頃から私と遊んでくれていて、実の姉のように慕っているんです」
「そうなんですね」
そう言ってリーチェが私を見て微笑むので私も微笑み返してリーチェに聞く。
「リーチェの担任は?」
「私はサンドラ先生という女性の先生です。お姉さまとオーレリア先輩は誰なのですか?」
「私たちは明日の始業式で判明するの。それまではクラスの分からないの」
「まぁ、そうなのですね。アロラ先輩と三人同じクラスだといいですね」
「そうね」
リーチェの言葉に頷く。三人とも同じクラスだといいなと思う。
それからはリーチェの友人が挨拶に来てその応対などで忙しく過ごした。
ちなみにロイスの方も一年生の女子生徒に囲まれていて、それに対抗するようにルーヘン伯爵令嬢がロイスに話しかけていた。大変そうだけど、近付くのはやめよう。
そうして新入生歓迎会は特に何事も起きることなく終了した。
翌朝、まだ朝早い時間帯に学園へ向かって二年生の掲示板を見る。
掲示板には既にクラス発表がされ、自分の名前を探す。
「あ、アロラの名前がある。えっーと……私はB組か」
アロラの家名であるオルステリヤのすぐ下にカーロインの名前があり、同じクラスだと判明する。ロイスの名前がないので今回は別のクラスだと分かる。
「あとはオーレリアね……」
下からゆっくりと視線を上げていく。
すると同じB組にマーセナスの名前があって同じクラスだと判明する。よかった、同じクラスだと何かと助けやすい。
アロラとオーレリアと同じクラスだと理解して、B組のクラスメイト全体を把握するために目を動かしていく。
そして、ある部分で目が止まる。
「……はっ?」
乾いた声が出る。思考が一瞬停止する。そんな、なんで。なんでなんだ。
B組に記されていたのはユーグリフト・スターツ。奴の名前がしっかりと記されていた。
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