第40話 王妃様とのお茶会
実家のカーロイン公爵邸に届いたお茶会の招待状。
送り主はロイスの母であるヨゼフィーネ王妃殿下からで、手紙には私とゆっくりと一緒にお茶を飲みたいと記されていた。
これが母も一緒ならまだ違和感はなかったけど、今回招待されたのは私だけだから嫌な予感しかない。もしや、あの噂か? あの噂のことで尋問か?
いやいやいや……それならロイスに聞けばいい話だ。わざわざ私を呼び出して聞くことではない……はずだ。
「お嬢様、何かやらかしました?」
「やらかし……たかもしれないけど確定じゃないわよ」
「まぁ、さすがお嬢様。またやらかしたのですね。おめでとうございます」
「何がおめでとうございますよ」
祝いの言葉を述べるケイティに突っ込む。何がおめでとうなんだ。何が。
「だってそうではありませんか。初対面の王太子殿下を散々振り回して引き摺りまわして最後には舎弟にしたのはどこの誰ですか?」
「私ね」
私だがそれを今言う必要はないと思う。それなのにこの侍女といえば。わざわざ昔のことを引き出すなんて。
「なら大丈夫ですよ。殿下を引き摺り回したのに注意もせずに笑っていた方です。その時点で寛大な方なのは明白です。楽しんでいかれては?」
「あのねぇ……、他人事と思って適当に言うんじゃないわよ」
「しかしお嬢様。実際他人事ですし」
さらりと認める私の侍女。いや本当、主人に対して敬意がなくないか?
「ですが真面目に言うと断るのは難しいですよ」
「そうねぇ……」
確かにケイティの言うとおり、王妃様からの招待状を断るのは難しい。
忙しいと嘘ついてもまた別の日を言われるだけだろう。
「ケイティ、手紙とペン」
「はい、既にこちらに」
「ん」
返信の手紙とペンを受け取り、サラサラと文字を走らせる。
どっちみち、王妃様から招待されたのだ。断るわけにはいかない。ならば立ち向かうべきだろう。
そして王妃様宛の手紙に文字を走らせたのだった。
***
王妃様にお茶会への返事をしたあと、庭園でお茶会をする予定と聞いたのでドレス選びをした。
初めての王妃様と二人だけのお茶会ということもあって母からは「くれぐれも失礼のないように」と耳にたこが出来るくらい言い含められた。お母様、言い過ぎ。さすがの私も王妃様に失礼なことはしないのに。
そして王妃様とのお茶会当日。知り合いの侍女に案内されて見知った庭園を歩いていくと、ヨゼフィーネ様──王妃様が優雅にお茶を飲んでいた。
「メルディアナ、いらっしゃい」
「王妃殿下。本日はお招きいただきありがとうございます」
ニコリと微笑む王妃様に優雅に膝を曲げて美しいカーテシーを披露すると、ふふ、と王妃様が声をこぼす。
「いいのよ、メルディアナ。堅苦しくなくて。本日は私と貴女だけだもの」
「いいえ、そんな恐れ多いです」
微笑みながら答える。いやいや、ロイスならともかく王妃様にはちゃんとしないと。それくらいは分かっている。
「もう、いいのに。でも急に二人でお茶会は緊張するかもしれないわね。今回はいいわ。立ち話もなんだし座って頂戴」
「では、失礼致します」
王妃様が折れてくれた。よかった、助かった。内心ほっとする。
そんな表情をおくびにも出さずに音を立てずに席に着くと、王妃様が側仕えの侍女に新しいお茶とお菓子を持って来るように指示をする。
「…………」
姿勢を正して小鳥がさえずる鳴き声を耳にしながら考える。
なぜ王妃様に突然呼ばれたのだろう。しかも私一人だけ。
今までは母と一緒に呼ばれていたけど、今回、公爵邸に来ていたのは私だけ。
ということは王妃様は私に用があるのだろうが……あまり予測したくない。
唯一予測出来るのはロイス関連だけど……もしやあの噂が王妃様の耳にも届いたのだろうか。
「失礼します」
考え事をしていると王妃様付きの侍女が私たちに紅茶を淹れる。……これは。
王妃様の顔を見るとふふ、と笑いながら入れたばかりのカップを持つ。
「ジュリアンが貿易で仕入れた隣国の茶葉よ。ロイスもおいしいって言っていたけど、確かにおいしいわね。今、私の流行なのよ?」
「そうなのですね。王妃殿下がお気に召したと知れば兄も喜ぶと思います」
微笑みながら王妃様に答える。……これはますます予測つかない。一体、私に何の用だろう。誰か教えてくれ。切実に。
「ふぅ、やっぱりおいしい。渋味が少ないのはいいわね」
そう言ってコトリ、と僅かに音を立ててカップを置く。
「実はね、今、ロイスに婚約話があがっていてね」
「ロイスがですか?」
私は王妃様の前ではロイスのことを普通にロイスと呼んでいる。まぁ、今はそんなことどうでもいいんだけど。
ロイスに婚約話……。相手は一体誰なんだろう。
「その相手は? よければお聞かせいただけませんでしょうか」
「相手は海の向こうにある公国の第三公女殿下よ。年齢は十四歳でロイスとも釣り合うわね」
「…………」
さらりと表情を動かさずに紅茶を飲んで告げる王妃様の内容に内心動揺する。……ロイスに公国の第三公女殿下との婚約話。
海の向こうにある公国は一応知っている。最近国交を始めたけど……婚約話か。ロイスの気持ちを知っている私にとって苦しい話だ。
……だけど、どうしてそれを私に話すのだろう。
「ロイスはこのことご存じなのですか?」
「いいえ、まだ知らせてないわ」
「なら、なぜ先に私にそれを?」
王妃様に尋ねるとふっ、と目元を下げて私を見る。その表情は国政を担い、賢妃と呼ばれる姿ではなく母親の表情だ。
「このことを伝えたら国のこと考えて婚約話を受け入れるかもしれないもの。あの子は王家の人間として教育を受けていて私情を抑える可能性が十分あるわ」
「…………」
アルフェルド王国の直系王族はロイスだけだ。だからロイスは王族としての責任感が強い。
そんなロイスに公国の公女殿下との婚約話……確かに国益を考えて受け入れる可能性はあるかもしれない。
「だからまだ話していないの。……ねぇ、メルディアナ。ロイスには好きな子がいるんじゃなくて? そうね、同級生でこの間のピアノ演奏会に参加していた令嬢……、そう、マーセナス辺境伯の令嬢とか」
「……!」
「ふふ、正解かしら?」
茶目っ気たっぷりに微笑む王妃様。……冷や汗しか出ない。恐ろしい、王妃様。どこまで状況を把握しているのだろう。
「なら公女殿下との婚約はひとまず保留にしときましょうか」
「……いいのですか? 保留にして」
その方がこちらとしては助かるけど……国政にも携わり、賢妃として名高い王妃様にしては珍しい行動だ。
「国益のことを言っているのならそれは大丈夫よ。確かに公女殿下と婚約したら多少国益になるけどそれよりもメルディアナと婚約した方が利益が大きいわ」
「そうなのですか?」
王妃様の言葉に瞠目する。公国の公女殿下より私の方が国益になると言うが、大袈裟ではないだろうか。
「ええ。公国はまだ国交を始めたばかりで慎重にしないと。それよりもカーロイン公爵領は国内有数の商業都市で国内での影響力が大きいわ。それに、メルディアナの中に流れる二つの公爵家の血も価値があるわ。公女殿下よりメルディアナと婚約した方が利益が大きいのよ?」
「……それは、遠慮したいです」
「ふふ、分かっているわ。メルディアナは私の娘のようなものよ。本当の娘になってくれたら嬉しいけど子どもたちが望んでいないのに無理にさせる気はないわ」
微笑みながら新しく出されたお菓子を王妃様が召し上がる。
……にしても私の方が国益があるとは。私自身はそう思わないけど、国政を担う王妃様の視点だとそう見えるらしい。
だけど私たちの間にそんな気持ちがないと理解しているからか、婚約をする気はないようだ。その方が嬉しい。特に、ロイスの気持ちを知っているから余計そう思ってしまう。
……それでもよくロイスの気持ちに気付いたなと思う。学園入学後は基本的に寮に住んでいるのに。
「……どうしてロイスが恋していると分かったのですか?」
「勘かしら。王太子教育で感情を制御出来るあの子が辺境伯の娘の演奏を心地良さそうに聴いていて、お話しした時のあの優しい表情。その前にも数人の令嬢に会って褒めていたけどあんな優しい表情じゃなかったもの。だからもしや、って思ったのよ」
「そうなのですか」
確かにあの時のロイスは優しい眼差しをしていた。実の母親である王妃様なら一人息子の異変に気付いてもおかしくない。
「それで? 婚約はしないの?」
「ロイスは自分の我儘でオーレリアを婚約者にしたくないそうです」
「あら、あの子らしい」
少し驚いた様子を見せながらもどこか納得したように王妃様が呟く。王妃様に同感だ。
ロイスは昔から王太子という身分にも関わらず、我儘や文句を言う子どもではなかった。
だからこそ、幼馴染で友人の恋が実ってほしいと思ってしまう。
「ロイスがそう言うのならそれでいいわ。応援して見守るわ」
「ありがとうございます」
「いいのよ。好きなら婚約したらいいのに、って思うけどあの子はそんな風に考える子じゃないものね。少し歯がゆいけど遠くから見守っておくわ」
ニコリと微笑みながら王妃様が宣言してくれる。よかった、王妃様にはバレたけど見守ると言ってくれたので一安心だ。
「王妃様は、オーレリアでもいいのですか?」
「今は近隣諸国との関係は良好で国内も安定している。だから無理して政略結婚させる必要はないわ。辺境伯は侯爵位に相当するから身分的にも問題ないわ」
「では王妃様は反対ではないのですね」
王妃様が反対していたらこれはこれで問題になるがこの雰囲気なら大丈夫そうだ。よかった。
「ええ。でも、王妃の座を狙っている子は一定数いるから大変ね。その様子だとメルディアナも協力しているのでしょう?」
「……私という存在がオーレリアを守るのに役立てば、と思っております」
「そう。でも無理はダメよ。貴女が王妃になる気がなくても貴女を邪魔と思っている人間がいるはずだからね」
「はい、分かっております」
そうだろうな、と思ってしまう。ルーヘン伯爵令嬢なんて正にそうだ。絶対私のこと邪魔と思っている。
むしろ、あの時、オーレリアを庇ってやり返したから恨まれているかもしれない。まぁ、いいんだけど。
自分の身を気にして友人を見捨てるのは好きじゃない。喧嘩売って来るなら買うつもりだ。
「それだけよ。公女殿下の婚約の打診はロイスには秘密ね? それと、警告はしておいたから気を付けてね」
「ご深慮、ありがとうございます」
王妃様に礼を言うとニコリといつも見せてくれる笑みを見せてくれた。……警告、か。
来月には二年生になる。王妃狙いの下級生も入学してくるだろう。……オーレリアの周囲を警戒する必要があるな。
そう思いながら王妃様と二人きりのお茶会を過ごしたのだった。
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