第39話 友情と謝罪
女子寮の廊下をあとにしてオーレリアの部屋へお邪魔すると、オーレリアがおずおずと声をかけてきた。
「あの、メルディアナ様。私、メルディアナ様と勉強の約束していましたっけ……?」
「してないわよ」
「えっ」
「あれはあそこから立ち去るための嘘よ」
「そ、そうだったんですね。私、てっきり忘れていたのかと……」
「…………」
他に嘘を考えたけど、オーレリアと話したかったから二人同時に消える必要があった。
だから「勉強を教える約束していた」と言ったけど……私の嘘を半ば信じていたとは。なんて真面目で素直なんだ。アロラもこの真面目な部分を少しは見習ってほしいとしみじみと感じてしまう。
「メルディアナ様?」
「オーレリア、もっと人を疑うようにね」
「分かっています。でもメルディアナ様はいつも私を気にかけて助けてくれるので疑いませんよ」
「…………」
人を疑うように注意したのにこう来るとは。しかも、さらりと言ってのける。この子は天然の人たらしだと思う。オーレリア、恐ろしい子。
「少し話しても? 伝えたいことや聞きたいこともあるし」
「分かりました。……あの、メルディアナ様。先ほどは助けてくれてありがとうございます」
そして小さな丸テーブルを挟んでオーレリアと向かい合って座ると開口一番にそう告げた。
「いいわよ。オーレリアこそ急に絡まれて混乱したでしょう?」
「はい……、寮に帰ったら急に知らない子に言い募られてびっくりしました。ルーヘン伯爵令嬢というんですね」
思い出したのか、あはは、と苦笑いで笑って少し困ったような顔になる。女子寮か。確かに
「あの、私あの人に何か……?」
「オーレリアは悪くないわよ。ただ、ロイスが異性と二人きりでいて準備室から出てきて周りが勝手に騒いでいるだけよ」
「へっ!?」
オーレリアがびっくりしたのか変な声をあげて瞠目する。大分驚いているのが読み取れる。
「準備室って、それは私の日直の仕事を殿下が手伝ってくれただけで……」
「それが珍しかったのよ。殿下は基本、異性と二人きりにならないように意識しているから」
「二人きり……。で、でもメルディアナ様とは二人で楽しそうにお話ししていますよね?」
「殿下と私は十年の付き合いになる幼馴染だもの。だから周りも別に騒がないけど……知り合って一年経っていないオーレリアと殿下が二人きりになるのは珍しかってことよ」
「ええっ……?」
オーレリアの方を見ると顔にびっくりという文字がはっきりと書いている。そんなことで言い募られて本当に驚いたのだろう。
……確かに本当に大したことじゃないで騒いでいるなと思う。
でも、王妃狙いの子には重大なのだろう。
「だからルーヘン伯爵令嬢は尋ねてきたんですか?」
「そう。殿下は次期国王が約束されているもの。婚約者はいないし優しいから人気だからね」
ルーヘン伯爵令嬢が王妃狙いということは伏せておこう。ここで言ったらただでさえ混乱してオーレリアがパニックになるのは目に見えている。
「その日直の仕事だけど、殿下からオーレリアの仕事を手伝ったんでしょう?」
「! メルディアナ様、信じてください! 私、ルーヘン伯爵令嬢が言うようなことしていません……!!」
「ええ、分かってるわ。むしろ遠慮したってことも把握済みよ」
泣きそうになって必死に否定するオーレリアを落ち着かせる。分かっている、大丈夫だ。
「実は殿下からおおよその話を聞いてるの。だから大丈夫、事の真相を知っているわ」
「ああ、よかった……」
ほっとしたのか、安堵の声をこぼす。突然の女子生徒たちからの糾弾はさぞしんどかっただろうなと思う。私でもうんざりする。
「オーレリアが殿下に手伝わせたわけでもなければ無礼極まりない子じゃないって分かってるわ。半年以上一緒に過ごしてきたのよ、そんな子じゃない分かってるわよ」
「メルディアナ様っ……」
安心させるようにルーヘン伯爵令嬢に向けた笑みとは異なる、心からの笑みを見せる。
むしろ、あの程度のことで仲違いさせようとしたルーヘン伯爵令嬢に怒りを覚える。表向きは明確な敵意を私に見せなかったのにロイスの行動に焦ったのかオーレリアを潰そうとするなんて尚早な行動をすると思う。
「面倒な子に絡まれたわね。私も誤解を解くようにするけど、それでもルーヘン伯爵令嬢のように悪意を持つ子は残ると思うから極力一人にならずに私かアロラと一緒にいてくれる?」
「分かりました。すみません、ご迷惑をかけて……」
しゅん、と様子で俯く。気にすることではないのに。もし今回悪いのなら周囲の警戒を怠ったロイスでむしろオーレリアは被害者だ。
「何言ってるの。迷惑なんて思ってないわ。それより、迷惑と思って黙ってる方が余計困るから何かされたら言いなさいよ」
「メルディアナ様……。……本当に、ありがとうございます」
俯くオーレリアに明るく告げると少しだけほっとした表情を見せる。そう、それでいい。
ニコッと笑うとオーレリアも小さく微笑む。気にせずにいつもどおり微笑んで残りの三学期を過ごしてほしい。
なのでまずはアロラと情報を共有しておく必要がある。
その当のアロラはオーレリアの噂を聞いたのか、オーレリアの部屋のドアを叩いてきたので私が代わりに事の内容をした。
聞いたアロラはルーヘン伯爵令嬢の行いに不満そうに口を尖らせてオーレリアの手を力強く握りしめた。
「大変な目に遭ったね、オーレリアちゃん。大丈夫、私とメルディに任せてね!」
「すみません、アロラ様。アロラ様にご迷惑をかけて……」
「なーに言ってるの! 迷惑じゃないよ! あ、でも迷惑かけたと思うなら天文学と古語の勉強教えてくれる?」
「アロラ様……。……ふふ、はい、微力ながらお手伝い致します」
「ありがとうー! オーレリアちゃんっ!」
アロラがブンブンと手を握って振る。……本当は注意しないといけないけど、あれはアロラなりにオーレリアを励ましているのだと分かる。長い付き合いなのでそれくらい分かる。
なのでここは黙っておく。こういう場の空気を明るくさせるのはアロラの得意分野なので、アロラに任せた方がいいだろう。
そう思いながらアロラとオーレリアを見つめていたのだった。
***
オーレリアとロイスの件は閉鎖的な学園ということ、さらに全寮制ということもあって噂は広まった。
しかし、幸いにも私が女子寮で堂々と周囲に宣言したので表向きは沈静化している。
ルーヘン伯爵令嬢は遠目から敵意の視線を送ってくるけど放置している。直接仕掛けてこない限りは私も静観しておく。だって神経使うから。
オーレリアはクラスが違うため極力一人にならないことを伝えて、出来る限り私かアロラが側にいるようにしている。
そのおかげか今のところ、オーレリアに危害を加えようとする女子生徒は現れていない。
ロイスとは打ち合わせをしてオーレリアを庇う形ではなく、さりげなく真実を周囲に伝えて噂に尾びれ背びれがつかないように気を付けた。
「あれから大丈夫?」
「はい、ご心配ありがとうございます。なんとかいつもどおり過ごせています」
尋ねるとニコッと微笑みながら答える。この様子ならクラスでも大丈夫なようだ。
「それよりメルディアナ様。どうして談話室へ? 今は試験期間中なのに」
「ん? ふふ、だからよ。今は試験期間で静かだから秘密の話をするのに最適なのよ」
「はぁ……」
よく分からない声をあげるが構わない。どうせすぐに分かるのだから。
コンコン、とノックして名を告げる。
「メルディアナよ。開けてくれる?」
「分かったよ」
「えっ……」
オーレリアが斜め後ろから声を小さく出すと同時にドアが開く。
出てきたのは幼馴染で王太子であるロイスだ。
「さっ、入るわよ」
「へっ!?」
「とりあえず、入らないかな」
戸惑うオーレリアの背を押して室内に入る。やっぱり廊下より室内は温かい。
「メルディアナ、大丈夫だった?」
「勿論。背後から人の気配はなかったわ」
「メルディアナがそう言うのなら大丈夫かな。ありがとう」
お礼を述べるロイスに頷く。とは言っても、一応外に人がいないか気を配る方がいいだろう。ドアに凭れておこう。
「あの、色々と聞きたいことがありますがどうして殿下が……?」
「殿下がオーレリアに用があってね。ごめんね。黙って連れてきちゃって」
「いえ、そんな……」
否定はするもちらり、とオーレリアがロイスを一瞥する。
視線を感じたロイスがオーレリアの方に体を向けて声をかける。
「マーセナス嬢、ごめんね。こんな時期に呼び出して。メルディアナから話は聞いているけど、大丈夫か気になって。嫌な目に遭ってないかい?」
「それは大丈夫です。メルディアナ様とアロラ様が側にいるので……。それに、今は試験期間で皆忙しそうなので」
「そっか」
緊張した様子でオーレリアが答える。
確かに今は進級が問われる学期末試験期間だ。普段、様々な生徒が使う校舎の談話室も今は殆どの生徒が利用していないので静かだ。
だからロイスとオーレリアが会うのに今回使用したわけだ。
「マーセナス嬢」
「は、はい」
「この前は、僕の軽率な行動で君に迷惑をかけて申し訳なかった」
「えっ……、で、殿下!?」
沈痛した表情でロイスが頭を下げるとオーレリアが悲鳴のような声をあげる。王族で、次期国王になるロイスが頭を下げたからか、口をあわあわと震わせて挙動不審になる。
「メルディアナ様っ! 助けてくださいっ!」
「残念だけど、私には手に負えない」
「そんな……! 殿下、あ、頭を上げてください!!」
「いや、謝らせてほしい。僕は君に迷惑をかけてしまったから」
ほらね。ロイスは基本的に優しくて折れてくれるけど、自分の非には厳しいところがある。これはしっかり謝罪しない限り頭を上げないだろう。長年の付き合いで分かってしまう。
「迷惑だなんてそんな……。殿下は、私を助けようとしただけじゃないですか!」
「放課後とはいえ軽率に行動した結果、君に迷惑をかけたのは事実だ。本当は、公の場で謝罪したいけどそれをしたら君にさらに迷惑をかけるから非公式でも謝りたいんだ」
「っ……」
ロイスの言葉にオーレリアが黙ってしまう。まぁ、王太子が一介の令嬢に公で謝罪するわけにはいかない。
だから代わりにここで非公式だけど、謝罪をしたかったとロイスが言っていて、それはオーレリアも分かっているはずだ。
「わ、分かりました、謝罪を受け取ります。だから頭を上げてくださいっ!!」
オーレリアが必死にお願いをするとゆっくりとロイスが頭を上げる。ロイスが頭を上げてくれてオーレリアがほっとする。
「で、殿下は真面目過ぎます。むしろ、私の方こそ殿下に迷惑かけたと思ったのに……」
「迷惑? どうして?」
「だって一同級生の私をたまたま助けただけで騒ぎになったんですよ? こちらこそ申し訳ない気持ちで一杯の気持ちですよ」
「申し訳ないって……」
あー、オーレリアはむしろそんな風に考えていたんだ。教えてくれなかったから知らなかった。
「なのでこちらこそ申し訳ございません! 殿下に迷惑をおかけし──」
「迷惑じゃない」
「……えっ?」
オーレリアの謝罪の言葉を遮ったロイスにオーレリアと諸共目を丸くしてしまう。……今、なんと?
ロイスを見ると晴天の空のような水色の瞳が真剣な目でオーレリアを見つめている。
「迷惑じゃないよ。あの時だって、マーセナス嬢を助けたくて助けたんだ。その後の騒動で君に迷惑をかけたとは思っても迷惑だったなんて思ってない。……だから申し訳ないとか、迷惑かけてとか言わないで」
「っ……」
真剣に述べながらも、後半はお願いするように告げるロイスにオーレリアが言葉を詰まらせて最後は目を伏せてしまう。……本当にロイス? 幼い頃、私に振り回されていたあの? 思わず凝視してしまう。
「……わ、たしも迷惑だなんて……。むしろ、重かったから助けてくれて嬉しかったです。……殿下、助けていただきありがとうございます」
恥ずかしそうにしながらもロイスに向かって礼を言うと、ロイスがほっとした顔をする。
「マーセナス嬢、迷惑をかけるつもりはない。だからまた今までどおり君と会話をしても言いかな?」
「それは、構いませんが……」
「よかった、ありがとう」
「……!」
安心したようにロイスがニコッと小さく笑うとオーレリアが少しだけ顔を赤くする。……なんだかいい雰囲気で私ここにいていいのだろうかと思ってしまう。
「ごめんね、試験期間中に呼び出して。これからもよろしくね」
「わ、私の方こそよろしくお願いします」
「うん」
ニコリとロイスは笑うもオーレリアが恥ずかしいのかロイスを見ること出来てない。……やっぱりここにいていいのだろうか。廊下に出るべきだろうか。
立ち去りたい衝動に駆られているとロイスが解散しようと言ってきたのでオーレリアを連れて談話室から退散した。
その後は寮で試験勉強をしたけど、オーレリアから勉強に集中出来ないと相談されて見てあげ、ついでにアロラの勉強を見ることにした。
***
そうして試験は終了し、掲示板に試験結果が張り出された。
一位はロイスでこの一年間首位を維持し続けて少し腹立った。悔しい。
二位はユーグリフトで僅差で私が三位となった。またユーグリフトに負けた。
睨み付けるかの如く掲示板の順位を見ていると隣にユーグリフトがやって来て意地悪そうな、楽しそうな笑みで私を見下ろす。
「ふぅん、また三位ねぇ」
「……次こそは! 次こそは勝ってやる!!」
「はっ、じゃあ頑張れよ」
余裕綽々の笑みでひらひらと手を振りながら立ち去るユーグリフト。何あれ。やっぱりムカつく奴だ。
試験終了後は三年生は卒業式が行われ、一・二年生は学期納めをした。春休みは課題がないのが助かる。
そしてようやく迎えた春休み。とりあえず色々と大変だった三学期から解放される──そう、思っていた時期が私にもありました。
その手紙が、私宛に来るまでは。
「……これって」
アルフェルド王家のみが使う紋章、あのお方が好きな赤バラの蝋。
送り主はヨゼフィーネ・アルフェルド王妃殿下。
なんと、王妃様からお茶会の招待状をいただきましたよ。
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