第36話 妹分
ベアトリーチェのことリーチェからお茶会の招待状を貰い数日後。
今日はお母様と一緒にリーテンベルク伯爵家のお茶会へ行く日だ。
例年はリーテンベルク伯爵領へ帰っているけど今年は学園へ入学する準備するため王都に留まっているらしい。
「楽しみね。ベアトリーチェ元気かしらね」
「元気だと思いますよ。手紙でも元気そうだったので」
馬車の中でお母様と話しながら伯爵邸へ進んでいく。
リーチェと最後に会ったのはデビュタントの夜会で約八ヵ月ぶりで会うのが今から楽しみだ。
「奥様、お嬢様。リーテンベルク伯爵邸に到着致しました」
御者の言葉に窓に目を向けると目の前には白亜の屋敷。
降りると六十代半ばの伯爵家の家令が待っていて、深く頭を下げてくる。
「ようこそおいでくださいました、カーロイン公爵夫人、ご令嬢。奥様とお嬢様はリビングにおられますので案内致します」
丁寧な挨拶すると家令が伯爵邸のリビングへ案内する。
伯爵邸内部は大きな変化はないようで見慣れた絵画や調度品などが並べられている。
そして家令に案内されながら歩いていくとリビングに到着し、家令がコンコンとノックして報告する。
「奥様、お嬢様。カーロイン公爵夫人とご令嬢が到着致しました」
「開けて頂戴」
「かしこまりました」
指示を受けた家令がリビングを開けると、二人の人物が立ち上がる。
「ようこそおいでくださいました。公爵夫人、公爵令嬢」
お母様の親友である伯爵夫人がそう告げると一緒にいたベアトリーチェが伯爵夫人──レオニー様とともにカーテシーをする。
「かしこまらないで、レオニー。ベアトリーチェ、久しぶりね」
「はい、公爵夫人。ご無沙汰しております」
高い鈴のような声でニッコリと微笑むのはベアトリーチェ・リーテンベルク。リーテンベルク伯爵家の令嬢で藍色の髪を三つ編みのカチューシャにしてぱっちりとした大きな青い瞳が印象的な美少女だ。
じっ、と私を見つめるリーチェにニコリと微笑んで名を呼ぶ。
「リーチェ、お久しぶり」
「! メルディアナお姉さまっ!」
手を広げるとぱぁぁっと嬉しそうな表情を浮かべてやって来る。藍色の髪がさらりと揺れる。
「お久しぶりです、お姉さま! お元気そうで何よりです!!」
「リーチェも元気そうね。よかったわ」
「えへへっ……。ささっ、お姉さま、今日は私の隣におかけになって?」
「こら、ベアトリーチェ」
私の手を引いて引っ張るリーチェにレオニー様が注意する。その光景に苦笑する。
今日は妹のようにかわいがっていたリーチェとのお茶会だ。別に構わないので伯爵夫人に大丈夫だと告げる。
「私は大丈夫です。なのでよろしいでしょうか、レオニー様」
「メルディアナがそう言うのなら……。ベアトリーチェ、迷惑はかけてはいけませんよ」
「そんなのしませんわ、お母様」
母親のレオニー様の注意に不満のように顔を背ける。そういうところが子どもっぽいってレオニー様に言われるのだろうけど、外ではその面を見せているわけではないので注意はよそう。
「ほら、リーチェ席を案内してくれる?」
「あ、ごめんなさい……! こっちです」
「ありがとう。ああ、そうだ。これ、リーチェの好きなイチゴたっぷりのタルトよ。侍女に切ってもらって」
「わぁっ……! ありがとう、お姉さま! 早速切ってもらうわ!」
タルトを見せると先ほどの不満そうな顔をどこへやら嬉しそうに笑って感謝する。機嫌が直ったようで何より。
早速、リーチェが侍女にタルトを切ってほしいと頼んでいて、その間にリーチェの母親であるレオニー様にカーテシーをして挨拶する。
「レオニー様、本日は私も招待して下さり誠にありがとうございます」
「そんな、こちらこそ忙しいのにごめんなさい。ベアトリーチェったらメルディアナに会いたいって聞かなくて」
「いいえ。私もかわいがっていたリーチェに懐かれるのは嬉しいのでお気になさらず」
ニコリと謝るレオニー様に微笑む。
リーチェは年下の令嬢の中でも一番親しくて昔はよく人形遊びや花冠作りなど令嬢らしい遊びを一緒にしていた。
幼少期から令嬢らしくない私を慕っていてくれて、デビュタント前はダンスに不安があるって言ったリーチェのダンスにも付き合ってあげていたなと一緒に思い出す。
「お姉さま! 何飲みますか?」
挨拶を終えるとリーチェが上目遣いで私に尋ねてくる。私より十五センチくらい低いから仕方ないけど、かわいく見える。
そんなリーチェにニコリと微笑んで答える。
「ならコーヒーにしようかしら。リーテンベルク伯爵領のコーヒー豆は絶品だもの」
「! それなら私が淹れてもよろしいですか? お姉さまに淹れたくて密かに練習していたんです」
「そうなの? なら淹れてもらおうかしら」
「はいっ! 少々お待ちくださいね!」
返事をするや否やリーチェがリビングから出ていく。その光景に口元が柔らかく緩んでしまう。素直な子に育ってお姉さまは嬉しいよ。
「ベアトリーチェったら……」
「変わらないわね。メルディを慕っていて嬉しいわ」
「はい、私も嬉しいです。妹がいなかったのでかわいく思います」
実際、血の繋がった兄弟はお兄様しかおらず、親戚の従兄たちは皆性別が男で女は私しかいない。だから幼い頃は妹や姉に憧れていたものだ。
そんな中、お母様の親友の娘であるリーチェはかわいい子だった。アロラのようにマイペースに人を振り回す子じゃなくて素直で私を慕っていたから。
ここ最近は寮生活で私自身が夜会にあまり参加しなかったから会うことはあまりなかったけど、変わらず元気そうでよかった。
「お姉さま、お待たせ致しました!」
そんなこと考えているとリーチェがカラトリーを引いてリビングへやって来て、てきぱきと準備をこなしてカップにコーヒーを注ぐ。リーテンベルク産の特徴的な深い香りが鼻を擽る。
「いい匂いね」
「ありがとうございます。ミルクと砂糖はどうします?」
「じゃあミルクと砂糖を一杯ずつ入れるわ」
リーチェからミルクと砂糖のスプーンを受け取って入れ物から一杯掬ってコーヒーへと落として混ぜていく。
「うん、おいしいわね」
「……! よかった、練習した甲斐がありました」
「ふふ、上手よ。ありがとう、リーチェ」
褒めると嬉しそうにリーチェが目を細める。大きな犬の耳が見える。
礼を言うとリーチェも私の隣に来て侍女が切ったイチゴのタルトをフォークで刺して口に含むと幸せそうに頬に手を添える。
「おいしい~。ここってもしかしてラ・パルエですか?」
「ええ。リーチェ最近そこのケーキはまってるって手紙で書いていたでしょう? だからそこにしたのよ」
「やっぱり! それもう三ヵ月前に書いたことなのに……。覚えててくれたの?」
「当然。おいしいのならよかったわ」
リーチェとは会うのは久しぶりなだけで昔と変わらずかわいい妹のような存在だ。覚えていて当然だ。
そう思いながらリーテンベルク産のコーヒーを味わっているとリーチェがそうだ、と声を上げて私を見て視線がぶつかる。
「? どうしたの?」
「あの、お姉さま。新年の夜会は参加しますか?」
「新年の夜会? 家族で参加予定だけど、どうかした?」
新年の夜会はお兄様にエスコートされてお母様と三人で出席するけど、現地で父と合流する予定だ。
どうしたのか、と問いかけるとリーチェがその、と口ごもりながら話していく。
「実は、友人がお姉さまに会いたいって言っていて。でもお姉さまは学園に通って忙しいし、あまり夜会は好まないでしょう? だからどうなのかなって思って。少しだけ時間よろしいですか……?」
「友人、ね」
どうやらリーチェの友人で私に会いたい子がいるらしい。なんだ、そんなことか。てっきり嫌いな子息に言い寄られてて困っている、とかそんな内容かと思ってしまった。
ちなみにもしそうだったらはっきりと警告してやるつもりだ。リーチェはかわいい妹のような存在で困っているのなら守ろうと思う。
とりあえず、困っているという相談ではないのでニコッと微笑む。それくらいなら応じよう。
「いいわよ。参加するつもりだから会うわ。でも私も友人と過ごしていると思うから長くは話せないかもしれないけど構わないかしら」
「勿論! その子にも伝えておきます。ありがとう、お姉さま!」
応じる返事をするとぱぁぁっと明るくさせる。よかった、喜んでくれて。
これが子息なら少し悩んだけど令嬢なら構わない。リーチェの友人なら私も挨拶しよう。
「夜会にはもう慣れた?」
「はい。大分慣れました。特にお茶会が楽しくて」
「確かにお茶会は楽しいわよね」
夜会は男性もいるけど、お茶会は基本的に女性しかいない。夜会より気が楽だ。
「学園には談話室もあって予約したらお茶会も出来るのよ。だから友人同士でお茶会している子も多いのよ」
「へぇ、そうなんですね」
「ええ。入学したらお茶会しましょうか」
「えっ!? いいの……?」
「勿論。リーチェも忙しいと思うけど、後輩になるのだしお祝いしたいわ」
「わぁっ! 約束ですよ、お姉さまっ!」
「こら、ベアトリーチェ。はしゃがないの」
嬉しそうにはしゃぐリーチェをレオニー様が注意して苦笑する。この子は昔からそうだ。すごく私に懐いてくれていて小さなことでも喜んでくれる。
そんな子だからついつい甘えさせてしまう。
「お姉さま、学園のこともっと教えてくれませんか?」
「いいわよ。何が聞きたい?」
「えっと、じゃあまずは寮生活から──」
それから学園の生活や雰囲気、行事などから新年の夜会と色々な話をして楽しく過ごした。
***
夕方、リーチェたちとのお茶会を楽しんだ私とお母様は伯爵邸をあとにした。
次に会うのは新年の夜会で、とリーチェと約束して別れて馬車に乗ってカーロイン公爵邸へ帰る。
お母様とお話ししながら時折窓を眺めると、白くて小さいものが落ちてきた。
「あ、雪……」
「あら、本当ね。少し遅い初雪ね」
「そうですね」
お母様に同意してポツポツと降る初雪をそっと見つめながら実家へと帰宅した。
その後、特にトラブルは起きることなく新年を迎えることが出来、新年の夜会に参加した。
オーレリアは風邪を引いたらしく、アロラと過ごしながらリーチェにリーチェの友人と会い、夜会は無事に終了して三学期を迎えた。
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