第37話 三学期

 新年の夜会のあとは私たち学生は学園が再開し、三学期を迎えた。

 卒業学年である三年生は今から卒業パーティーのドレスや燕尾服の準備をしていて、もうすぐ卒業するんだなと思ってしまう。

 卒業パーティーは卒業生をお祝いするイベントのため、私たち一・二年生は基本的に参加しない。

 例外は婚約者が卒業生である生徒、そして生徒会の役員で彼らは特別に参加することが可能だ。

 

「生徒会は卒業パーティーの準備や引き継ぎで忙しいでしょうね……」


 生徒会の方は生徒会を束ねていた会長と副会長をしていた三年生が卒業するので忙しくしている。

 一応、今後の生徒会は現二年生で役員をしていた先輩が生徒会長を、副会長をロイスがする予定だ。

 ステファンも生徒会に残留するようで、役員をするらしい。

 

「生徒会ねー……」


 生徒会は学園の自治組織で、新入生歓迎会や創立祭など、一部のイベントの運営に携わっている。

 学園の狙いとしては生徒会を通じて運営能力を培うのが目的らしい。

 そしてその役員を担うのは高位貴族の子息や令嬢たちだ。これは先もたった今言ったとおり、卒業後重要な役割を担う高位貴族のためだ。


 なので高位貴族出身である公爵令嬢の私も生徒会を見守る先生に来年の生徒会に入らないかと誘いを受けたけど丁寧にお断りした。

 同じ公爵家の人間で成績優秀のライリーも面倒と言って逃げ続けたので私も逃げるつもりだ。

 そんなこと考えながら歩いていると後ろから声をかけられた。


「お、カーロイン?」

「! ダレル先生」


 声をかけてきたのは剣術指導をするダレル先生だ。そのまま近付いてくるので私も向きを変えて礼をする。


「また鍛練か?」

「いえ、今日は一段と寒いので今日は控えようかと。来月の上旬には学期末試験ですから」

「ははは、そうだな。カーロインの成績なら問題ないと思うが、風邪で欠席したら面倒だからな」

「はい」


 体調管理は大事だ。まずは風邪を引いたり怪我をしないのが一番だが、もし風邪を引いたり怪我をしたらしっかりと休養を取ることが大事だと祖父にも言われている。祖父曰く、「弱っている時に鍛練しても身に着かない」とのこと。

 

「そうだ、カーロイン。昨日学園図書館に東方の国々の騎馬戦術を記した本が知っているか?」

「東方の騎馬戦術ですか?」


 え、知らない。

 東方の国々とは同盟関係を結んでいるけど文化が大きく異なるため違いが多い。

 その東方の国々の騎馬戦術を記した本? もしかして祖父の友人の国の騎馬戦術もあるかもしれない。え、何それ見たい。


「み、見たいです!」

「お、すごい食いつきだな。まぁ、新しいから貸し出しは出来ないが学生なら誰でも閲覧出来るから見たいのなら見ろよ」

「はいっ!」


 どうやら貸し出しは出来ないらしい。残念だ、出来たら寮の部屋でゆっくり見たかったのに。

 しかし閲覧が出来るのは嬉しい。学園図書館内と限られているけど、そんなの、見たいに決まってる!


「早速読んでみます! ありがとうございます、ダレル先生!」

「はは、いいさ。じゃあ」

「はいっ!」


 教えてくれたダレル先生にお礼を言って学園図書館へ向かう。急ごう、他の人に奪われる前に。


 早歩きで学園図書館へ向かうとまだ学期末試験まで時間があるからか、人は少なくいつもより静かに感じる。

 そんな中、司書の人に寄贈された戦術論文の場所を尋ねて足早と歩いていく。えっと、確かこの辺に……。


「あ、あった……!!」


 目的の本があって少し声が弾んでしまう。よかった……! ゆっくりと見てみよう。

 周囲に人がいない席を選んでそっと座って読んでいく。


 本を執筆した人は東方の国に数年間住んでいた貴族らしく、東方の騎馬戦術は勿論、東方文化も記している。


 東方の国々に関する本はカーロイン家でもウェルデン家の図書室でも読んだことはある。

 だけど東方の国々の騎馬戦術を詳しく記した本は初めてだ。わくわくする。

 弾む気持ちを抑えながらパラリ、とページを傷つけないように丁寧に捲って読んでいく。


「……へぇ、東方の国々は矢を主力にするのね」


 アルフェルド王国や周辺国の騎馬戦術は剣や槍による中・近距離戦闘だけど東方は遠距離戦闘が主要なようだ。馬に乗りながら的確に矢を放つということだろうか? 中々すごいなと思う。

 次のページには弓による戦闘以外に東方の国々が使う武器の絵が載って説明されている。初めて見るようなものもあって面白い。のめり込むように見てしまう。


 そんな風にのめり込むように集中して読んでいると、突然頭上に影が出来て不思議に思って顔をあげる。


「……? ……げっ」


 しかし、そこにいた相手を視認した瞬間、半ば無意識に苦いものを噛み砕いたような声が出てしまった。

 一方、相手の方は呆れたようなバカにしたような目で私を見る。


「なぁ、前から思ってたけど、それって公爵令嬢としてどうなんだ?」

「あら、なんのこと?」


 指摘されてニコリと微笑んで誤魔化す。しかし、なんでここにいるんだろう。

 目の前には私のライバルであるユーグリフトがいて澄んだ紅玉の瞳とぶつかる。


「それ東方の騎馬戦術の書籍?」

「そうだけど何?」

「そう。カーロインが持っていたのか、道理で見つからないなって思った」


 ユーグリフトが本を覗き込んでそう呟く。ということはユーグリフトもこの本を探していたのか。先に見つけること出来て嬉しい。


「ふふん、私が先だったみたいね。でもなんで知ってるの? 昨日入ったばかりなのに」

「ダレル先生が教えてくれたんだよ。だけど日直の仕事で遅くなったんだよ。残念だよ、終わったらカーロインに取られてて」

「知らないわよ、そんなの」


 相変わらず会えばこんなこと言う。新年の夜会も当主であるスターツ公爵のみ出席していて、ユーグリフトは不参加だった。

 なのでユーグリフトと会うのは二学期の学期末試験の結果発表以来なのに相変わらずムカつく奴だ。


「別に事実だし。……へぇ、これが東方の騎馬戦術ね」

「ちょっ」


 私の言葉を無視してユーグリフトが隣へ腰がけて本を覗いてくる。いや、なんでさ。

 ジト目で視線の攻撃をぶつけるもどこ吹く風のように無視をしてじっと本を読んでいく。効かないのか、解せぬ。

 まだ全て読み終えていないのだ、これは今は私のものと思って動かそうとすると、ユーグリフトが声をかけてきた。


「ふぅん、東方の国々は弓が主力なんだな。ここと真逆だな」

「……そうね。馬を操作しながら弓を放つのって難しいと思うわ」

「これが騎射競技ならまだ狙いを定めること出来そうだけど両者動きながら放つのはすごいよな」

「確かにね」


 ユーグリフトの言葉に頷いて返事する。……人が殆どいないし、少しくらいなら小声で話しても問題ないだろう。


「しかも剣や槍と違って弓だから両手が必要だから馬に乗っている間は手綱握ってない状態だろう? 高度な馬術が求められるよな」

「そうよね。しかも馬だから機動力があるわ。手綱を持たずに足……あぶみだけを支えに戦うなんてよく考えるとすごいわ」


 以前、祖父が極東に住む友人の馬術は自分たちより遥かにすごいと言っていたけど……確かにそう思う。これを普通にやってのけるのだから驚かされる。

 

「見ろよ、矢が主力だからか矢の種類がこんなにあるんだとさ」

「本当。弓もアルフェルド王国うちの弓より遥かに大きいわ」


 ユーグリフトが指で差した部分を見ると矢の説明とともに矢の絵が載っている。矢の種類が豊富で改めて東方の国々の騎馬戦術の主力は矢なのだと思い知らされる。

 

 そのあとも時折小声でユーグリフトと東方の国々の騎馬戦術について議論したり、話したりする。


「一度、実際に見てみたいよな」

「……ええ。見てみたいわ」


 ゆっくりとユーグリフトの言葉に同意して返事する。……やっぱり、騎士に興味あるじゃないか。


「…………」


 そっとユーグリフトを見ると、頬杖をしながらユーグリフトが紅玉の瞳を動かしている。読んでいるということだ。

 興味がなければ珍しい東方の騎馬戦術の本なんて見に来るはずがない。今話したけど戦術知識もある。……やっぱり、騎士にすごい興味があるじゃないか。

 ……それなのに、どうして創立祭で騎士は論外だなんて言ったんだろう。


「……ユーグリフトは」

「ん? 何?」


 名を呼ぶと顔を僅かにあげてはらり、と白銀の髪が動いて紅玉の瞳が私を捉える。

 ……どうしてあの時、騎士は論外って言ったんだろう。

 私に教えてくれるか分からない。だけど、気になるのは気になる。なら一回、聞いてみよう。


「カーロイン?」

「……はっきりと言うわ。ユーグリフトは剣術の才能があるし、戦術にも長けていてすごいと思うわ。……ねぇ、ユーグリフト。ユーグリフトは騎士に──」

「──えっ!? 本当!?」


 突然大きな声が聞こえて、はっ、となってびっくりする。

 声のする方を見ると女子生徒が二人いて、緋色のリボンをしていて私と同じ一年生だと窺える。

 そのうちの片方が驚いた口を隠すように手で覆いながらもう一人の女子生徒……恐らく友人に尋ねている。


「それ、本当に?」

「本当だよ! 私以外にも見た子がいるんだから! 本当に驚いたんだから! ──ロイス王太子殿下がC組のマーセナスさんと一緒に笑いながら教室から出てきたんだもの!!」


 もう一人の子の興奮した物言いに私の思考が一瞬止まる。……んん? 今、なんと? ロイスとオーレリアが同じ教室から出てきたと?


「……は?」


 思わぬ内容、訳の分からない二人の女子生徒の会話に呆然としてやっと出て来た言葉はそんな間抜けな言葉のみだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る